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何度も洟をすすり、指で頬を拭ったあと、瀬理は自分が現在、友人関係についての悩みを抱えていると告白した。
瀬理いわく、友人たちとメッセージをやりとりする中で誤解が生じ、瀬理が友人たちの悪口を言っていると疑われたらしい。
ていねいに説明すれば誤解は解けそうだったが、今まで仲がよかった友人たちからいっせいに非難されたことで、瀬理は怯んでしまった。弁明しなかったことで、友人たちは「瀬理が悪い」と決めつけ、瀬理を仲間外れにし、無視した。
友人たちの態度が硬化してしまったため、話し合いを持ちかけることもできず、どうすれば関係が修復できるかに日々悩んでいた。
そんなときに、アパートのベランダから一輝に声をかけられた。
「チャーハン食べる?」と言われて、首を縦に振ったのは、心が弱りきっていて、不意打ちで投げかけられた優しさに抗えなかったから。
一輝が届けてくれたチャーハンは、味はそれなりだったが、具材がたくさん入っているのがいいなと思った。サービス精神や誠意や思いやりといったものを感じた。自分のために作られた一皿ではないのは分かっていたのに、感動して涙ぐんでしまった。
翌日の学校では、問題は解決しなかったし改善もしなかったが、普段よりも少しだけ楽に過ごせた。
精神の安定のために、もっと一輝と関わりたい。そう強く思い、昨日初めてまともに言葉を交わした異性が一人暮らしをする部屋に乗り込むという、瀬理らしからぬ大胆な真似をした。
期待したとおり、一輝といっしょに過ごす時間を持つことで、学校でどんなにダメージを受けても早く回復できるようになった。一輝は瀬理がなんらかの悩みを抱えていることに気がついていたはずだが、事情をいっさい詮索しないという対応も、当分のあいだもやもやから距離を置きたかった彼女からすればありがたかった。
一週間に二回が一回になり、その一回もなくなったのは、問題の友人たちと教室でちょっとした諍いがあって、気持ちがひどく落ち込んだから。もともと一輝に迷惑をかけて申し訳ないという思いはあったので、一人で傷を癒すことを選んだ。
しかし、その選択は間違いだったらしく、気分は日に日に沈んでいく。活動できなくなっていく。
もう後戻りできないと思ったときに、一輝がまた声をかけてくれた。
瀬理は一輝に二度救われたのだ。
「……だから、もっと、もっと、大倉さんとの関係を続けていきたい。それが今の率直な気持ちです」
瀬理は微笑む。屈託がない。曇りがない。自然体で魅力的な微笑みだ。
「そう言ってくれて嬉しいよ。ありがとう。……でも、俺は君が思うほど立派な人間じゃないよ。人の手本になるような大人じゃない。西崎さんはさっき『いっさい詮索しない対応がありがたかった』という意味のことを言ったけど、配慮した結果じゃなくて、臆病だったから訊けなかっただけだ」
「別に気にしてないですよ、弱くても。だって、話を聞いてもらったとおり、わたしも弱い人間だから」
瀬理はこともなげに言ってのけた。
一輝は目が覚めた思いだった。中学生の女の子が、自分の弱さを認めて前を向いているのだから、十九歳の俺も前向きでいないといけない。そう思った。
俺は弱い。でも、そんな俺の言葉に救われたという女の子が、目の前にいる。だから、その子の前くらいでは頼りになる人間でいよう。頼りになる人間であろうと努めよう。そうあるべきだ。
「今日は大倉さんと話ができて、よかったです。今抱えている悩み、わたしが一歩を踏み出すのが解決への近道だと思うので、明日から心機一転がんばってみます。上手くいかなかったときは、大倉さんに相談させてください。ありがとうございました」
「どういたしまして。話も終わったし、チャーハン食べる?」
「そうですね。いただきます」
二人は食事を再開した。
悩みはある。互いに抱えている。でも、今は全てを忘れてチャーハンを頬張る。しゃべりながら、笑いながら。
六畳間にはたしかに幸せがあった。
瀬理いわく、友人たちとメッセージをやりとりする中で誤解が生じ、瀬理が友人たちの悪口を言っていると疑われたらしい。
ていねいに説明すれば誤解は解けそうだったが、今まで仲がよかった友人たちからいっせいに非難されたことで、瀬理は怯んでしまった。弁明しなかったことで、友人たちは「瀬理が悪い」と決めつけ、瀬理を仲間外れにし、無視した。
友人たちの態度が硬化してしまったため、話し合いを持ちかけることもできず、どうすれば関係が修復できるかに日々悩んでいた。
そんなときに、アパートのベランダから一輝に声をかけられた。
「チャーハン食べる?」と言われて、首を縦に振ったのは、心が弱りきっていて、不意打ちで投げかけられた優しさに抗えなかったから。
一輝が届けてくれたチャーハンは、味はそれなりだったが、具材がたくさん入っているのがいいなと思った。サービス精神や誠意や思いやりといったものを感じた。自分のために作られた一皿ではないのは分かっていたのに、感動して涙ぐんでしまった。
翌日の学校では、問題は解決しなかったし改善もしなかったが、普段よりも少しだけ楽に過ごせた。
精神の安定のために、もっと一輝と関わりたい。そう強く思い、昨日初めてまともに言葉を交わした異性が一人暮らしをする部屋に乗り込むという、瀬理らしからぬ大胆な真似をした。
期待したとおり、一輝といっしょに過ごす時間を持つことで、学校でどんなにダメージを受けても早く回復できるようになった。一輝は瀬理がなんらかの悩みを抱えていることに気がついていたはずだが、事情をいっさい詮索しないという対応も、当分のあいだもやもやから距離を置きたかった彼女からすればありがたかった。
一週間に二回が一回になり、その一回もなくなったのは、問題の友人たちと教室でちょっとした諍いがあって、気持ちがひどく落ち込んだから。もともと一輝に迷惑をかけて申し訳ないという思いはあったので、一人で傷を癒すことを選んだ。
しかし、その選択は間違いだったらしく、気分は日に日に沈んでいく。活動できなくなっていく。
もう後戻りできないと思ったときに、一輝がまた声をかけてくれた。
瀬理は一輝に二度救われたのだ。
「……だから、もっと、もっと、大倉さんとの関係を続けていきたい。それが今の率直な気持ちです」
瀬理は微笑む。屈託がない。曇りがない。自然体で魅力的な微笑みだ。
「そう言ってくれて嬉しいよ。ありがとう。……でも、俺は君が思うほど立派な人間じゃないよ。人の手本になるような大人じゃない。西崎さんはさっき『いっさい詮索しない対応がありがたかった』という意味のことを言ったけど、配慮した結果じゃなくて、臆病だったから訊けなかっただけだ」
「別に気にしてないですよ、弱くても。だって、話を聞いてもらったとおり、わたしも弱い人間だから」
瀬理はこともなげに言ってのけた。
一輝は目が覚めた思いだった。中学生の女の子が、自分の弱さを認めて前を向いているのだから、十九歳の俺も前向きでいないといけない。そう思った。
俺は弱い。でも、そんな俺の言葉に救われたという女の子が、目の前にいる。だから、その子の前くらいでは頼りになる人間でいよう。頼りになる人間であろうと努めよう。そうあるべきだ。
「今日は大倉さんと話ができて、よかったです。今抱えている悩み、わたしが一歩を踏み出すのが解決への近道だと思うので、明日から心機一転がんばってみます。上手くいかなかったときは、大倉さんに相談させてください。ありがとうございました」
「どういたしまして。話も終わったし、チャーハン食べる?」
「そうですね。いただきます」
二人は食事を再開した。
悩みはある。互いに抱えている。でも、今は全てを忘れてチャーハンを頬張る。しゃべりながら、笑いながら。
六畳間にはたしかに幸せがあった。
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