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五日目 その5
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引き続き姫とともにアトラクションで遊びながらも、わたしはうわの空だった。目の前の事象に対する集中力は一定程度確保されているが、ただ姫といっしょに遊びに参加しているだけで、姫といっしょに楽しめていない。
「ミニミニ機関車」に乗ってやって来るマジケンに、「マジケン!」と呼びかけようとしたが、呼びかけられなかった。その一件が尾を引いている。
わたしがマジケンに向かって声を送ろうとしたのは、ひとえにそうしたかったからだ。
「マジモン」のマジケンは、わたしが子どものころに一番好きだったキャラクターだ。
好きという気持ちは、心身の成長に反比例して薄れていき、いつしかわたしの心は彼から離れた。
「犬祭り。」なるイベントが、自宅からほど近い遊園地で催されると知った瞬間、わたしはマジケンが好きだった当時を思い出した。たまらなく彼に会いたくなった。運よく「ふれあい会」に参加できることになった。嬉しかった。思わず「きゃー!」と叫んでしまうくらい嬉しかった。
好きだったのは子ども時代の話なのだから、マジケンが好きというよりも、懐かしく思う気持ちが強いのだろう。その感情が、わたしを遊園地まで行く気にさせたのだ。
当初はそう考えていたが、彼を一目見た瞬間、想いが蜜のようにあふれ出した。想いに突き動かされるままに「マジケン!」と叫ぼうとした。
しかし、叫ばなかった。
姫がいたからだ。
娘に等しい存在がそばにいながら、ゲームのキャラクターに我を失って叫ぶのは、恥ずかしいことだ。咄嗟にそう判断し、言葉を呑みこんだ。
しかし――認めたくはないが――踏みとどまれたのは単なる偶然で、わたしに母親としての資質があったことが要因だとは言えないように思う。
わたしが姫を購入したそもそもの動機は、広い意味で心の支えになってくれるパートナーが欲しかったからだ。
パートナーに子どもを選んだのは、庇護するべき存在がそばにいれば、人間として成長できると考えたからだ。
しかし、我を失って「マジケン!」と叫びかけた事実を思うと、その判断は間違っていたのではないか、という気がしてくる。
子どもを家族にする覚悟、親になる覚悟、どちらもできていたつもりだ。
しかし、果たして、覚悟は充分だっただろうか?
「ナツキ! ねえ、ナツキってば!」
袖を引っ張られる感覚と呼ぶ声に、わたしは我に返った。注意が自分に向いたのを確認すると、姫は土産物店の外壁にかかった掛け時計を指差した。
「マジケンのところに行かなきゃいけないのって、三時からでしょ。あと十五分くらいしかないのに、行かなくていいの?」
「あ……ごめん。うっかりしていたよ。じゃあ、そろそろイベントホールに行こうか」
「うん!」
袖を掴んでいた手を離し、わたしの手を握りしめて走り出す。
「こら、姫。走ると危ないよ」
注意をしたが、姫は走るのをやめない。
わたしはただただ引っ張られる。わたしよりもずっと体が小さく、ずっと体重が軽い姫に、なす術もなく引っ張られる。
「ミニミニ機関車」に乗ってやって来るマジケンに、「マジケン!」と呼びかけようとしたが、呼びかけられなかった。その一件が尾を引いている。
わたしがマジケンに向かって声を送ろうとしたのは、ひとえにそうしたかったからだ。
「マジモン」のマジケンは、わたしが子どものころに一番好きだったキャラクターだ。
好きという気持ちは、心身の成長に反比例して薄れていき、いつしかわたしの心は彼から離れた。
「犬祭り。」なるイベントが、自宅からほど近い遊園地で催されると知った瞬間、わたしはマジケンが好きだった当時を思い出した。たまらなく彼に会いたくなった。運よく「ふれあい会」に参加できることになった。嬉しかった。思わず「きゃー!」と叫んでしまうくらい嬉しかった。
好きだったのは子ども時代の話なのだから、マジケンが好きというよりも、懐かしく思う気持ちが強いのだろう。その感情が、わたしを遊園地まで行く気にさせたのだ。
当初はそう考えていたが、彼を一目見た瞬間、想いが蜜のようにあふれ出した。想いに突き動かされるままに「マジケン!」と叫ぼうとした。
しかし、叫ばなかった。
姫がいたからだ。
娘に等しい存在がそばにいながら、ゲームのキャラクターに我を失って叫ぶのは、恥ずかしいことだ。咄嗟にそう判断し、言葉を呑みこんだ。
しかし――認めたくはないが――踏みとどまれたのは単なる偶然で、わたしに母親としての資質があったことが要因だとは言えないように思う。
わたしが姫を購入したそもそもの動機は、広い意味で心の支えになってくれるパートナーが欲しかったからだ。
パートナーに子どもを選んだのは、庇護するべき存在がそばにいれば、人間として成長できると考えたからだ。
しかし、我を失って「マジケン!」と叫びかけた事実を思うと、その判断は間違っていたのではないか、という気がしてくる。
子どもを家族にする覚悟、親になる覚悟、どちらもできていたつもりだ。
しかし、果たして、覚悟は充分だっただろうか?
「ナツキ! ねえ、ナツキってば!」
袖を引っ張られる感覚と呼ぶ声に、わたしは我に返った。注意が自分に向いたのを確認すると、姫は土産物店の外壁にかかった掛け時計を指差した。
「マジケンのところに行かなきゃいけないのって、三時からでしょ。あと十五分くらいしかないのに、行かなくていいの?」
「あ……ごめん。うっかりしていたよ。じゃあ、そろそろイベントホールに行こうか」
「うん!」
袖を掴んでいた手を離し、わたしの手を握りしめて走り出す。
「こら、姫。走ると危ないよ」
注意をしたが、姫は走るのをやめない。
わたしはただただ引っ張られる。わたしよりもずっと体が小さく、ずっと体重が軽い姫に、なす術もなく引っ張られる。
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