54 / 91
四日目 その10
しおりを挟む
瞬間、わたしは大胆になった。なにも怖くない気がした。欲望に忠実になりたいと思った。
ためらいはほとんどなかった。重しを体にのせたまま首を持ち上げなければならないという、若干の肉体的制約があっただけで。
わたしはまぶたを閉ざし、姫の艶やかな薄桃色の唇に、自らの唇を軽く押し当てた。
姫の全身が強張りに包まれたのが伝わってくる。しかし、それは驚きと困惑に起因する反射的な変化に過ぎなかったらしく、すぐに緩やかにほどけていく。二つの唇は軽く触れ合っているに過ぎないが、多少息苦しさを感じているらしく、鼻息はいっときよりも荒くなった。心苦しさと、嗜虐的な快感が交錯する。
前者が勝ったのは、たぶん、姫の親である自覚が心に根づいていたからなのだろう。
唇をそっと遠ざける。まぶたを開くと、驚きに包まれた姫の顔が真正面にあった。
右手を後頭部に回して引き寄せる。姫は八割以上自らの意思で顔を密着させてきた。顔と肩が形作るL字に顎をのせる形だ。髪の毛を右手で撫でながら、姫のスカートの裾へと左手を伸ばす。丈は膝までしかないから、本人が警戒心を放棄している現状、いとも容易く侵入を果たせそうだ。
いいの、ナツキ? そんなことをしたら、彼と同じになってしまう。
いいのよ、ナツキ。彼は男で、わたしは女。それに、わたしたちは家族なのだから。
指先に、スカートの生地とは似て非なる感触を覚えた。
次の瞬間、どこか間の抜けた音が玄関から聞こえた。インターフォンが鳴らされたのだ。
「お客さんだね。……誰だろう」
姫を抱きしめる腕を右腕一本に減らし、左手で座面を押して上体を起こす。先に姫を床に下ろしてやり、自らも立ち上がる。インターフォンが再び鳴ったので、玄関へ走る。
急かすように鳴らされた三度目のチャイムが、ドアスコープ越しの確認作業を忘れさせた。四度目が鳴らされる予感に焦燥感を覚えながら、鍵を開けてドアを開くと、
「やっほー」
にこやかな笑みを浮かべて立っていたのは、沢倉マツバさん。マツバさんらしい、少女らしい華やかさにあふれた普段着に身を包んでいる。右手に提げた袋の口から、甘い香りがほのかに漏れ出している。
「ほんとうに来ちゃいました。ケーキを買ってきたから、姫ちゃんと三人でいっしょに食べましょう」
「びっくりした。昨日約束したばかりなのに」
「迷惑、でしたか」
眉尻を下げ、小動物を思わせる潤んだ瞳で見つめてくる。わたしは慌てて頭を振り、
「迷惑じゃないよ。全然迷惑なんかじゃない。今日来るなんて考えもしなかったから、驚いただけで」
「ほんとですか? それならよかったです!」
マツバさんは早くも笑顔を取り戻している。声にも陰りは一切なかった。切り替えの早さは彼女の美点の一つだし、笑っている顔のほうがずっと似合っている。
ためらいはほとんどなかった。重しを体にのせたまま首を持ち上げなければならないという、若干の肉体的制約があっただけで。
わたしはまぶたを閉ざし、姫の艶やかな薄桃色の唇に、自らの唇を軽く押し当てた。
姫の全身が強張りに包まれたのが伝わってくる。しかし、それは驚きと困惑に起因する反射的な変化に過ぎなかったらしく、すぐに緩やかにほどけていく。二つの唇は軽く触れ合っているに過ぎないが、多少息苦しさを感じているらしく、鼻息はいっときよりも荒くなった。心苦しさと、嗜虐的な快感が交錯する。
前者が勝ったのは、たぶん、姫の親である自覚が心に根づいていたからなのだろう。
唇をそっと遠ざける。まぶたを開くと、驚きに包まれた姫の顔が真正面にあった。
右手を後頭部に回して引き寄せる。姫は八割以上自らの意思で顔を密着させてきた。顔と肩が形作るL字に顎をのせる形だ。髪の毛を右手で撫でながら、姫のスカートの裾へと左手を伸ばす。丈は膝までしかないから、本人が警戒心を放棄している現状、いとも容易く侵入を果たせそうだ。
いいの、ナツキ? そんなことをしたら、彼と同じになってしまう。
いいのよ、ナツキ。彼は男で、わたしは女。それに、わたしたちは家族なのだから。
指先に、スカートの生地とは似て非なる感触を覚えた。
次の瞬間、どこか間の抜けた音が玄関から聞こえた。インターフォンが鳴らされたのだ。
「お客さんだね。……誰だろう」
姫を抱きしめる腕を右腕一本に減らし、左手で座面を押して上体を起こす。先に姫を床に下ろしてやり、自らも立ち上がる。インターフォンが再び鳴ったので、玄関へ走る。
急かすように鳴らされた三度目のチャイムが、ドアスコープ越しの確認作業を忘れさせた。四度目が鳴らされる予感に焦燥感を覚えながら、鍵を開けてドアを開くと、
「やっほー」
にこやかな笑みを浮かべて立っていたのは、沢倉マツバさん。マツバさんらしい、少女らしい華やかさにあふれた普段着に身を包んでいる。右手に提げた袋の口から、甘い香りがほのかに漏れ出している。
「ほんとうに来ちゃいました。ケーキを買ってきたから、姫ちゃんと三人でいっしょに食べましょう」
「びっくりした。昨日約束したばかりなのに」
「迷惑、でしたか」
眉尻を下げ、小動物を思わせる潤んだ瞳で見つめてくる。わたしは慌てて頭を振り、
「迷惑じゃないよ。全然迷惑なんかじゃない。今日来るなんて考えもしなかったから、驚いただけで」
「ほんとですか? それならよかったです!」
マツバさんは早くも笑顔を取り戻している。声にも陰りは一切なかった。切り替えの早さは彼女の美点の一つだし、笑っている顔のほうがずっと似合っている。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる