どうせみんな死ぬ

阿波野治

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 平穏な日々を送っていた女子高生のHは、ある日ふと、死にたいと思った。
 スマートフォンを操作し、死にたい、とSNSに書き込んだ。
 HはSNSを日記やメモの代わりとして活用している。彼女は死にたいと思ったことが今までに一度もなかったので、そう思ったことには重大な意味がある気がして、反射的に書き込んだのだ。
 あくまでメモをするのが目的、レスポンスを期待していたわけではなかったが、数時間後、一通のダイレクトメッセージが届いた。「死の天使」と名乗るユーザーからで、全文は短かった。

『一緒に死にませんか?』

 Hは一瞬にして三つのことを悟った。平穏な日々を送っていたが、心から楽しいと思える、充実した日々では決してなかったこと。死にたいと思ったが、一人で死ぬ勇気はないこと。一緒に死んでくれる友人が一人もいないこと。

『一緒に死にましょう』

 Hは「死の天使」に返信し、スマートフォンを鞄に仕舞った。私は死ぬのだな、と思った。



 日曜日の午後、「死の天使」からの指示に従い、Hは電車を乗り継いでK県Z市のとある駅に降り立った。
 天使の住まいは、少し古びた、こぢんまりとしたアパートの一室だった。インターフォンを鳴らすと、応対に出たのは、二十代半ばと見受けられる男性。

「私が死の天使です」

 男性は自ら名乗り、Hを室内に招き入れた。
 テーブルに対座し、紅茶を飲みながら、Hは死にたいと思った理由を男性に述べた。理由を並べれば並べるほど、死にたい気持ちは薄れていった。
 Hは唐突に話をするのを止めた。訝しげに顔を覗き込んできた男性に、思い切って告げる。

「私、やっぱり死にたくありません。あまりにも日々が平穏すぎたので、刺激欲しさに『死にたい』と書き込んでしまっただけなのです。あなたと一緒に死ぬことはできません。話を聞いてくださり、ありがとうございました」

 頭を下げ、席を立とうとしたHを、猛烈な眠気が襲った。そのまま意識を失った。



 Hは夢うつつに、男性の手によって服を脱がされ、裸身を弄ばれるのを自覚した。
 行為が終わると、男性は満足げに息を吐いた。そして呟いた。

「用済みになったから、処理しなければ」



 男性はHを殺害し、何等分かに切り分け、いくつかのレジ袋に押し込み、バスルームへと運んだ。



 殺されたあとも、Hは意識を持ち続けた。
 バスルームまで運ばれた時には、自分が男性に殺され、解体され、袋詰めにされたことを彼女は理解していた。
 どうして私は、殺されたのに生きているのだろう。死にたくないのに「死にたい」とSNSに書き込んだ軽率さが神の逆鱗に触れ、死ねない体になってしまったのだろうか。
 死ねない体になったことをHは嘆いたが、絶望したわけではなかった。肉体が消滅すれば、それに伴い意識も消滅するはずだ。殺人が発覚するのを恐れて、男性は何らかの方法で遺体を処分するに違いない。そうすれば、きっと死ねる。

 やがてHは腐り始めた。悪臭が隣室に漏れるのを恐れて、男性はもうじき遺体の処分に踏み切るに違いない、と彼女は考えた。
 思った通り、男性がバスルームに姿を見せた。しかし彼は、Hが入ったレジ袋には目もくれず、いくつかの荷物を置いて去っていった。

「ここはバスルームかしら」

 男性が置いていった荷物から、自分と同年代の少女の声が聞こえてきたので、Hは驚いた。荷物はいくつかのレジ袋で、中には肉塊が詰められていた。

「あなたも『死の天使』に殺されたの? 私もそうよ」

 Hが声をかけると、肉塊は面食らった様子だったが、すぐに冷静さを取り戻した。バスルームに運ばれてくるまでの経緯を語り合った結果、二人は全く同じ手口で男性に誘い出され、殺され、解体され、袋詰めにされたことが判明した。

「『死の天使』は自分の欲望を満たすために、死にたいと思っている女の子を利用したのね。卑劣な男だわ」
「でも私たちだって、死にたくもないのに死にたいって言ったのだから、お互い様じゃない?」
「そうかもしれない」
「殺されたなら、普通であれば無だけど、私たちは意識を持ち続けている。考えようによっては幸せなのかもしれない」
「前向きなんだね、Hさんって。あたし、どうせ意識があるなら動きたいって思っちゃう」
「人間の欲望は際限がないからね」
「自称天使の男みたいにね」
「彼、きっとまた女の子を殺すわ」
「そうしたら、話し相手が増えて、賑やかになるね」
「そうね」

 話をしているうちに、無に還るのを急ぐ必要は必ずしもないのかもしれない、とHは思い始めた。
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