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徳島
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アスファルトで固められた路面には、夥しい数の落ち葉が落ちている。登山を開始して早々、最後尾の馬場さんが滑り、助け起こそうとした片倉くんも滑り、それとは無関係に飯田さんも滑った。控えめな笑い声が重なったが、タカツグと馬場さんは笑わなかった。滑った者も滑らなかった者も、笑った者も笑わなかった者も、歩行は一様に慎重だ。
五人は歩きながら、本日の天候についてや、昼食に何を食べたかなど、取り留めのない話をする。誰かが落ち葉に足を滑らせたり、滑らせそうになったりするたびに会話が途切れるので、期待したほどには盛り上がらない。
やがて路面が未舗装に変わった。それを契機に、五人は自己紹介を始めた。
タカツグは馬場さんの発言に細心の注意を払った。彼女はただでさえ声が小さい上、途絶えることのない落ち葉を踏む音が邪魔をするため、内容は九割方聞き取れない。何とか聞き取れそうだと思ったら、班員が喋っている最中だというのに、他の班員が喋り出して邪魔をする。
「佐々木くんはどこ出身なの?」
景山さんに尋ねられて、タカツグは言葉に詰まってしまった。
タカツグは徳島県出身で、大学進学を機に京都に引っ越すまでずっと徳島で暮らしていた。返答に窮したのは、世田谷区よりも人口が少なく、阿波踊りと、後はせいぜい鳴門の渦潮くらいしか誇れるものがない県出身だと申告することが、恥ずべき行為に思えたからだ。
タカツグが入学した京都の大学の在校生は、関西出身の人間が圧倒的多数を占めている。飯田さんは和歌山県で、景山さんは大阪府。片倉くんはまだ出身地を明かしておらず、馬場さんは声が小さくてタカツグには聞こえなかった。もっとも、質問した飯田さんには聞こえたらしく、何度か頷いていた。頷くだけで、驚きを示さなかったということは、馬場さんも関西出身に違いない。片倉くんだってそうだろう。
徳島は四国地方に属しているため、関西からは遠く隔たった土地のように認識している者が多いが、実際は淡路島を通ればすぐそこだ。徳島の地で栽培された農作物の多くが、神戸淡路鳴門自動車道を経由して関西まで届けられていることを、徳島県以外の人々はあまり知らない。飯田さんは和歌山県出身だと自己申告したが、徳島県と和歌山県の人口は天と地ほども差はなかったはずだ。
こちらは四国、あちらは関西というだけで、なぜ劣等感を覚えなくてはならないのか。臆するな。恥じるな。躊躇うな。言え。徳島出身です、と答えろ。
そう自らに言い聞かせるのだが、決心がつかない。
ああ、なぜ、徳島に生まれてしまったのだろう。
天下人の三好長慶が誕生した地なのに、なぜこうも落ちぶれてしまったのか。
葛藤の末、兵庫県出身ですと言おう、とタカツグは決意する。
大学を選ぶにあたって、タカツグは複数の大学のオープンキャンパスに参加したが、京都の大学と最後まで迷ったのは神戸の大学だった。兵庫県や神戸市に関する情報ならば、ある程度は頭の中に入っている。
軽い自己紹介なのだから、突っ込んだことは訊かれないはずだ。訊かれたとしても、はぐらかせばいい。後のことなど僕は知らない。
捨て鉢な気持ちで意を決し、四人の方を向くと、青白い顔をした佐伯さんが闇の中に佇んでいたので、タカツグは面食らった。
佐伯さんはタカツグが中学三年生の時のクラスメイトで、女子にしては背が高かった。社交的な性格ではなかったし、ゴールデンウイーク明けから学校に来なくなったので、当時は接点が全くなかった。
それでも、顔を見てすぐに佐伯さんだと分かった。
「下山ルートが分からなくなったの?」
当てずっぽうで問うた。佐伯さんは反応を示さない。こんな山の中で、青白い顔をして突っ立っているのだから、困っていることはそれ以外にないはずだという確信が、遅れて胸に到来した。
「ついてきて」
タカツグは歩き出した。ワンテンポ遅れて、佐伯さんが追随する気配と足音を感じた。
ついてきているのは、本当に佐伯さんなのだろうか?
振り返って確認したかったが、そうすれば、イザナギのように悲惨な目に遭う気がしてならない。佐伯さんはタカツグにとってのイザナミではないが、イザナギとは違って何の力も持たない彼としては、冒険はしたくなかった。
草を踏む音が規則的に夜に響く。足元は凹凸が多く、左右から飛び出している木の枝にも気を配らなければならない。
いつまで黙っているつもりなのだろう。どれくらい歩かなければならないのだろう。乱れた前髪を人差し指で軽く直す。
五人は歩きながら、本日の天候についてや、昼食に何を食べたかなど、取り留めのない話をする。誰かが落ち葉に足を滑らせたり、滑らせそうになったりするたびに会話が途切れるので、期待したほどには盛り上がらない。
やがて路面が未舗装に変わった。それを契機に、五人は自己紹介を始めた。
タカツグは馬場さんの発言に細心の注意を払った。彼女はただでさえ声が小さい上、途絶えることのない落ち葉を踏む音が邪魔をするため、内容は九割方聞き取れない。何とか聞き取れそうだと思ったら、班員が喋っている最中だというのに、他の班員が喋り出して邪魔をする。
「佐々木くんはどこ出身なの?」
景山さんに尋ねられて、タカツグは言葉に詰まってしまった。
タカツグは徳島県出身で、大学進学を機に京都に引っ越すまでずっと徳島で暮らしていた。返答に窮したのは、世田谷区よりも人口が少なく、阿波踊りと、後はせいぜい鳴門の渦潮くらいしか誇れるものがない県出身だと申告することが、恥ずべき行為に思えたからだ。
タカツグが入学した京都の大学の在校生は、関西出身の人間が圧倒的多数を占めている。飯田さんは和歌山県で、景山さんは大阪府。片倉くんはまだ出身地を明かしておらず、馬場さんは声が小さくてタカツグには聞こえなかった。もっとも、質問した飯田さんには聞こえたらしく、何度か頷いていた。頷くだけで、驚きを示さなかったということは、馬場さんも関西出身に違いない。片倉くんだってそうだろう。
徳島は四国地方に属しているため、関西からは遠く隔たった土地のように認識している者が多いが、実際は淡路島を通ればすぐそこだ。徳島の地で栽培された農作物の多くが、神戸淡路鳴門自動車道を経由して関西まで届けられていることを、徳島県以外の人々はあまり知らない。飯田さんは和歌山県出身だと自己申告したが、徳島県と和歌山県の人口は天と地ほども差はなかったはずだ。
こちらは四国、あちらは関西というだけで、なぜ劣等感を覚えなくてはならないのか。臆するな。恥じるな。躊躇うな。言え。徳島出身です、と答えろ。
そう自らに言い聞かせるのだが、決心がつかない。
ああ、なぜ、徳島に生まれてしまったのだろう。
天下人の三好長慶が誕生した地なのに、なぜこうも落ちぶれてしまったのか。
葛藤の末、兵庫県出身ですと言おう、とタカツグは決意する。
大学を選ぶにあたって、タカツグは複数の大学のオープンキャンパスに参加したが、京都の大学と最後まで迷ったのは神戸の大学だった。兵庫県や神戸市に関する情報ならば、ある程度は頭の中に入っている。
軽い自己紹介なのだから、突っ込んだことは訊かれないはずだ。訊かれたとしても、はぐらかせばいい。後のことなど僕は知らない。
捨て鉢な気持ちで意を決し、四人の方を向くと、青白い顔をした佐伯さんが闇の中に佇んでいたので、タカツグは面食らった。
佐伯さんはタカツグが中学三年生の時のクラスメイトで、女子にしては背が高かった。社交的な性格ではなかったし、ゴールデンウイーク明けから学校に来なくなったので、当時は接点が全くなかった。
それでも、顔を見てすぐに佐伯さんだと分かった。
「下山ルートが分からなくなったの?」
当てずっぽうで問うた。佐伯さんは反応を示さない。こんな山の中で、青白い顔をして突っ立っているのだから、困っていることはそれ以外にないはずだという確信が、遅れて胸に到来した。
「ついてきて」
タカツグは歩き出した。ワンテンポ遅れて、佐伯さんが追随する気配と足音を感じた。
ついてきているのは、本当に佐伯さんなのだろうか?
振り返って確認したかったが、そうすれば、イザナギのように悲惨な目に遭う気がしてならない。佐伯さんはタカツグにとってのイザナミではないが、イザナギとは違って何の力も持たない彼としては、冒険はしたくなかった。
草を踏む音が規則的に夜に響く。足元は凹凸が多く、左右から飛び出している木の枝にも気を配らなければならない。
いつまで黙っているつもりなのだろう。どれくらい歩かなければならないのだろう。乱れた前髪を人差し指で軽く直す。
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