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四日目 その5
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「姫が来た日も、わたしはこの道を通ったんだよ」
「そうなんだ。なんで?」
「ずっと心の調子が悪いから、心療内科に診てもらいに行ったんだ。心療内科って、分かるかな。簡単に言うと、心のお医者さんなんだけど」
「心のおいしゃさん……」
瞳の奥に潜むものを見定めようとするかのように、ピンク色の瞳を少し大きくして見つめてくる。首長竜を探していたときと通じるものがある目だ。
「どんなふうに悪いかというとね、未来がとても不安なんだ。正確には、不安に感じることが頻繁にある、ということになるのかな。未来のことは誰にも分からないから、誰でも多少は不安なものだけど、わたしの場合、普通の人であれば不安に感じないようなことも不安に感じてしまって。普通とは違うんだから病気なのかなと思って、毎週一回、心のお医者さんのところに行っているんだけど。……説明、分かりにくい?」
姫はこれという反応を示さない。なんと言葉を返せばいいかが分からないのではなく、わたしの言っていることが呑みこめていないらしい。
持病を抱えている世間の親は、自らの病気を我が子にどう説明しているのだろう? 実際に自分でやってみて分かったが、読解力と語彙が心もとない幼い子どもに、完璧に理解してもらうのは難しい。
「たとえば、そうだな」
足を止め、道が続く先を左右ともに二回ずつ見やる。アスファルトで舗装された片側一車線の道路を、現在通行している自動車は一台もない。わたしと同じ動作を姫も行ったのを見届けてから、
「さっきからずっと、この道を車は一台も通っていないよね。だからわたしたちは、走ってくる車に轢かれることはないだろうって、安心しきって道を歩いている。本当はいけないことなんだけど、たまにちょっと車道にはみ出したりしてね。だけど、わたしはみんなとは違って、車に轢かれないだろうか、跳ねられないだろうかって、心の中で絶えず心配しながら歩いているんだ。見てのとおり車は通っていないから、事故に遭う可能性は絶対にない。それにもかかわらず、ぶつかってこられるんじゃないか、轢かれるんじゃないかって、不安でいっぱいで。起こる可能性が絶対にない事故を心配するなんて、馬鹿げている。そう頭では分かっているんだけど、不安な気持ちをどうしても消せなくて」
車の話はあくまでもたとえだ。わたしが不安感を抱えているのはたしかだが、対象は走行する車ではない。五・六歳の少女が噛み砕き、呑みこむのはまず無理だろう。
姫はぽかんと口を開けている。わたしは苦笑し、歩くように手振りで促して、自らも歩き出そうとする。しかし、袖を掴んで引き留められた。
「そうなんだ。なんで?」
「ずっと心の調子が悪いから、心療内科に診てもらいに行ったんだ。心療内科って、分かるかな。簡単に言うと、心のお医者さんなんだけど」
「心のおいしゃさん……」
瞳の奥に潜むものを見定めようとするかのように、ピンク色の瞳を少し大きくして見つめてくる。首長竜を探していたときと通じるものがある目だ。
「どんなふうに悪いかというとね、未来がとても不安なんだ。正確には、不安に感じることが頻繁にある、ということになるのかな。未来のことは誰にも分からないから、誰でも多少は不安なものだけど、わたしの場合、普通の人であれば不安に感じないようなことも不安に感じてしまって。普通とは違うんだから病気なのかなと思って、毎週一回、心のお医者さんのところに行っているんだけど。……説明、分かりにくい?」
姫はこれという反応を示さない。なんと言葉を返せばいいかが分からないのではなく、わたしの言っていることが呑みこめていないらしい。
持病を抱えている世間の親は、自らの病気を我が子にどう説明しているのだろう? 実際に自分でやってみて分かったが、読解力と語彙が心もとない幼い子どもに、完璧に理解してもらうのは難しい。
「たとえば、そうだな」
足を止め、道が続く先を左右ともに二回ずつ見やる。アスファルトで舗装された片側一車線の道路を、現在通行している自動車は一台もない。わたしと同じ動作を姫も行ったのを見届けてから、
「さっきからずっと、この道を車は一台も通っていないよね。だからわたしたちは、走ってくる車に轢かれることはないだろうって、安心しきって道を歩いている。本当はいけないことなんだけど、たまにちょっと車道にはみ出したりしてね。だけど、わたしはみんなとは違って、車に轢かれないだろうか、跳ねられないだろうかって、心の中で絶えず心配しながら歩いているんだ。見てのとおり車は通っていないから、事故に遭う可能性は絶対にない。それにもかかわらず、ぶつかってこられるんじゃないか、轢かれるんじゃないかって、不安でいっぱいで。起こる可能性が絶対にない事故を心配するなんて、馬鹿げている。そう頭では分かっているんだけど、不安な気持ちをどうしても消せなくて」
車の話はあくまでもたとえだ。わたしが不安感を抱えているのはたしかだが、対象は走行する車ではない。五・六歳の少女が噛み砕き、呑みこむのはまず無理だろう。
姫はぽかんと口を開けている。わたしは苦笑し、歩くように手振りで促して、自らも歩き出そうとする。しかし、袖を掴んで引き留められた。
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