僕の輝かしい暗黒時代

阿波野治

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 何食わぬ顔をして、道で顔見知りに会ってもあいさつをしないのが信条の人間を装って、黙って歩み去るのがもっとも楽だったのだろう。しかし、思わずフリーズしてしまったうえに、レイの顔をまじまじと見つめてしまった。
 彼女は僕がなにか用があるのかと思ったらしく、こちらに歩み寄ってきた。

「曽我、久しぶり」
 この年ごろの女子にしては低い声。レイは身長一六二センチの僕よりも五センチほど背が高いので、声は頭上から降ってきたように感じられた。

 僕は顔を少し上に向ける。
 視界の中央に映ったレイの顔は、無表情だ。見る人によっては不機嫌そうだという印象を受けただろう。しかし、彼女のデフォルトの顔がこれだと知っている僕は、ただの顔見知りに向けるよりも親しみがこもった表情を浮かべた。 

「ほんとうに久しぶりだね、進藤さん」
「S学園を辞めたんだって? 曽我のおばさんからそう聞いたよ。今なにしてるの」

 意思が強そうな切れ長の目が僕を見据えてくる。真意を知りたがっている顔であり、真剣な言葉を聞きたがっている顔だ。
 ためらいはあったが、中途半端に隠すくらいなら正直に話そうと思った。レイなら僕の惨めな現状を笑わないだろう、と信じる気持ちもあった。

「高卒認定試験の勉強してる。家でずっと参考書の問題とかを解きながら」
「試験か。難しいの?」
「難易度はそんなに高くないみたい。だから僕も、一日中机にかじりつくとか、死に物狂いでやっているわけじゃなくて」
「大学受験を視野に入れてるんだね。わりと頭よかったもんね、曽我は」
「いや、大学に行くかはまだ決めてない。わざわざ学びたいこともないし。とりあえず高卒認定試験だけでも合格しておこうかな、と」
「可能性を広げておくってことか。なるほどね」

 レイと会話するさいに取り上げられる話題は、他愛のないものばかりで、家庭の問題などのシリアスなものは避けてきた。レイが僕の高校中退について触れてきたのは、異例といってもいい。
 驚きと戸惑いは決して弱くなかったが、うらはらに、僕は心理的な抵抗はほとんどなく受け答えしていた。緊張はしていたが、発語にほとんど影響はなかったように思う。学校での、めったなことではしゃべらない僕を知っている人間がこの光景を見たとしたら、白昼夢かと本気で疑っただろう。
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