キスで終わる物語

阿波野治

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三日目

階段の三人

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 朝食を終えて自室に戻ろうとしていた陽奈子は、二階と三階を結ぶ階段の踊り場でミアとノアに呼び止められた。特に用はないとのことだったが、急いでいないのは陽奈子も同じだったので、三人はその場で立ち話を始めた。
 陽奈子の場合、彼女たちと無駄話をするときは決まって、双子の不思議を話題に取り上げる。
 いくつかの非科学的で奇妙な実例が語られたのち、もし同じ色のリボンをつけていたとしたら、他の人間はどうやって二人を見分ければいいのか、という疑問を陽奈子は呈した。

「実は、お尻の同じような場所にホクロがあるんだけど」
「その位置が微妙に違うの」

 それが双子の回答だった。

「えっ? それ、マジなの?」
「うん、マジ。二人とも尾てい骨の下にあるんだけど、私はちょうど真下にあるのね」

 髪の毛をピンク色のリボンで左右に括ったミアは、スカートの裾を少しばかりめくってみせた。リボンと同じ色の下着が一瞬僅かに見えた。

「で、私はミアよりも少し右にホクロがあるの。比べてみたらはっきりと分かるよ。微妙だけど明らかに位置が違うって」

 水色のリボンのノアは、片割れを真似るようにスカートの裾を小さく持ち上げる。垣間見えた下着の色は、やはりリボンと同色だ。ピンク色がミアのイメージカラーで、ノアは水色、ということらしい。

「本当に違うの? だったら、なんか勿体ないなぁ。せっかく見た目が同じなのに、そこだけ違うなんて」

 陽奈子は二人の下半身を交互に見て、残念そうに呟いた。

「それは私たちもよく思う。多分、神様の詰めが甘かったんだろうね。お尻の、ちょっと分かりにくい位置にあったから」
「最終チェックを怠ったんだろうね。あまりにもそっくりに創れたものだから、油断しちゃったのかも」
「お尻のホクロ、見せてもらっていい? 神様がどんなふうにミスったか、あたしも見たい」

「えー」という難色を示す声。陽奈子は口を尖らせる。

「なんでよ。ちょっとパンツめくってくれれば済むんだから、別にいいでしょ」
「ちょっとじゃ済まないよ。ホクロはちょうど、お尻の谷間にあるんだよ? 要するに、パンツを全部脱がないと見られないわけで」
「いくらなんでも、いつ誰が通りかかるか分からない場所で、お尻丸出しは無理だよ。私たちにも羞恥心っていうものがあるんだから」
「そうそう。どうしても見たいなら、部屋の中で見ないと」
「そうするしかないね。真綾さまも、弥生も、そうやって見比べたんだから」
「大げさだなぁ。そうやって勿体ぶられると、いざ見たときの驚きが薄れる気がする」

 両者はホクロを見せるシチュエーションについて意見を戦わせたが、甲論乙駁して着地点は見えてこない。
 そのうちに、たかがホクロのことで言い合うのも馬鹿馬鹿しいという、もっともな思いを陽奈子は抱いた。
 そこで、早期に決着をつけるべく、やにわに二人のスカートの中に手を突っ込んだ。

「わー! ちょっと!」
「陽奈子、なにするの!」
「ええい、じれったいな」

 戯れに限りなく近い揉み合いが両者の間に勃発した。腕力では圧倒的に陽奈子が優っていたが、左右の手で別々の相手と戦わなければならないために力が分散され、一進一退の好勝負となった。
 際どいところまで攻め込まれていないにもかかわらず、双子はひっきりなしに大げさな悲鳴を上げる。陽奈子は適度なところで切り上げるつもりだったのだが、声に触発されて、徹底的にふざけ通してやろうという心境に変化した。攻撃は次第に苛烈になり、それに伴い、攻め込まれる二人の声も大きくなる。

「こらっ! あなたたち、なにを騒いでいるの!」

 突然、鋭い声が飛んできた。一斉に振り向いた三人は、三階の階段の下り口で仁王立ちをした、険しい顔つきの琴音を見た。
 威圧するように靴音を響かせながら階段を下りてくる。双子は飼い主に叱られた子犬のように陽奈子の背中に隠れた。
 カツン、と一際大きな音を立てて、琴音は三人の前で足を止めた。

「で、あなたたちはどういう経緯があって揉めていたの? 説明しなさい」

 三人は顔を見合わせた。琴音はなぜか、陽奈子の顔ばかりを睨む。仕方なく、三人を代表して口を開いた。

「ふざけ合っていただけです。揉めていたとかじゃありません」
「本当にそうかしら。ミアとノアの声ばかり大きかったけど。陽奈子がなにかけしかけたんじゃないの?」

 顔が熱くなった。昨日の花壇での一件を根拠に、国木田陽奈子は荒っぽい真似を平気でする人間だから、騒ぎの原因を作ったに違いないと決めつけたとしか思えなかった。
 あたしよりも、ミアとノアのほうが声が高いんだから、二人の声のほうが耳につくのは当たり前じゃないか。
 そう言ってやりたかったが、悔しさで胸がいっぱいで声が出てこない。
 やっぱりね、という顔を琴音はしている。
 違う、と叫びたかったが、叫ぶことができない。
 琴音が語を継ごうとした、その矢先だった。

「琴音、それは違うよ」

 双子が同時に陽奈子の前に進み出たかと思うと、ミアが言った。琴音を真っ直ぐに見据えながらの発言だった。

「陽奈子の言うとおり、ふざけていただけ。それがついはしゃぎすぎて、声が大きくなってしまったの」
「誰がやったとか、そういうことじゃなくて、三人全員が悪いの。だから、陽奈子だけを責めるのは間違ってる」

 ノアも陽奈子を擁護する意見を述べた。
 琴音は唇を結び、険しい顔つきのまま双子の顔を見比べる。二人は臆することなく視線を受け止める。
 緊迫感に満ちた膠着状態は十秒を越えて続いた。
 不意にため息がこぼれた。琴音の唇からだ。

「嘘は言っていないみたいね」

 ミアとノアは表情を緩め、顔を見合わせた。すかさず琴音が鋭い眼差しを送りつける。

「だけど、つまらないことをやっていた事実は揺るぎないわ。朝食が終わったら仕事の時間よ。くだらないことをやっている暇があるなら、さっさと自分の仕事を始めなさい」
『はーい!』

 双子は声を揃えて返事し、逃げるように階段を駆け上がる。少し遅れて陽奈子もそれに続く。屋内を走ったことを琴音が咎めなかったのが予想外で、少し不気味だった。
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