わたしと姫人形

阿波野治

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四日目 その9

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 己の都合のいいように世界を見たがる身勝手さを蔑む気持ちも、予想を裏切られた驚きも、抱いた数秒後をピークに熱量を低下させていく。衣服越しに伝わってくる、姫を構成する肉の柔らかさと温かさの働きによるものだ。生身の人間そのものだ、とつくづく思う。
 思えば、長らく人肌の温もりを味わっていない。姫と軽いスキンシップをとる機会は何回かあったが、それだけだ。
 唐突に、悟った。いや、思い出した。
 わたしが姫に求めていたものは、肉体的なものも含む高密度な交流だったのだ、と。

 わたしの起伏に乏しい胸に埋めていた顔を、姫はおもむろに持ち上げた。今現在の時間の使いかたに快さを感じていることを表明する、飾り気のない無垢なほほ笑み。わたしは目が離せなくなる。
 現状に身を委ね、味わい尽くすのとは別の欲望を抱いていることを、不意に自覚した。

「おいで。もっと近くに」

 姫の顔よりも前で手招きをしなければならなかったので、少し窮屈でどこか滑稽な手の動かしかたになった。姫はこちらの意図を汲んでくれたらしく、イモムシのように体を動かしてわたしの上を這い進む。衣服越しとはいえ、それが主の目的ではないとはいえ、他人の肉体によって肉体を刺激されることで、わたしに備わったあらゆる感覚器官が力強く研ぎ澄まされていく。
 姫の膝が、図らずもジーンズの股間部分をこすり上げた瞬間、熱を帯びた電流が体を縦に駆け抜けた。恥ずかしいような、後ろめたいような。下唇を噛み、なにかがあふれ出しそうになるのを抑えこむ。

 わたしの内心など知る由もない姫の顔が、わたしの顔のほぼ真上に来た。唇にかかるかすかな吐息は、ほのかな甘味を孕んでいる。砂糖菓子のそれとも、牛乳のそれともつかない、名状しがたい甘さだ。その顔に、はにかむようなほほ笑みがたたえられているのは、互いの顔が近すぎるせいだろう。
 姫の顔を見つめているうちに、だんだん変な気分になってきた。至近距離から見つめ合う照れくささに、恥ずかしがっている。それ以外の、それ以上の意味が浮き彫りになっていく。
 己の都合のいいように世界を見る身勝手さがまた顔を出したのだと、わたしは気がついていた。しかし、あえて見て見ぬふりをした。姫にのしかかられているが、この場を支配しているのはわたしだ。半分は自分に言い聞かせるつもりで、そう思う。
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