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帰還困難区域
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今歩いていることだって、広い意味で言えばそうだ。
イナは世界を意のままに操る力を手に入れた。したがって、瞬間移動して目的地までショートカットすることも可能なはずだ。
しかし、目的地の様子を脳内で思い描いても、「目的地まで瞬間移動したい」と願っても、なにも起きない。右手からソースの汚れを取り去ったときとは、明らかに様子が違う。
能力が発現したばかりで、完全に使いこなせる段階に達していないのか。
意のままに操れないものも中にはある、ということなのか。
現時点で、白黒つけるだけの材料は出揃っていない。考えても仕方がないことなのかな、とも思う。
そして、空に関して、気になることがもう一つ。
「フクシマ帰還困難区域」の空に相似しているのだ。
現実というものに親愛の念を抱けないイナは、空想の世界で遊ぶ時間が長い。自分以外の人間の場合はどうなのかは知らないし、興味がないので知ろうとしたこともないが、おそらくは他者と比べれば圧倒的に。
まとまりのない妄想をくり返す中で、何種類もの絵の具を同時に器に注ぎ入れても、根気強く混ぜ続ければ特定の一色に集束するように、オリジナルな世界観が確立され始めた。イナの分身である若い女性が、荒廃した世界で怪物を退治する、という概要だ。
その世界を、イナは「フクシマ帰還困難区域」と命名した。福島県で発生した原発事故から喚起される負のイメージが、イナのサディスティックな性質と十二歳ならではの無知とによって攪拌され、膨張した。仕上げのスパイスとして、ニュースで頻繁に耳にする、非現実的で胡乱でダーティな響きの「帰還困難区域」という言葉を振りかけた結果、そのような名称となったのだ。
放射線の影響で怪物が誕生した荒廃した世界、という設定だから、空は鈍色や黒色の雲で覆われていたほうが雰囲気に合致している。だから空想の中で、イナの分身はいつだって、今にも豪雨が降りしきりそうな暗雲の下で戦い、勝利を収めてきた。
その空が、今、厳然たる現実としてイナの頭上に展開している。
放射能に侵された世界で女性が怪物を討伐するのも、人類が地球上から一人を残して死に絶えるのも、根源を辿ればイナの妄想であり願望。そう考えれば、別段不自然ではないようにも思う。
一方で、一筋縄ではいかない、不可解で不愉快な原理が介在している可能性を脳内から追い出せない。
考えごとをしながら、空を見上げながら歩いていても、つまずきも転びもしないのは、さすがは意のままになる世界だと思う。
こんなにも素晴らしい世界の神に就任したというのに、なぜ不可解な事象について頭を悩ませなければならないのか。
「……とりあえず」
目的地へ向かうのに集中することに決め、フードを目深に被った。
イナは世界を意のままに操る力を手に入れた。したがって、瞬間移動して目的地までショートカットすることも可能なはずだ。
しかし、目的地の様子を脳内で思い描いても、「目的地まで瞬間移動したい」と願っても、なにも起きない。右手からソースの汚れを取り去ったときとは、明らかに様子が違う。
能力が発現したばかりで、完全に使いこなせる段階に達していないのか。
意のままに操れないものも中にはある、ということなのか。
現時点で、白黒つけるだけの材料は出揃っていない。考えても仕方がないことなのかな、とも思う。
そして、空に関して、気になることがもう一つ。
「フクシマ帰還困難区域」の空に相似しているのだ。
現実というものに親愛の念を抱けないイナは、空想の世界で遊ぶ時間が長い。自分以外の人間の場合はどうなのかは知らないし、興味がないので知ろうとしたこともないが、おそらくは他者と比べれば圧倒的に。
まとまりのない妄想をくり返す中で、何種類もの絵の具を同時に器に注ぎ入れても、根気強く混ぜ続ければ特定の一色に集束するように、オリジナルな世界観が確立され始めた。イナの分身である若い女性が、荒廃した世界で怪物を退治する、という概要だ。
その世界を、イナは「フクシマ帰還困難区域」と命名した。福島県で発生した原発事故から喚起される負のイメージが、イナのサディスティックな性質と十二歳ならではの無知とによって攪拌され、膨張した。仕上げのスパイスとして、ニュースで頻繁に耳にする、非現実的で胡乱でダーティな響きの「帰還困難区域」という言葉を振りかけた結果、そのような名称となったのだ。
放射線の影響で怪物が誕生した荒廃した世界、という設定だから、空は鈍色や黒色の雲で覆われていたほうが雰囲気に合致している。だから空想の中で、イナの分身はいつだって、今にも豪雨が降りしきりそうな暗雲の下で戦い、勝利を収めてきた。
その空が、今、厳然たる現実としてイナの頭上に展開している。
放射能に侵された世界で女性が怪物を討伐するのも、人類が地球上から一人を残して死に絶えるのも、根源を辿ればイナの妄想であり願望。そう考えれば、別段不自然ではないようにも思う。
一方で、一筋縄ではいかない、不可解で不愉快な原理が介在している可能性を脳内から追い出せない。
考えごとをしながら、空を見上げながら歩いていても、つまずきも転びもしないのは、さすがは意のままになる世界だと思う。
こんなにも素晴らしい世界の神に就任したというのに、なぜ不可解な事象について頭を悩ませなければならないのか。
「……とりあえず」
目的地へ向かうのに集中することに決め、フードを目深に被った。
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