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初日 その4
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「改めて、こんにちは」
「こんにちは」
「灰島家にようこそ。あなたは今日からこの家の家族の一員だから、そのつもりで振る舞ってくれていいよ。家族といっても、わたし一人だけだけどね。ここまでわたしが言っている意味、理解してくれた?」
首肯。
「うん、賢いね。わたしの名前は灰島ナツキ。ナツキって呼んで」
「ナツキ」
「そう、ナツキ。それで、名前なんだけど」
「なまえ」
「わたしじゃなくて、あなたの名前ね。こんな名前がいい、こんな名前で呼んでほしいっていう希望、あるかな?」
五秒ほど沈黙し、姫人形は小首を傾げた。ささいな仕草だが、しっかりと人間らしい動きだ。
「それじゃあ、姫っていう名前はどうかな。あなたは姫人形だから、そこから一文字とって名前にするの」
「姫……」
「そう、姫。だってほら、姫というのは、女の子の名前によく使われる漢字でもあるでしょ。あなたは髪の毛がピンク色だから、お姫さまっていうイメージだし。安直かもしれないけど、悪くはないんじゃないかな」
姫人形は黙ってわたしの顔を見つめている。提案された名前が適当か否かを黙考しているのか。それとも、他の理由から呆然としているのか。表情から判断するのは難しい。感情があまり表に出ない子だという印象は、これまでのところある。
「気に入ったならそれで決まり。それはちょっとって思うのなら、他にいい名前がないかをいっしょに考えよう。あなたはどう思う?」
「うん、いいよ。なまえ、姫がいい」
姫人形――姫は一瞬、わずかながらも表情を緩めた。
「そっか。じゃあ、それで決定。姫、これからよろしくね」
ほほ笑みかけると、わたしから目を逸らさずに小さくうなずくという、先ほども見せた反応が返ってきた。わたしたちを包んでいた緊張感はだいぶ薄らいできたように感じる。
わたしはリビングの掛け時計を見上げる。午後六時五十分。
「もう晩ごはんの時間だね。姫がうちに来てくれたお祝いにごちそうを――と言いたいところだけど、料理を作るのはあまり得意じゃないんだ。食べに行くのもいいけど、個人的にはゆっくりしたい気分だから、家で食べたいかな。姫はどう思う?」
首肯。
「それじゃあ、家で食べよう。おなかが空いていて今すぐ食べたいなら、カップ麺があるよ。待てるなら簡単なものを作るけど」
「ぼく、待てるよ。ちゃんと待てる」
「それじゃあ、今からわたしが作るね。お祝いに相応しい豪華な食事は無理だけど、全力を尽くすから。そのあいだ、姫は家の中を探検してくるといいよ」
「たんけん?」
「そう。家の中を順番に見て回って、どこになにがあるのか、自分の目でたしかめるの」
「いいの? 勝手にそんなことして」
「もちろん。姫はこの家の住人なんだから、自由に行き来して全然構わないよ。ただし、家の外には出ないことと、高い場所には上らないこと、この二つだけは守ってね。姫が危ない目に遭うといけないから」
「わかった」
姫は静かに椅子から立ち、リビングから出て行った。心の高ぶりは感じられないが、命令されたから渋々従っている、という様子でもない。
一つ息を吐き、料理の準備に取りかかる。
「こんにちは」
「灰島家にようこそ。あなたは今日からこの家の家族の一員だから、そのつもりで振る舞ってくれていいよ。家族といっても、わたし一人だけだけどね。ここまでわたしが言っている意味、理解してくれた?」
首肯。
「うん、賢いね。わたしの名前は灰島ナツキ。ナツキって呼んで」
「ナツキ」
「そう、ナツキ。それで、名前なんだけど」
「なまえ」
「わたしじゃなくて、あなたの名前ね。こんな名前がいい、こんな名前で呼んでほしいっていう希望、あるかな?」
五秒ほど沈黙し、姫人形は小首を傾げた。ささいな仕草だが、しっかりと人間らしい動きだ。
「それじゃあ、姫っていう名前はどうかな。あなたは姫人形だから、そこから一文字とって名前にするの」
「姫……」
「そう、姫。だってほら、姫というのは、女の子の名前によく使われる漢字でもあるでしょ。あなたは髪の毛がピンク色だから、お姫さまっていうイメージだし。安直かもしれないけど、悪くはないんじゃないかな」
姫人形は黙ってわたしの顔を見つめている。提案された名前が適当か否かを黙考しているのか。それとも、他の理由から呆然としているのか。表情から判断するのは難しい。感情があまり表に出ない子だという印象は、これまでのところある。
「気に入ったならそれで決まり。それはちょっとって思うのなら、他にいい名前がないかをいっしょに考えよう。あなたはどう思う?」
「うん、いいよ。なまえ、姫がいい」
姫人形――姫は一瞬、わずかながらも表情を緩めた。
「そっか。じゃあ、それで決定。姫、これからよろしくね」
ほほ笑みかけると、わたしから目を逸らさずに小さくうなずくという、先ほども見せた反応が返ってきた。わたしたちを包んでいた緊張感はだいぶ薄らいできたように感じる。
わたしはリビングの掛け時計を見上げる。午後六時五十分。
「もう晩ごはんの時間だね。姫がうちに来てくれたお祝いにごちそうを――と言いたいところだけど、料理を作るのはあまり得意じゃないんだ。食べに行くのもいいけど、個人的にはゆっくりしたい気分だから、家で食べたいかな。姫はどう思う?」
首肯。
「それじゃあ、家で食べよう。おなかが空いていて今すぐ食べたいなら、カップ麺があるよ。待てるなら簡単なものを作るけど」
「ぼく、待てるよ。ちゃんと待てる」
「それじゃあ、今からわたしが作るね。お祝いに相応しい豪華な食事は無理だけど、全力を尽くすから。そのあいだ、姫は家の中を探検してくるといいよ」
「たんけん?」
「そう。家の中を順番に見て回って、どこになにがあるのか、自分の目でたしかめるの」
「いいの? 勝手にそんなことして」
「もちろん。姫はこの家の住人なんだから、自由に行き来して全然構わないよ。ただし、家の外には出ないことと、高い場所には上らないこと、この二つだけは守ってね。姫が危ない目に遭うといけないから」
「わかった」
姫は静かに椅子から立ち、リビングから出て行った。心の高ぶりは感じられないが、命令されたから渋々従っている、という様子でもない。
一つ息を吐き、料理の準備に取りかかる。
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