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 妻と付き合い始めてからというもの、男女の区別なく、誰かと遊びに行く機会自体数えるほどしかなかった事実を、眠りに向かう中で意識した。

 俺は、対人コミュニケーション能力は人並みにあるのだが、怠惰な性格に起因する積極性の欠如に祟られて、友達は少ない。
 一方の妻は、誰とでも仲よくなれるタイプで、広く浅い交友関係を構築していた。電話やLINE一つで友達を遊びに誘うのだが、誘った妻もその友達について詳しくは知らず、名字さえも答えられずに苦笑いをこぼす。そんなこともよくあったらしい。後者に関しては、広く浅くの弊害ではなく、妻のいい加減な性格が根本の原因の気もするが。

 そんな二人が、妻以上に交友関係が広い友人Aの友達の友達同士という繋がりで知り合って、知り合ったその日にセックスをして、話は弾むし体の相性もいいということで、交際を開始した。

 恋人同士となってからは、他の友人との付き合いが疎遠になった。結婚し、同じ屋根の下で暮らすようになってからは、付き合いそのものが途絶えた。必要性が感じられなかったからだ。妻と馬鹿話をして、体を交えて、時間と空間を共有する。心を満たすにはそれで充分だった。

 妻があちらの世界へ行く前、妻と最後に遊びに出かけたのがどこだったのかを、俺ははっきりと覚えていない。
 あちらの世界へ行ったのは春だったから、本当の意味での最後ではないと思われるが、鮮明に記憶に残っている「最後」は、秋から冬へと移ろう季節のこと。なぜ覚えているかというと、馬鹿は風邪をひかないという宇宙の摂理に反して、妻が熱を出して寝込んだからだ。小学二年生のときにインフルエンザに罹って以来、との自己申告だった。

 丸一日ベッドの上で過ごすと、ある程度熱が引き、無駄口を叩けるまでに元気を回復した。ポカリスエットしか摂取していなかった胃の腑に、俺がレシピサイトで調べて作った卵粥を収めたあとは、スマホを弄ったり、テレビを観たり、昨日発売されたばかりの漫画雑誌に目を通したりした。
 全快の目途が立ったこと。三日連続で仕事を休まずに済みそうなこと。二つの意味から安堵したのも束の間、妻は凶器になりそうなほど分厚い漫画雑誌をおもむろに閉じると、下がりきっていない熱のせいで紅潮した顔を俺に真っ直ぐに向けて、衝撃的な一言を吐いた。

「龍くん、出かけよう。ショッピングモール! 夕方くらいまで、意味もなくぶらぶらするの」
「はあ?」
 妻と付き合う中で、「はあ?」と声を上擦らせる場面は多々あるが、あのときの「はあ?」は芸術的なまでの「はあ?」だった。一流俳優の演技よりも、リアルで感情がこもった「はあ?」だったと自負している。

「熱がまだあるってのに、なにアホなこと言ってんだ。ちょっと元気になったからって、調子に乗ってはしゃいだら大変なことになるぞ」
「いいもん、今を謳歌するもん」
「謳歌するなら別の機会にしてくれ。いいから、寝てろよ。マジで洒落にならない事態になるから」
「いー、やー、だ! シッピングモール、行く! あてもなく一時間くらいぶらぶらして帰る!」
「用もないのにわざわざ出かけるって、アホか。駄目駄目、絶対駄目。用があっても駄目だけど」
「えー、けち! 極悪人!」
「お前がアホなだけだ」
「アホって言う方がアホなんですー」
「ガキか。いいから、寝てろよ」
「やだ! 行くの! ショッピングモール!」
「だから、駄目だって」

 不毛なやりとりが延々と続く。毎度のことながら、妻を説き伏せるのは難しい。こちらは正論を重ねているのに、非論理的な意見を恥ずかしげもなく連発してくるから、いらいらしてしまう。
 妻に必要なのは安静だ。なるべく早く、なおかつ妻がこれ以上体調を悪化させない形で、この場を収めたい。
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