すばらしい新世界

阿波野治

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生き残り?

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 正面を除く彼女の三方に、学校内で一度でもイナに不愉快な思いをさせたことがある人間が、壁を作るかのごとく居並んだ。イナは彼らには目もくれずに指を鳴らす。刹那、彼らの頸部は斜めに切断された。頭部側の断面が胴体側の断面を滑り、血管から噴き出した血しぶきに祝福されながら床に落ちる。二十あまりの生首が奏でた音は、翼を失った天使が地上に墜落したかのようだ。
 ――そんな空想を描いたにもかかわらず、教師も児童も、イナがいる世界には出現しない。

 大規模な妄想を具現化するだけの力はない? それとも、顔も見たくないほど憎んでいる?

「……アホくさ」

 荒々しく席を立つ。力を使って椅子を十センチほど宙に浮かし、小突くように蹴飛ばす。見えない鎖を結びつけられていて、思い切り引っ張られたかのような勢いで窓を突き破り、遠くの空を目指して飛び去っていく。派手な音を立てて破砕したガラスは、破れ、破片を飛び散らせた過程を逆再生したかのように見る見る修復し、あっという間に傷一つない状態に還った。
 椅子を視認できなくなったのを見届けて、戻れ、と心の中で命じる。説明のつかない手品のように、椅子は瞬時に元の場所に復元された。
 黒板に小馬鹿にされたいらいらや、妄想を具現化できなかった失望も忘れて感心してしまうくらい見事な、一連の実演だった。

 ぼくはこんなに凄いこともできる。それなのにどうして、むかつく人間たちは出現させられない?
 物憂げに息を吐き、教室を出る。

 自宅と同じように校舎も燃やしてやろうかとも思ったが、二番煎じも味気ないので、やめておくことにする。建物が大きいだけに、爆破すれば爽快だろうな、と思ったが、こちらも実行を見送った。
 イナは、大きな建物が爆破される映像を一度も見たことがない。

 
* * *


 正門を潜って敷地外に出たところで、視線を感じて振り向いた。
 方角は、先ほど後にしたばかりの、イナの教室も入っている東校舎。
 その四階、イナの教室の窓の一枚が全開にされている。小学校高学年の児童の顔の高さにある窓。
 出るときは閉まっていたはずなのに――と思った瞬間、イナの足はその場に釘づけになった。
 フードを脱ぎ、開いた窓越しに室内を凝視する。目に映るのはただただ薄闇。弱い風がイナの短い髪の毛を揺らす。

「……誰かいるの?」

 疑問形で呟いた。呼応して何者かが窓に現れる、ということはなかった。
 試みに、ボールの形をした声のかたまりをやんわりと投げるイメージを描きながら、今度は心の中で「誰かいるの?」と問うてみた。結果は同じだった。
 首を傾げ、イナは歩き出す。何度か窓を振り返ったが、見えるのは闇ばかりだ。

 教室の中でいろいろやってみて、よく分かった。ぼくが得た力は、少なくとも現時点では、残念ながら万能ではない。
 ならば、地球上からぼく以外の人間が死に絶えたというのは間違いで、生き残りがいたとしてもおかしくないのでは?
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