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棺
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迷っていると、なにかが弾ける音がした。とたんに、凪は命の危険を感じた。音を立てたのは、少しずつ近づいてくる紅色。ようやく正体がわかった。
炎だ。
理解した瞬間、頬にかすかな熱を感じた。移動するスピードが少し上がった。炎は体のあちこちから、ヘビの舌のように小さな炎を噴き上げながら、草原に唯一存在する人間へと一直線に近づいてくる。
凪は炎に背を向けて走り出した。
背丈に迫るほど高い雑草をかきわけながら、疾走する。
走っても、走っても、熱さは遠ざからない。
何度肩越しに確認しても、紅色の塊は前回見たときよりも近くにある。何度か走る方向を変えてみたが、結果は同じだ。
炎はどうやら意思のようなものを持っていて、凪を焼きつくそうとしているらしい。
このままでは、餌食になるのは時間の問題だ。
あと一歩でパニックになりそうな心を必死になだめながら、逃げ道を探した。一つめと二つめの病室のように、この草原にも必ず出口があるはずだ。そう信じた。
炎に焼かれて死ぬのは、絶対に痛い。絶対に苦しい。絶対に嫌だ。なんとしてでも、生きたい。
息が苦しくなってきたころ、進行方向の地面に巨大な穴を見つけた。人をすっぽりと呑みこむくらい大きな穴だ。
出口だ、と凪は直感した。
穴はどのくらい深いのかも、どこに繋がっているのかもわからない。飛びこむのは、はっきり言って怖い。しかし、もう走れないくらい足が疲れているし、炎は凪のすぐ後ろまで迫っている。
とうとう穴が目の前まで来た。勇気を振り絞って、足を下にして穴に飛びこんだ。
凪の体を浮遊感が包んでいる。炎が弾ける音が遠のいていく。穴にまでは入ってこられないらしい。穴の中の空気は春の早朝のように冷たく、少し肌寒い。さっきまで熱を放つものから追われていた彼は、ほっと息をついた。
――それにしても。
「穴はどこに通じているんだ……?」
心の底から疑問に思った、次の瞬間、浮遊感がふっと消えた。同時に、両足に固いものが触れた。穴の終点に降り立ったのだ。
立方体の薄暗い空間だ。一瞬病室かとも思ったが、こちらはうんと狭く、面積は四畳くらいしかない。空間の中央には、一基の黒塗りの棺が置かれている。ふたは取り外されていて、床に寝かせてある。
中をのぞきこんでみると、空っぽだった。死体はもちろん、花びらのひとひらも、髪の毛の一本すらも入っていない。
この棺は、七海の遺体を納めるためのものなのでは?
そう疑った瞬間、凪は激しいめまいに襲われて気を失った。
炎だ。
理解した瞬間、頬にかすかな熱を感じた。移動するスピードが少し上がった。炎は体のあちこちから、ヘビの舌のように小さな炎を噴き上げながら、草原に唯一存在する人間へと一直線に近づいてくる。
凪は炎に背を向けて走り出した。
背丈に迫るほど高い雑草をかきわけながら、疾走する。
走っても、走っても、熱さは遠ざからない。
何度肩越しに確認しても、紅色の塊は前回見たときよりも近くにある。何度か走る方向を変えてみたが、結果は同じだ。
炎はどうやら意思のようなものを持っていて、凪を焼きつくそうとしているらしい。
このままでは、餌食になるのは時間の問題だ。
あと一歩でパニックになりそうな心を必死になだめながら、逃げ道を探した。一つめと二つめの病室のように、この草原にも必ず出口があるはずだ。そう信じた。
炎に焼かれて死ぬのは、絶対に痛い。絶対に苦しい。絶対に嫌だ。なんとしてでも、生きたい。
息が苦しくなってきたころ、進行方向の地面に巨大な穴を見つけた。人をすっぽりと呑みこむくらい大きな穴だ。
出口だ、と凪は直感した。
穴はどのくらい深いのかも、どこに繋がっているのかもわからない。飛びこむのは、はっきり言って怖い。しかし、もう走れないくらい足が疲れているし、炎は凪のすぐ後ろまで迫っている。
とうとう穴が目の前まで来た。勇気を振り絞って、足を下にして穴に飛びこんだ。
凪の体を浮遊感が包んでいる。炎が弾ける音が遠のいていく。穴にまでは入ってこられないらしい。穴の中の空気は春の早朝のように冷たく、少し肌寒い。さっきまで熱を放つものから追われていた彼は、ほっと息をついた。
――それにしても。
「穴はどこに通じているんだ……?」
心の底から疑問に思った、次の瞬間、浮遊感がふっと消えた。同時に、両足に固いものが触れた。穴の終点に降り立ったのだ。
立方体の薄暗い空間だ。一瞬病室かとも思ったが、こちらはうんと狭く、面積は四畳くらいしかない。空間の中央には、一基の黒塗りの棺が置かれている。ふたは取り外されていて、床に寝かせてある。
中をのぞきこんでみると、空っぽだった。死体はもちろん、花びらのひとひらも、髪の毛の一本すらも入っていない。
この棺は、七海の遺体を納めるためのものなのでは?
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