わたしと姫人形

阿波野治

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二日目 その14

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 機械の体にも疲労の概念はある。正しくは、そういう設定にしておけば、姫人形だとしても疲れを感じる。
 姫は布団に潜りこむとすぐに眠りに落ちた。楽しかった一日をまだ終わらせたくなくて、今日経験した出来事について延々と語る。そんな展開をおぼろげに期待していたので、少し残念だ。

 埋め合わせのように、今日という一日を、客観性を心がけて振り返ってみる。
 姫との距離は確実に縮まった。ただ、反省点もいくつかある。収穫が多かったわりには喜べない、というのが率直な実感だ。 

 ただ、姫とは無関係のことで言えば、手放しで喜ばしい出来事もあった。
 母親から電話がかかってこなかったのだ。

 昨夜、怒鳴りつけたのが効いた? たぶん、そういうことなのだろう。母親との通話中に声を荒らげ、口汚く罵ることはたまにあるが、昨夜のわたしはいつもにも増して声が鋭く、言葉が汚かった。これ以上みだりに干渉するのは危険だと母親は感じたに違いなく、それが今日の結果に繋がったのは間違いない。
 明日以降も母親と会話する機会を回避できる保証はない。母親の粘着質な性格を思えば、そうはいかないと考えるのがむしろ自然だ。そうなれば当然報復が予想されるし、連絡が途絶えたら途絶えたで厄介でもある。
 それでも、己の力で天敵を退けたという結果は、大いに評価するべきだろう。

 今日もいい一日だった。マイナスもあったが、プラスが上回ったのだから、いい日だ。
 そう結論し、まぶたを閉ざす。

 しかし、スイッチをオフにするようにすんなりとは眠れない。
 やがて、唐突に、姫のほほ笑む顔が脳裏に浮かんだ。庭で月見をしているさなかに見せた、どこか大人びた微笑が。それに少し遅れて、その表情を見せたさいに彼女が発した言葉も。

『もしあのもようがうさぎさんで、ほんとうにおもちをついているんだったら――わるいことをして、つかまって、しかたなくやっているのかもね』

 姫が、あんな表情を見せるなんて。あんな言葉を返すなんて。表情を見せられるまでは、言葉を返されるまでは、想像だにしていなかった。
 当時は衝撃を受けたというほどでもなかった。しかし、思い返せば思い返すほど、驚くべきことだという思いが高まっていく。

 わたしを驚かせる発言をしたのは、姫が姫人形だから? 特別な、あるいは優秀な人格を付与された姫人形だから?
 たぶん、どちらの解釈も間違っている。
 子どもとは、もともとそういうものなのだ。思いがけないときに、思いがけない言葉を口走って、大人を心底から驚嘆せしめる。それが子どもという生き物なのだ。

 姫が発信する思いがけない一面に、表情に、言葉に、もっともっと出会いたい。だから、もっともっと姫と仲よくなりたい。家族だから仲よくならなければいけない、ではなくて。
 義務ではなく好奇心が原動力ならば、もっと肩の力を抜いてあの子と交流できるかもしれない。

 無性に、月を眺めたくなった。
 月で餅をついているウサギは、ほんとうに仕方なくそうしているのだろうか? わたしの目にも、嫌々ながら餅つきをしているように見えるのだろうか? 真実をこの目でたしかめてみたい。
 しかし、布団から抜け出せば、姫を起こしてしまうかもしれない。わたしが不在のときに目覚めたら、不安がらせ、心配をかけることになる。
 だから、今度こそ眠ることにした。
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