破滅への道程

阿波野治

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大学

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「入学式、どうだった?」

 教室に戻る生徒たちで混雑する廊下で、突然声をかけられた。大人びた声だと思ったら、女性校長だった。威厳と親しみが同居した微笑みが湛えられた瞳は、タカツグの周囲に存在する有象無象を黙殺して彼を捕捉している。周りの生徒たちは、彼女が校長だということに気がついてはいるようだが、露骨に関心を示す者は一人もいない。
 入学式が執り行われている間、タカツグは校長に対して普通抱く関心以上の関心をもって、壇上の女性校長を眺めた。義務教育を受けていた九年間、校長を務めていたのは男性ばかりだったからだ。数十センチ低い世界から見上げた限りでは、若さの名残を辛うじて留めた顔貌で、四十歳前後と推察されたが、間近から見た女性校長は初老という印象しかない。皺の総数が多く、特にほうれい線の明瞭さは顕著だ。

「まだ始まったばかりだけど、どう? 学校、やっていけそう?」

 声音からは、脅迫と嘲笑、両方の色が読み取れた。全知全能の神のようにタカツグの将来を把握していて、絶対にその未来が訪れないと知った上で問いを投げかけ、投げかけた自分の酷薄さに酩酊しているような、そんな印象を受ける。
 校長という地位に就いているくらいだから、何かしら人よりも優れたところを持っているのだろう。しかし、本当に神の域に属するほどの人物なのだろうか?
 タカツグは当惑を禁じ得なかったが、すぐに自らの誤謬に思い至る。
 予知能力は、果たして特別な能力なのだろうか? 自覚したり自慢したりしないだけで、誰もが持っているものなのでは?
 タカツグが返事として首肯を選択したのは、この偏差値が低い私立高校で三年間生き抜く自信があったから、ではない。質問者が欲している回答を示すことで、会話を早期に打ち切りたかったからに他ならなかった。
 案の定、女性校長は満足そうに首を縦に振った。僕の未来が分かっているんだな、とタカツグは確信する。女性校長は薄れるようにしてその場から消失し、観測者であるタカツグと、騒々しい同級生たちがその場に取り残された。

「CGだな、どう見ても」

 タカツグはそう結論し、無料動画共有アプリを閉じた。
 キョンシーという言葉が思い浮かぶ出で立ちの、消えたその老爺は、日本でいう座敷童のような立ち位置の妖怪だと推察される。しかし、映像という形式でその存在を表現したのは、致命的な失策ではなかったか。映像加工技術は日々進化しているが、比例して視聴者の鑑識眼も向上している。投稿者もそれを懸念しているらしく、動画にはコメントできない設定にしてあった。仮に可能だったならば、どれほど辛辣な感想が寄せられていたか分からない。
 人は未知の現実に畏怖する。
 人が死を恐れるのは、予習し得ない現象であり、状態だからだ。
 我が身がいずれ破滅することをタカツグは知っている。しかし、どのような形での破滅なのだろう。
 彼の予測では、その瞬間は恐らく、通り魔的に到来する。来た、と思った時には物語は終わっている。
 人生とは、主人公の死をもってラストページを迎える一巻の物語だ。作者が「主人公は死んだ」と明記した以上は、主人公である彼あるいは彼女は死ななければならない。嫌でも、不条理でも、納得しがたくても、死ななければならない。
 一度死んでしまえば、文字通り一巻の終わり。復活も再誕も二巻もない。主人公のことを何一つ理解していない自称関係者だけが、実際には部外者でしかない自称関係者だけが、主人公の死後に主人公の生涯を追想できる。
 プログラムによれば、次は昼休憩だ。漸く一息つけると思ったら、学科の新入生一同は広場に集合し、昼食を共にするという。タカツグは苛立ち混じりの失望の念を覚えたが、決められたルールには従うしかない。
 馬鹿げた束縛だからといって、反発心を示すなんて青臭い。新生活をスタートさせた高揚感に我を忘れ、自明の事実を失念していた僕こそ非難されるべきだ。そう自らに言い聞かせて心を整えた。
 漠然とした一個の輪を形成した文芸学科の学生一同は、仲睦まじそうに言葉を交わしている。気が合う同士で構成された何組かの小グループが、グループごとに話題を持ち出すのではなく、少人数の社交的な者たちの間で交わされる会話を他の者が聴くという形だからこそ、ぎこちなさが発生していないのだろう。ただ一人、輪から離れた場所に胡坐をかいたタカツグは、菓子パンを黙々と食べ進めながらそう分析する。
 彼が一人でいることを選んだのは、初対面の人間と膝を突き合わせて食事をしたくないからだったが、いざアウトサイダーの立場になってみると、彼らと同化したくなかったからと答えるのが正しい気がしてくる。
 乳酸飲料の紙パックを開けようとした時、タカツグの隣に男子学生が音もなく腰を下ろした。容姿にこれと言った特徴は認められない、没個性を絵に描いたような男だ。
 人が一人として入り込む余地のない距離の近さに、緊張と恐怖と不快感が同時に込み上げ、タカツグは金縛りに見舞われた。とてもではないが、相手の顔を直視などできない。緊迫した沈黙が流れる。
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