破滅への道程

阿波野治

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疎外

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「ざまあみろ」

 吐き捨てた瞬間は爽快だったが、すぐに虚しさが胸に到来した。
 それから先は、無心を心がけてペダルを漕いだ。空には気味が悪いくらい巨大な積乱雲が浮かんでいて、ずっと同じ座標に留まっているように見える。
 なだらかな長い坂道を上り切ると、ショッピングセンターの巨大な建物が見えた。
 香ばしいパンの匂いを嗅ぎながら自動ドアを潜る。平日の昼下がりだが、客はそれなりに入っている。
 この場所まで来たのは逃避が第一の目的で、買いたい商品や立ち寄りたい店は特にないことに、今さらながらに気がついた。品揃えがいい、と母親が称賛していた食料品店も、用がなければ、いずれ腐敗するか糞になるかするものを陳列しているだけの広大なスペースでしかない。
 ファストフード店がある方角には学生が大勢いると考え、エスカレーターで二階へ向かう。群衆の一員にはなりたくなかった。なるべく人が少ない場所がいい。
 では、なぜ、大型ショッピングセンターを逃避場所に選んだのか。
 答えが算出されるよりも先に、二階に着いた。行き先に迷ったが、後続の客にとって邪魔な存在になるのは本意ではないので、方針が定まらないままに移動を開始する。白亜の床はあまりにも磨かれすぎていて、スニーカーの靴底が擦れる音が心の安寧を奪うようだった。
 本屋では大勢の客が立ち読みしている。通行もままならないほどに陳列棚と陳列棚の間が狭まっていて、わざわざ入る気にはなれない。料理のレシピ本やファッション雑誌が、表紙を通路側に向けて陳列されているのを横目に見ながら、どこまで続いていきそうな通路をひたすら直進する。
 とりあえずトイレに寄るつもりだったが、ホビーショップが目に入り、懐かしさに引き寄せられて売り場に足を踏み入れる。タカツグにも男児向けの玩具に夢中になった時期があり、卒業する時期は同年代の男子よりもいくぶん遅かった。
 男児向けの玩具が置いてある棚に直行し、自身が過去によく買っていたシリーズや、買わなかったが同級生たちの間で流行っていたシリーズの商品を手に取り、パッケージを眺める。デザインや性能など、全般的にクオリティが向上している印象だ。
 懐かしさも相俟って、時間を忘れてしばし見入ったが、背後を通過する親子連れのために道を広くした際、中学校の制服を着ている自分の場違いさに不意に気がつき、自らを取り巻く空気の温度が低下した気がした。
 放置する期間によっては発狂にさえ至る、荒々しい感情が胸の底から立ち昇ってこようとしている。それを前もって抑え込むために、手にしている箱をゆっくりと元の場所に戻す作業は、さり気ないが大いに役に立ってくれた。
 帰ろう。ショッピングセンターに来たのは間違いだった。僕は多分、人前に出ない方がいい。
 棚に背を向けると、走行する玩具の電車が展示されていて、数人の子供が見物していた。銀色のボディに赤紫色のラインが刻まれた電車は、じれったいほど遅くはないが、目が回るほど速くもない絶妙な速度を保って、ドーナツ状に敷かれた空色のレールの上を延々と巡っている。一か所、車両の半分ほどしかない短いトンネルがあるだけの、至極単純なコースだ。フラフープを一回り大きくした程度の大きさで、一周に要する時間は一瞬と言ってもいい。
 車両を目で追う子供たちの年齢層は、漸く自力で歩けるようになったくらいの男児から、もうすぐ胸が膨らみそうな少女までと、幅広い。どの顔も真剣そのものだ。動く電車の玩具を見物するという、他愛もない一つの目的のもとに集まった赤の他人同士にもかかわらず、仲睦まじそうに見える。ある種の連帯感さえ感じられる。
 疎外感。
 なぜこんな目に遭わなければならないんだ。僕はこの幼稚園の卒園生なんだぞ。あなたたちは、自分には責任がないと主張するだろうが、被害者が精神的な苦痛を感じているのだから、あなたたちに非がある。非があるのだから、責任を取らなければならない。あなたたちの責任の取り方は、ただ一つ。僕をそんな目で見るな!
 憤りの念が胸を満たすのは、決まって最初だけ。仕方ない、という思いがすぐに追いかけてきて、憤りを凌駕し、心をハイジャックしてしまう。
 タカツグは俯きがちに、保護者と園児でごった返した幼稚園の前を通り過ぎる。園には田圃が隣接していて、現在は湿っぽい焦げ茶色の土が湛えられているのみだ。
 子供の頃、干上がった田圃に大量のおたまじゃくしが取り残されているのを見つけ、双子の姉と一緒に救い出した経験がタカツグにはある。門限が差し迫っていたせいで、苦しんでいる全てのおたまじゃくしを救ってやれなかった。数があまりにも膨大で、子供二人の力ではどうにもならないという意識は最初からあったし、命を助けるという行動を取ったことに伴う高揚感や満足感もあって、できる範囲内で全力を尽くしたという事後の認識だった。大人に救援を要請することも、日を改めて様子を見に行くこともなかった。
 二十五歳のタカツグは、五歳の自分ではなく、現在の自分に向かって疑問を呈する。仮に自分が、あの時の自分が助けられなかったおたまじゃくしだったとしたら、お前はその運命に納得するのか?
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