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三日目 その11
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「私、さっきまで友だちと話をしていたんですけど、バイトがあるとか言って帰っちゃうし、ナツキさんは来ないし、どうしようかと思っていたところに姿を見かけたので、とても嬉しかったです! お忙しいのに来てくれて、ありがとうございます!」
「いや、お礼を言われるほどのことでも」
マツバさんはほんとうに元気だ。体調が悪い日や、気分が盛り上がらない日も当然あるはずなのだが、暗い顔をしていたり、テンションが低かったりする彼女を見たことは一度もない。知り合ったばかりのころは、その元気のよさが少し苦手だったが、今ではすっかり慣れた。
「来てくれてほんとによかったです。私、お祭りに参加するのは大好きなんですけど、人が多い場所に一人でいるのはそんなに得意じゃないので。……もっと早く来てくれればよかったのに」
「ごめんね。わたし、猿の肉が焼ける臭いが苦手だから、焼却の儀が終わらないと」
「あっ、こちらこそごめんなさい! 今のはひとり言です。ナツキさんが来てくれただけで嬉しいです! というわけで、無事に落ち合えたことですし、二人でデートしません? 猿焼きデート。メインイベントが終わって人も少なくなったし、ゆっくりと――」
不意に視線がわたしから外れ、姫に注がれた。双眸が見開かれ、あんぐりと口が開く。
「えっ? その子……えっ? まさか、ナツキさんの……」
「紹介が遅れちゃったね。この子は姫人形で、名前は姫。おとといからいっしょに暮らしはじめて――」
「わー! かわいい……!」
マツバさんはいきなり姫を抱きしめた。
長い抱擁の末に解放されると、鳩が豆鉄砲を食ったような姫の顔が現れた。マツバさんは小動物を愛撫するような、どこか慎重な手つきでパステルピンクの髪の毛を撫で、輝く大きな瞳でわたしを見上げる。
「ナツキさんってば、水くさいなぁ。この子がお家に来たその日に教えてくれればよかったのに。ていうか、どうして姫人形を買ったんですか?」
「どうしてって……。わたしは一人暮らしだから、ようするに、その……」
「なるほど、そういうことですね。みなまで言わなくても分かります、分かります」
わたしと姫の顔を交互に見ながら、くり返しうなずく。
「私も一人暮らしなので、そういう従順な子をそばに置いておきたいなって思うことがよくあります。ていうか、姫人形、私もめちゃくちゃ欲しいです! 購入に向けてちょっとずつ調べたりはしてるんだけど、費用の問題もあってなかなか手が出なくて。調べるたびに思うんですけど、購入手続き、物凄く面倒くさくないですか? ナツキさんはどうでした?」
「わたしは代行サービスに頼んだから」
「ああ、それがあるんでしたね。でも、がっつりお金をとられるんでしょ? いいなー、ナツキさんはお金持ちで」
口を尖らせたかと思うと、一転して表情を綻ばせ、再びピンク色の髪の毛を撫でる。テンションの高さに圧倒されているらしく、姫の表情は戸惑いの色が濃い。その顔に向かって、マツバさんは幼児のように無邪気に笑いかける。
「姫ちゃん、よかったね。優しくてお金持ちのご主人さまの家に貰われて」
「いや、お礼を言われるほどのことでも」
マツバさんはほんとうに元気だ。体調が悪い日や、気分が盛り上がらない日も当然あるはずなのだが、暗い顔をしていたり、テンションが低かったりする彼女を見たことは一度もない。知り合ったばかりのころは、その元気のよさが少し苦手だったが、今ではすっかり慣れた。
「来てくれてほんとによかったです。私、お祭りに参加するのは大好きなんですけど、人が多い場所に一人でいるのはそんなに得意じゃないので。……もっと早く来てくれればよかったのに」
「ごめんね。わたし、猿の肉が焼ける臭いが苦手だから、焼却の儀が終わらないと」
「あっ、こちらこそごめんなさい! 今のはひとり言です。ナツキさんが来てくれただけで嬉しいです! というわけで、無事に落ち合えたことですし、二人でデートしません? 猿焼きデート。メインイベントが終わって人も少なくなったし、ゆっくりと――」
不意に視線がわたしから外れ、姫に注がれた。双眸が見開かれ、あんぐりと口が開く。
「えっ? その子……えっ? まさか、ナツキさんの……」
「紹介が遅れちゃったね。この子は姫人形で、名前は姫。おとといからいっしょに暮らしはじめて――」
「わー! かわいい……!」
マツバさんはいきなり姫を抱きしめた。
長い抱擁の末に解放されると、鳩が豆鉄砲を食ったような姫の顔が現れた。マツバさんは小動物を愛撫するような、どこか慎重な手つきでパステルピンクの髪の毛を撫で、輝く大きな瞳でわたしを見上げる。
「ナツキさんってば、水くさいなぁ。この子がお家に来たその日に教えてくれればよかったのに。ていうか、どうして姫人形を買ったんですか?」
「どうしてって……。わたしは一人暮らしだから、ようするに、その……」
「なるほど、そういうことですね。みなまで言わなくても分かります、分かります」
わたしと姫の顔を交互に見ながら、くり返しうなずく。
「私も一人暮らしなので、そういう従順な子をそばに置いておきたいなって思うことがよくあります。ていうか、姫人形、私もめちゃくちゃ欲しいです! 購入に向けてちょっとずつ調べたりはしてるんだけど、費用の問題もあってなかなか手が出なくて。調べるたびに思うんですけど、購入手続き、物凄く面倒くさくないですか? ナツキさんはどうでした?」
「わたしは代行サービスに頼んだから」
「ああ、それがあるんでしたね。でも、がっつりお金をとられるんでしょ? いいなー、ナツキさんはお金持ちで」
口を尖らせたかと思うと、一転して表情を綻ばせ、再びピンク色の髪の毛を撫でる。テンションの高さに圧倒されているらしく、姫の表情は戸惑いの色が濃い。その顔に向かって、マツバさんは幼児のように無邪気に笑いかける。
「姫ちゃん、よかったね。優しくてお金持ちのご主人さまの家に貰われて」
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