塵埃抄

阿波野治

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家庭料理

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「ずっと前から思ってたんだけど、お前が作る料理の味つけ、濃くね?」
 ある日の夕食時間、夫がやおら妻に言った。二人は結婚して間もない、若い夫婦だった。
「もっと薄味にしてよ。その方が健康にいいし」
 妻は静かに椅子から立ち上がると、着ているものを脱ぎ始めた。夫は唖然と妻を見つめる。妻は脱衣しながら泣き叫ぶ。
「濃い味つけが好きだって言ったのに! 白いご飯が進むから、味つけは濃い方が好みだって言ったのにぃ!」
 全裸になった妻は、あたかもランニングマシンの上を走るかのように、その場で両の手足を振り動かし始めた。四肢の動きに連動して、剥き出しの乳房が弾む。夫が毎夜のように撫で・揉み・舐め回している、豊満な乳房が。
「言ったのに! 言ったのにぃ!」
 夫の制止を振り切り、妻は家を飛び出した。夫は呆然と、揺れながら遠ざかる剥き出しの尻を見送った。毎日のように舐め・揉み・撫で回している、白桃のような尻を。
 妻は素っ裸で夜の街を疾走した。闇の中で、彼女の乳房は釣り上げられたクロダイのように激しく踊り狂った。
 彼女はいつしか、街外れの雑木林の中を走っていた。
 地面に倒れている男性を認め、彼女は足を止めた。凍死するのが先か餓死するのが先か、といった風情の、浮浪者風の男性だ。
 彼女は男性の傍らに跪き、彼の頭を膝に載せ、裸の乳房を鼻先に押しつけた。男性は衰弱した顔に困惑の色を滲ませたが、ほどなく彼女の意図を察したらしく、乳首に吸いついて乳を吸い始めた。
 彼女は毎夜の営みの際に見せるよりも遥かに幸福そうな微笑みを浮かべ、男性の褪せた雲脂だらけの髪の毛を愛おしそうに撫でた。
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