レム

阿波野治

文字の大きさ
上 下
31 / 55

しおりを挟む
 迷っていると、なにかが弾ける音がした。とたんに、凪は命の危険を感じた。音を立てたのは、少しずつ近づいてくる紅色。ようやく正体がわかった。
 炎だ。
 理解した瞬間、頬にかすかな熱を感じた。移動するスピードが少し上がった。炎は体のあちこちから、ヘビの舌のように小さな炎を噴き上げながら、草原に唯一存在する人間へと一直線に近づいてくる。

 凪は炎に背を向けて走り出した。

 背丈に迫るほど高い雑草をかきわけながら、疾走する。
 走っても、走っても、熱さは遠ざからない。
 何度肩越しに確認しても、紅色の塊は前回見たときよりも近くにある。何度か走る方向を変えてみたが、結果は同じだ。

 炎はどうやら意思のようなものを持っていて、凪を焼きつくそうとしているらしい。
 このままでは、餌食になるのは時間の問題だ。

 あと一歩でパニックになりそうな心を必死になだめながら、逃げ道を探した。一つめと二つめの病室のように、この草原にも必ず出口があるはずだ。そう信じた。
 炎に焼かれて死ぬのは、絶対に痛い。絶対に苦しい。絶対に嫌だ。なんとしてでも、生きたい。

 息が苦しくなってきたころ、進行方向の地面に巨大な穴を見つけた。人をすっぽりと呑みこむくらい大きな穴だ。
 出口だ、と凪は直感した。
 穴はどのくらい深いのかも、どこに繋がっているのかもわからない。飛びこむのは、はっきり言って怖い。しかし、もう走れないくらい足が疲れているし、炎は凪のすぐ後ろまで迫っている。

 とうとう穴が目の前まで来た。勇気を振り絞って、足を下にして穴に飛びこんだ。

 凪の体を浮遊感が包んでいる。炎が弾ける音が遠のいていく。穴にまでは入ってこられないらしい。穴の中の空気は春の早朝のように冷たく、少し肌寒い。さっきまで熱を放つものから追われていた彼は、ほっと息をついた。
 ――それにしても。

「穴はどこに通じているんだ……?」

 心の底から疑問に思った、次の瞬間、浮遊感がふっと消えた。同時に、両足に固いものが触れた。穴の終点に降り立ったのだ。

 立方体の薄暗い空間だ。一瞬病室かとも思ったが、こちらはうんと狭く、面積は四畳くらいしかない。空間の中央には、一基の黒塗りの棺が置かれている。ふたは取り外されていて、床に寝かせてある。
 中をのぞきこんでみると、空っぽだった。死体はもちろん、花びらのひとひらも、髪の毛の一本すらも入っていない。

 この棺は、七海の遺体を納めるためのものなのでは?
 そう疑った瞬間、凪は激しいめまいに襲われて気を失った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

S県児童連続欠損事件と歪人形についての記録

幾霜六月母
ホラー
198×年、女子児童の全身がばらばらの肉塊になって亡くなるという傷ましい事故が発生。 その後、連続して児童の身体の一部が欠損するという事件が相次ぐ。 刑事五十嵐は、事件を追ううちに森の奥の祠で、組み立てられた歪な肉人形を目撃する。 「ーーあの子は、人形をばらばらにして遊ぶのが好きでした……」

処理中です...