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創作ノート
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物語が不意に遠のいた。
息を呑んで顔を上げると、クラスメイトの福永さんがノートを片手に微笑んでいる。
「増田さん、なにを書いているの?」
彼女が手にしているノートは、表紙がピンク色、B5サイズのもの。右下の隅に、黒のサインペンで「創作ノート」の五文字が綴られている。
紛れもなく、わたしが先程まで物語を刻みつけていたノートだ。
「創作ノート、ね。……ふぅん」
興味津々といった顔つきで、ノートの開いた側を自分の方に向ける。
返して!
叫び声と共にシャープペンシルを投げ捨て、椅子をはね飛ばすようにして立ち上がり、ノートを奪い返す。
脳裏を駆け抜けたイメージに反して、わたしの体は微動だにしない。
福永さんの瞳が文章を追う。視線の方向から、ページの先頭から読み始めたのだと分かる。ヒロインの「わたし」と、彼女の片想い相手の晶が、学校の屋上で初めてキスを交わすシーンだ。
「『この人なら身を任せても大丈夫だ。そう確信し、目を瞑った。晶の匂いがわたしに近づいた』――」
最終行、文章が中絶する箇所まで朗読し、わたしの方を向く。目が合った途端、噴き出した。わたしではなく、福永さんが。
「ねえ、ちょっと、みんな来て。増田さん、小説なんか書いてるよ」
教室の一隅で成り行きを見守っていた、福永さん率いるグループに属する女子数名が、召集に応じてリーダーのもとに駆けつける。我慢の限界だった。
「福永さん、返して。ノート、返して。お願いだから」
絞り出した嘆願の声は、涙の気配が混じったものになった。福永さんはそれを無視し、仲間の一人にノートを手渡した。その生徒が読み、読み終わると隣の生徒に渡し、その生徒が読むという流れで、創作ノートが回し読みされていく。開いていたページだけではなく、それ以外のページも読まれている。
「なにこれ、恋愛小説? 増田さん、こんなの書いてたんだ」
「主人公の女の子、『わたし』としか書いてないけど、まさか増田さんじゃないよね」
「相手の男の子は誰なんだろう。もしかして実在する人物なのかな」
「主人公が増田さんだとしたら、増田さんの彼氏? ……って、それはないか」
「じゃあ、片想いをしている相手とか?」
「それは流石にないんじゃない。叶わない恋を小説の中で叶えるって、寂しすぎる」
本文中に発見した疑問点について意見を交わし合ったり、印象に残った一節を朗読したりして、福永さんたちは大いに盛り上がっている。
悪いは俯き、下唇を噛み締め、両手を膝の上で固く握り締めて、屈辱を耐え忍んだ。
休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴るまで、福永さんたちはわたしを取り囲んで大声で喋り続けた。
その日を境に、わたしは空気のような存在からからかいの対象に昇格した。
息を呑んで顔を上げると、クラスメイトの福永さんがノートを片手に微笑んでいる。
「増田さん、なにを書いているの?」
彼女が手にしているノートは、表紙がピンク色、B5サイズのもの。右下の隅に、黒のサインペンで「創作ノート」の五文字が綴られている。
紛れもなく、わたしが先程まで物語を刻みつけていたノートだ。
「創作ノート、ね。……ふぅん」
興味津々といった顔つきで、ノートの開いた側を自分の方に向ける。
返して!
叫び声と共にシャープペンシルを投げ捨て、椅子をはね飛ばすようにして立ち上がり、ノートを奪い返す。
脳裏を駆け抜けたイメージに反して、わたしの体は微動だにしない。
福永さんの瞳が文章を追う。視線の方向から、ページの先頭から読み始めたのだと分かる。ヒロインの「わたし」と、彼女の片想い相手の晶が、学校の屋上で初めてキスを交わすシーンだ。
「『この人なら身を任せても大丈夫だ。そう確信し、目を瞑った。晶の匂いがわたしに近づいた』――」
最終行、文章が中絶する箇所まで朗読し、わたしの方を向く。目が合った途端、噴き出した。わたしではなく、福永さんが。
「ねえ、ちょっと、みんな来て。増田さん、小説なんか書いてるよ」
教室の一隅で成り行きを見守っていた、福永さん率いるグループに属する女子数名が、召集に応じてリーダーのもとに駆けつける。我慢の限界だった。
「福永さん、返して。ノート、返して。お願いだから」
絞り出した嘆願の声は、涙の気配が混じったものになった。福永さんはそれを無視し、仲間の一人にノートを手渡した。その生徒が読み、読み終わると隣の生徒に渡し、その生徒が読むという流れで、創作ノートが回し読みされていく。開いていたページだけではなく、それ以外のページも読まれている。
「なにこれ、恋愛小説? 増田さん、こんなの書いてたんだ」
「主人公の女の子、『わたし』としか書いてないけど、まさか増田さんじゃないよね」
「相手の男の子は誰なんだろう。もしかして実在する人物なのかな」
「主人公が増田さんだとしたら、増田さんの彼氏? ……って、それはないか」
「じゃあ、片想いをしている相手とか?」
「それは流石にないんじゃない。叶わない恋を小説の中で叶えるって、寂しすぎる」
本文中に発見した疑問点について意見を交わし合ったり、印象に残った一節を朗読したりして、福永さんたちは大いに盛り上がっている。
悪いは俯き、下唇を噛み締め、両手を膝の上で固く握り締めて、屈辱を耐え忍んだ。
休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴るまで、福永さんたちはわたしを取り囲んで大声で喋り続けた。
その日を境に、わたしは空気のような存在からからかいの対象に昇格した。
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