わたしと姫人形

阿波野治

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五日目 その2

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 塔に入ってすぐの場所は広間になっていて、ショーケースやパネルが数多く展示されている。案内看板によると、遊園地の歴史を紹介するための空間らしい。アトラクションと比べれば魅力に欠けるからなのだろう、現時点で観覧客はいない。
 エレベーターで最上階まで行くと、展望スペースだ。側壁は全面ガラス張りで、三百六十度どこからでも外の景色が眺められるようになっている。利用客はそれなりといったところだ。

「まど、おっきい! そら、あおい! 近くまで行こうよ!」
 姫と出会ってから一番の強さで手を引かれる。わたしはほほ笑ましく苦笑してそれに従う。周りの客から注がれる眼差しは、押し並べて温かい。

「わー、すごい! あそこ、おしろみたいなのがある! あっちにあるのりもの、知ってるよ。ジェットコースターって言うんでしょ」
 姫は窓ガラスにへばりつき、はしゃいだ声を上げる。わたしはそのかたわらに控えて相槌を打ち、質問をされればそれに答える。窓に沿って時計回りに移動し、様々な方角から地上を見下ろす。どの位置からどの方向を眺めても、景色は魅力的な輝きを帯びている。

 眠れずに悶々と過ごした長い夜が嘘だったように、わたしは姫と過ごす時間を楽しめている。姫のことが心から好きだと思うし、大切だとも思う。まだ遊園地を訪れて間もないのに、この光に満ちあふれた時間が終わるときが来てほしくない、なるべく先延ばしにできたらいいのにと、心の底から願っている。
 そして、そう感じたり思えたりしている自分に安堵している。

 マツバさんに特別な感情を抱いていると気づいたのがきっかけで、姫を購入したのは軽はずみな決断だったのではないか、と疑う気持ちが芽生えた。わたしが望んでいるのは、マツバさんとの関係を今よりも深めることであって、姫はその願いを果たせない空虚感を埋めるための代役に過ぎないのではないか、と。
 しかし、姫といっしょに遊園地で過ごしてみて、事態を大げさに捉えていただけだと分かった。マツバさんも特別なら、姫も特別。ようするに、そういうことなのだ。
 家族が大切だし、恋人も大切。さらには友人も大切だし、職場の同僚も大切。それが普通なのだ。その人にとって大切な存在は、一人でなければならない。そんな堅苦しい、切羽詰まった考えかたに囚われていたわたしが愚かだったのだ。

 己の愚かな未熟さに真正面から向き合ったならば、今現在の母親との関係も相俟って、暗澹たる心境に陥っていたかもしれない。
 しかし幸いにも、わたしの隣には姫がいる。姫とともに、楽しく充実した時間を過ごせている。

 煩わしいことはなにもかも忘れて、姫とともに今この瞬間を全身で楽しもう。
 その姿勢を貫くことこそが、わたしの未来に明るい光が射すのに繋がると、胸の片隅で期待しながら。
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