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三日目 その3
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「それでね、ミヤニシの犯行だとすぐにばれるんだけど――」
わたしの真正面に座る中年女性が、隣に座る中年女性に話しかけた。やはり、二人は連れだったらしい。
遺体や血痕といった、物騒な単語が次から次へと話し手の口から出る。小説を読むのが趣味のわたしは、推理小説のトリックについて言及しているのだとすぐに分かった。
「ちょっと動機がふわふわしているっていうか、そういう印象もなくはないんだけど、肝心なのはミヤニシが――」
ミヤニシという人名を何度も聞くうちに、似た名前の人物が起こした殺人事件のことを思い出した。二十六歳の無職の男が、同居していた両親と姉を殺害して行方を眩ませたが、一週間後、現場近くの雑木林で首を吊って死亡しているのが発見された、という概要だ。フルネームはもう忘れてしまったが、宮本か宮田か宮下か――とにかく、名字の最初に「宮」の一字が使われた名前だったと記憶している。
事件が起きたのは六・七年前。隣県で発生し、わたしたちが住む県まで犯人が逃げてくる可能性があるということで、地元のテレビや新聞の報道には熱がこもっていた。
六・七年が経った今でも、事件の詳細を比較的詳しく記憶しているのは、それが理由だ。
同時に、わたしが母親への嫌悪を募らせていた時期だからでもある。
「……わたしは」
犯人に感情移入していたのだろうか? 犯人を、応援していたのだろうか? 犯人に、逃げきってほしいと願っていたのだろうか?
それとも、なにもできない無力なわたしに代わって、わたしの母親を殺してほしかったのか。
あるいは、男が自らの両親と姉を殺したように、わたしも母親を殺したかったのか。
あのころと比べて、わたしのなにが変わったのだろう。
なに一つ、などと、的外れなたわ言をほざくつもりはない。しかし、変わっていないことは驚くほど多いように思う。昨日こそ例外だったが、毎日のように母親から電話がかかってくる。形の上では一人暮らしをしているが――。
暗い思念に囚われかけたが、次の停車駅を報せる車内アナウンスに我に返る。わたしたちが降りる駅だ。
姫は窓外を眺める態勢を崩そうとしない。中年女性は相も変わらず、ミヤニシについて語りつづけている。
電車が目的の駅に停まった。
「姫、着いたよ。降りよう」
背中を弱く叩いて知らせると、あっさりと窓から視線を切り、わたしとともに車両から降りた。
降車したのはわたしたちだけだったので、乗客全員が、去りゆくわたしたちの一挙手一投足を注視しているかのようだった。
わたしの真正面に座る中年女性が、隣に座る中年女性に話しかけた。やはり、二人は連れだったらしい。
遺体や血痕といった、物騒な単語が次から次へと話し手の口から出る。小説を読むのが趣味のわたしは、推理小説のトリックについて言及しているのだとすぐに分かった。
「ちょっと動機がふわふわしているっていうか、そういう印象もなくはないんだけど、肝心なのはミヤニシが――」
ミヤニシという人名を何度も聞くうちに、似た名前の人物が起こした殺人事件のことを思い出した。二十六歳の無職の男が、同居していた両親と姉を殺害して行方を眩ませたが、一週間後、現場近くの雑木林で首を吊って死亡しているのが発見された、という概要だ。フルネームはもう忘れてしまったが、宮本か宮田か宮下か――とにかく、名字の最初に「宮」の一字が使われた名前だったと記憶している。
事件が起きたのは六・七年前。隣県で発生し、わたしたちが住む県まで犯人が逃げてくる可能性があるということで、地元のテレビや新聞の報道には熱がこもっていた。
六・七年が経った今でも、事件の詳細を比較的詳しく記憶しているのは、それが理由だ。
同時に、わたしが母親への嫌悪を募らせていた時期だからでもある。
「……わたしは」
犯人に感情移入していたのだろうか? 犯人を、応援していたのだろうか? 犯人に、逃げきってほしいと願っていたのだろうか?
それとも、なにもできない無力なわたしに代わって、わたしの母親を殺してほしかったのか。
あるいは、男が自らの両親と姉を殺したように、わたしも母親を殺したかったのか。
あのころと比べて、わたしのなにが変わったのだろう。
なに一つ、などと、的外れなたわ言をほざくつもりはない。しかし、変わっていないことは驚くほど多いように思う。昨日こそ例外だったが、毎日のように母親から電話がかかってくる。形の上では一人暮らしをしているが――。
暗い思念に囚われかけたが、次の停車駅を報せる車内アナウンスに我に返る。わたしたちが降りる駅だ。
姫は窓外を眺める態勢を崩そうとしない。中年女性は相も変わらず、ミヤニシについて語りつづけている。
電車が目的の駅に停まった。
「姫、着いたよ。降りよう」
背中を弱く叩いて知らせると、あっさりと窓から視線を切り、わたしとともに車両から降りた。
降車したのはわたしたちだけだったので、乗客全員が、去りゆくわたしたちの一挙手一投足を注視しているかのようだった。
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