わたしと姫人形

阿波野治

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四日目 その12

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 ダイニングテーブルを三人で囲み、わたしが淹れた紅茶を飲みながら、マツバさんが買ってきてくれたケーキを食べる。何種類かのフルーツが使われた、断面がカラフルなかわいいケーキ。わたしは店の名前を知らなかったが、若い女性に人気があるケーキ店で購入したのだそうだ。マツバさんが自信をもってすすめるだけあって、味は申し分ない。

「はい、あーん」
 マツバさんは自分のフォークですくった一口ぶんのケーキを、わたしや姫に食べさせようとした。わたしは苦笑して断ったが、姫は受け入れた。羞恥心が薄いのもあるが、わたしに断られて、大げさにショックを露わにしているマツバさんを見て、同情したからでもあるらしい。 

「マツバにも食べさせてあげる。はい」
 姫は一口ぶんのケーキの塊をフォークに突き刺し、マツバさんに差し出した。
「えっ、マジで? わー、優しい! 姫ちゃん、ありがとう!」
 マツバさんはさっそくケーキを頬張った。大輪の花を咲かせるマツバさんを見て、姫もにこやかな表情になる。

 わたしは複雑な感情が胸中で渦巻くのを感じながら、二人の仲睦まじいやりとりを黙って眺めている。
 そう、仲睦まじい。わたしが時間をかけて引き出した姫の笑顔を、マツバさんはたった二回の顔合わせで手中に収めた。
 子どもが好きで、扱いが上手だから。明るくて、気さくな性格だから。他人との距離を縮めることをためらわないから。
 説明の仕方はいろいろあるだろうが、煎じ詰めれば、わたしよりもマツバさんのほうが姫との相性がいい、ということになるのだろう。

 表面的には和気あいあいとした雰囲気の中、時間が過ぎていく。

 ケーキを食べたあと、姫とマツバさんは姫が描いた絵を鑑賞していたが、マツバさんが唐突に「私の似顔絵を描いて」とリクエストした。照れがあるのか、腕前に自信を持てないのか。姫は最初難色を示していたが、根負けしてペンを手にした。
 モデルになっているあいだも、マツバさんは平気で姫に話しかけるので、作業は捗らない。ただ、マツバさんがわざとそんな態度をとっているわけではないのは明らかだし、姫もまったく気分を害していない。二人は実に楽しそうに、似顔絵を描き、描かれている。

 姫はガラステーブルに向かってペンを動かし、マツバさんはその対面に座っている。わたしは一人ダイニングテーブルの椅子に腰かけ、二人を見ている。マツバさんは積極的に姫に話しかけ、姫は律義にそれに応じる。わたしはたまに二人に話しかけて、たまにマツバさんが振ってくる話に反応を返す。
 いわばマツバさんに姫を奪われた格好だ。 

 わたしは二人に嫉妬していた。二人ばかりずるい、わたしにも構ってほしい、という意味のひとり言を、心の中で何度もつぶやいた。
 しかし、時間が経つにつれて、嫉妬しているのはたしかだが、わたしが考えているような嫉妬ではないのではないか、と思いはじめた。
 すなわち、「姫を奪われたのが悔しい」という説明では成り立たない嫉妬だと。対象はマツバさんではなく、姫なのではないかと。
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