僕の輝かしい暗黒時代

阿波野治

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「ごめん。アイス溶けちゃいそうだし、友だちも待ってるから、もう行くね」
 石沢の「おう」という返事が聞こえたので、終わったのだと分かった。
 その石沢が、飲み物コーナーでコーラのペットボトルを取り出し、会計に向かったのを見届けて、僕は店を出る。すぐにレイも姿を見せ、レジ袋を顔の高さにかざした。

「買った。アイスが二つに、家族に頼まれていたシャンプー」
 代金と引き換えにアイスを受けとる。
「曽我、どうしようか。店の前で食べる? 家に帰ってから? それとも歩きながらにする?」
「歩きながらでいいんじゃない」
「だったら棒のアイスにしとくんだったかな。まあ、こまかいことはいいか」

 会話は今食べているアイスの話題から始まり、連綿と続いていく。そのどれもが肩肘を張らないものだ。
 僕は、石沢の名前は一言も口にしない。
 忘れていたのでも、話したくなかったのでもなく、話したかったが話せなかった。

 胸の底で黒い感情が渦を描いている。
 家族に頼まれたって、なにを買う予定なの? 僕はどうして、そうたずねなかったのだろう。それが自然だっただろうに。コンビニに売っているものなんだから、たずねても差し支えないだろうに。それがきっかけで話が広がったかもしれないのに。
 話を広げる――聞き耳を立てた限り、石沢はそれができていた。

 二人の関係は分からない。そう親しいわけではないが、顔見知りではあるのだろう。
 その程度の関係にしては、話は盛り上がっているように感じられた。楽しそうだった。偶然コンビニで顔を合わせた知り合い同士が交わす会話にしては、不自然なくらい楽しそうだった。
 レイと石沢が演じてみせたような、おかしみのある指摘に笑い声が重なる瞬間が、僕とレイのあいだにこれまで何度あっただろう。一度もなかったわけではないが、片手で数えられるほどしかなかった。レイはそう頻繁に笑い声を上げる人ではない。そんな彼女から、石沢はたった二・三分の会話で引き出してみせた。

 進藤さんはやっぱり、普通の人と話すほうが楽しいんだろうな。
 部屋で二人で過ごすときにあまりしゃべらないのは、静かに過ごす時間が好きだからというよりも、僕と話をするのがあまり楽しくないからなのかもしれない……。

 日射しがそうきついわけではないのに、ソーダアイスは溶けるのがやけに早く、木の棒を伝って流れ落ちた水色が右手をべたつかせる。それを見たレイは、「やっぱりカップアイスにしておいて正解だった」と言って白い歯をこぼした。
 年齢よりも幼く感じられる笑み。レイが僕に初めて見せる笑み。魅力的な笑み。
 それなのに、僕は笑い返せなかった。
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