塵埃抄

阿波野治

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嫌になった話

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「仕事が休みだったから起きるのは遅かったんだけど、昼飯まではまだ時間があったから、とりあえず朝飯でも食おうかってことで、食事の準備をしていたんだ。ライ麦パンにインスタントのコーヒーをね。そうしたらいきなり携帯電話が鳴ったんだ。コーヒーを淹れ終え、ライ麦パンをトースターにセットしたタイミングで。俺は嫌になったよ。日曜日の朝に電話をかけてくる奴にろくな奴はいないと相場が決まっているからね。画面を見ると、案の定、知らない電話番号でね。嫌になったけど、トースターのスイッチを捻って電話に出たよ。着信音がうるさかったし、どうせライ麦パンが焼けるまで待たなきゃいけないからね。聞こえてきたのは女の声で、『筧くん? 久しぶりー』なんて言う。いかにも俺は筧だが、こっちが返事をしてもいないのに『久しぶりー』だなんて、どう考えてもろくな奴じゃない。それにしても、この女は誰なんだ? 問おうとしたら、『中二の時に筧くんと同じクラスだった、コニシナホです』と女は名乗った。コニシナホ。俺の初恋の相手だ。彼女が県外の高校に進学したから、中学卒業と共に縁はぷっつり切れたけど、当時は友達以上恋人未満の関係で、デートの真似事も何回かした。俺は喜びを抑えきれなかったね。だって初恋の相手がわざわざ電話してきたんだぜ? いくつか訊きたいことがあったから、質問をぶつけようとしたんだよ。そうしたら『一か月後に結婚式を挙げることが決まったので、よければ出席してください』なんて言うじゃないか。頭が真っ白になるとはあのことだね。後日招待状を送るから返事はその時に、なんて伝達事項を言うだけ言って、コニシナホはさっさと電話を切ったんだけど、俺は呆然となったね。だって初恋の相手が結婚するんだぜ? トースターが鳴ったのが聞こえたから、我に返ってライ麦パンを取り出したんだけど、どうなっていたと思う? 真っ黒に焦げているじゃないか。俺は嫌になったね。なにもかも嫌になったよ」
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