わたしと姫人形

阿波野治

文字の大きさ
上 下
76 / 91

灰島ナツキ その8

しおりを挟む
 絶叫しながら、鋏をテーブルの天板に突き立てた。しかし硬さに撥ね返され、右手に電流のような痺れが走った。わたしは母親に背を向け、唸るのと叫ぶのとの中間のような声を上げながら自室に駆けこんだ。
 手当たり次第物を破壊した。勉強机の上の日記帳も、枕元のマジケンのぬいぐるみも、小さな銀色のオルゴールも、みんなみんな壊した。わたしの部屋にあるものたちが、次から次へと醜悪なガラクタと化していく。壊しても、壊しても、気持ちは鎮まらない。叫びながら、壊して、壊して、壊しつづけた。

 手が止まったのは、肉体的な疲労が限界に達したからだった。
 肩で息をしながら、部屋の中の惨状を客観視した。多少なりとも愛情を持っていた私物たちは、今や見る影もない。
 すべて自分がやったのだ。
 母親を壊す勇気がないから、物言わぬ無機物に八つ当たりをしたのだ。

 右手から鋏が落ちる。力のない足取りでベッドへと向かい、俯せに倒れこむ。奇跡的に難を逃れた枕に顔を埋め、わたしは泣いた。嵐のような破壊とは打って変わった、静かな泣きかただった。込み上げる感情は、複数の感情が複雑に絡み合っていて、その猥雑さが悲しみを煽るようだった。洟をすすり上げ、雫を落としているあいだ、頭のすぐそばにある、頭部の傷口から綿をあふれさせたマジケンのぬいぐるみの存在を、常に意識していたような気がする。

 泣き疲れて、いつの間にか眠りに落ちていた。
 部屋のドアがノックされる音に呼び覚まされたのか、目覚めていたからこそノックの音を聞きとれたのかは、分からない。わたしは弾かれたように上体を起こし、ドアを見据えた。訪問者の正体は、ノックを聞いた瞬間に察していた。
 蝶番が軋む音を立てながら、ゆっくりとドアが開かれた。母親だった。その顔は一面無機質な無表情に染まり、右手に包丁を握りしめている。 

「ナツキ、あなたは出来損ないの人形ね」
 その声には、感情と呼べるものは一切含まれていない。
「あなたを修理してあげる術を、残念ながらお母さんは持っていない。でも、放置しておくと、あなたはお母さんに危害を加える可能性がある。なぜなら、あなたは欠陥品だから」
 侮蔑されても怒りが微塵も湧かなかったのは、機械の音声に暴言を吐かれても腹が立たないのと同じ理屈なのか。それとも、暴れた直後で疲れていて、怒るだけの気力もなかったのか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

おむつオナニーやりかた

rtokpr
エッセイ・ノンフィクション
おむつオナニーのやりかたです

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

処理中です...