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六
私たちは、ただあなたにお礼がしたいだけなんです
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居づらいし、麦がずっと在宅ということで、昼間は外でぶらぶらしていた。時間が過ぎるのが遅いような、早いような、なんとも言えない感覚。純然たるニート時代によく味わっていた感覚だ。
麦から電話があったのは、午後六時前。新菜と食事にでかけるので、二人のことを頼む、と言うのだ。ちょっとした言い合いが発生したが、どちらかが彼女たちをケアしなければならないのは分かり切っていたことだったし、一人で暇を潰すのにも飽きてきたので、要請を承諾した。
コンビニで三人分の弁当を買い、帰宅すると、二人に変化が見られた。勅使河原はベランダに出て景色を眺め、小比類巻は依然として部屋にいたが、俺が出かける前とは別の場所で足を崩して座っていたのだ。
俺が帰ってきたことに気がつくと、勅使河原は慌てて部屋に戻り、小比類巻は姿勢を正した。俺は笑顔でレジ袋を掲げた。
「晩飯食おうぜ」
昼食時と同様、会話はなかったが、重苦しい雰囲気ではなかった。昼間よりも気持ちが落ち着いたのか、単に昼にあまり食べなかったので空腹だったからか、二人はよく食べた。話かけられないから余計なプレッシャーを感じなくて済む、というのもあるかもしれない。
勅使河原は当初、身震いが止まらず、常に怯えた表情だったが、今は平常に復している。サイズがきつめのシャツを着ているので、大きな胸が少々苦しそうだ。長く放心状態にあった小比類巻も、すっかり生きている人間らしい表情を取り戻している。短めのスカートの裾から太ももが剥き出しになっているが、本人はあまり気にしていないようだ。
とはいえ、距離を縮めるためには言葉を交わすことが重要なのも、また事実。
どう口火を切ればいいのか。思案しているうちに気がついた。
「なあ、二人とも」
二人は箸を動かすのをやめ、緊張した面持ちで俺を見た。
「勅使河原と小比類巻って、長い苗字だから言いにくいんだよね。下の名前で呼びたいから、教えてよ。あ、俺が名乗るのが先か。俺の名前は米村米太郎。変な名前でしょ? ちなみに、紫色の髪のあいつは伴麦っていって――」
自己紹介から始めるというやり方は正解だった。進んで、という様子ではなかったが、二人は自らについて話してくれた。
下の名前はそれぞれ、勅使河原は彩葉。小比類巻は瑠依。二人とも、俺より一つ上の二十一歳。白岩を通じて知り合ったそうで、同い年ということもあり、彼女たち曰く「それなりに親しく付き合っている」のだそうだ。
「あの時はごめんなさい」
三人とも食べ終わったタイミングで、瑠依が俺に向かって頭を下げた。
「あなたに暴力を振るい、連れのお嬢さんまで傷つけてしまって。謝って済むことではないのは重々承知しているのですが……」
「もう終わったことだから、気にしないで。謝罪してくれただけで俺は充分だよ」
瑠依の表情が心持ち和らいだ。続いて彩葉が口を開いた。
「私からも謝らせてくれ。あの時は、あなたたち二人を傷つけてしまって、申し訳ない」
「あいつは頑丈だから、なんともないし、なんとも思っていないよ」
気安く世間話をする、という感じではなかったが、会話はしばらくの間続いた。
☆
六畳間を瑠依と彩葉に明け渡し、俺はキッチンで寝ることになった。布団一式を流しの横まで移動させて敷き、潜り込む。
が、眠れない。
普段は寝ない場所で寝ようとしているから。それもあるだろう。ドア一枚隔てた先で若い女二人が眠っているから。言うまでもなくそれもある。だが最大の要因は、外の気配が気がかりだからだ。瑠依も言っていたが、白岩は俺たちの住所を知っているのだから、寝込みを襲うことも当然可能だ。寝入っている間に白岩に、「カマイタチ」に襲われるのではないか。そんな恐怖感が眠りを妨げるのだ。
向こうに俺たちを襲うつもりがあるなら、昨夜実行していたはずだ。昨夜襲われなかったということは、こちらがあちらを刺激するような行動を取らない限り、襲われる心配はないはず。起こるはずのない危機に怯えるなんて、俺らしくもない。明日もなにがあるか分からないのだから、さっさと寝よう。
そう自らに言い聞かせ、だが目的を達成できないまま、もう何分が経っただろう。
愚図愚図している間に溜まったものを出すべく、ひとまずトイレに向かう。小用を済ませて台所に戻ると――。
布団の横に瑠依が佇んでいた。
もぬけの殻の布団を見下ろしていたが、俺が戻ってきたに気がつくと、手招きをする。歩み寄ると、手首を掴み、無言で部屋へ向かう。
ドアを開くと、二つ並んだ布団の上で、彩葉が一糸まとわぬ姿で座っていた。
唖然とする俺を、瑠衣は無理矢理中に引っ張り込み、ドアを閉めた。
「ちょっと、なんで――」
その場に膝をついた途端、彩葉が抱きついてきた。シャツ越しに感じる柔らかな胸の感触、首筋に矢継ぎ早に襲いかかるキス。これは、どういうことなのか。
説明を求めようと振り向くと、瑠依がパジャマの上を脱ぎ捨てたところだった。闇の中に白く浮かび上がったのは、彩葉ほど大きくはないが、整ったお椀型の胸。呆気に取られる俺に微笑みかけながら、下も脱ぎ始める。
いきなり彩葉に押し倒された。胸を胸に、股間を太ももに押しつけてくる。
「勅使河原、卑怯よ。私にも半分ちょうだい」
彩葉の体が半分横にずれたかと思うと、類も俺の上に被さってきた。体全体を密着させてきたのも同じだ。二人同時に俺の頬にキス。顔を見合わせ、笑い合う。同じことを再びしようとしてきたので、慌てて掌で制する。
「二人とも、落ち着け。寝るまでは大人しかったのに、なんで――」
「急に頭がおかしくなった、とでも思っているの?」
「よく見て。私たち、狂っているように見える?」
漸く暗さに慣れてきた目で、二人の顔を見返す。……確かに、二人の表情から狂気は読み取れない。
「私たちは、ただあなたにお礼がしたいだけなんです」
俺の胸をシャツ越しに撫でながら、瑠依が言う。
「命の恩人なんだ。これくらいさせてもらわないと、気が済まない」
彩葉は瑠依に同意し、俺の右手を掴んで自らの胸へと導く。
「このような方法を選んだことに、あなたは違和感を抱かれたかもしれませんが、それはあなたが命の危機に、本当の意味での命の危機に瀕したことがないからです」
「命を救ってくれた人には、文字通りの意味で身を捧げたくなるものだ。異常なことでは全くない。だから、さあ、身を任せて」
「いや、でも――」
いきなり、彩葉が胸を顔に押しつけてきた。豊満な膨らみに口を塞がれ、呼吸がままならなくなる。直後、股間に手が触れた。瑠依の仕業だ。その手は服の内側に侵入し、触れてはいけない部分に触れ、そして掴んだ。
俺の理性は吹っ飛んだ。
麦から電話があったのは、午後六時前。新菜と食事にでかけるので、二人のことを頼む、と言うのだ。ちょっとした言い合いが発生したが、どちらかが彼女たちをケアしなければならないのは分かり切っていたことだったし、一人で暇を潰すのにも飽きてきたので、要請を承諾した。
コンビニで三人分の弁当を買い、帰宅すると、二人に変化が見られた。勅使河原はベランダに出て景色を眺め、小比類巻は依然として部屋にいたが、俺が出かける前とは別の場所で足を崩して座っていたのだ。
俺が帰ってきたことに気がつくと、勅使河原は慌てて部屋に戻り、小比類巻は姿勢を正した。俺は笑顔でレジ袋を掲げた。
「晩飯食おうぜ」
昼食時と同様、会話はなかったが、重苦しい雰囲気ではなかった。昼間よりも気持ちが落ち着いたのか、単に昼にあまり食べなかったので空腹だったからか、二人はよく食べた。話かけられないから余計なプレッシャーを感じなくて済む、というのもあるかもしれない。
勅使河原は当初、身震いが止まらず、常に怯えた表情だったが、今は平常に復している。サイズがきつめのシャツを着ているので、大きな胸が少々苦しそうだ。長く放心状態にあった小比類巻も、すっかり生きている人間らしい表情を取り戻している。短めのスカートの裾から太ももが剥き出しになっているが、本人はあまり気にしていないようだ。
とはいえ、距離を縮めるためには言葉を交わすことが重要なのも、また事実。
どう口火を切ればいいのか。思案しているうちに気がついた。
「なあ、二人とも」
二人は箸を動かすのをやめ、緊張した面持ちで俺を見た。
「勅使河原と小比類巻って、長い苗字だから言いにくいんだよね。下の名前で呼びたいから、教えてよ。あ、俺が名乗るのが先か。俺の名前は米村米太郎。変な名前でしょ? ちなみに、紫色の髪のあいつは伴麦っていって――」
自己紹介から始めるというやり方は正解だった。進んで、という様子ではなかったが、二人は自らについて話してくれた。
下の名前はそれぞれ、勅使河原は彩葉。小比類巻は瑠依。二人とも、俺より一つ上の二十一歳。白岩を通じて知り合ったそうで、同い年ということもあり、彼女たち曰く「それなりに親しく付き合っている」のだそうだ。
「あの時はごめんなさい」
三人とも食べ終わったタイミングで、瑠依が俺に向かって頭を下げた。
「あなたに暴力を振るい、連れのお嬢さんまで傷つけてしまって。謝って済むことではないのは重々承知しているのですが……」
「もう終わったことだから、気にしないで。謝罪してくれただけで俺は充分だよ」
瑠依の表情が心持ち和らいだ。続いて彩葉が口を開いた。
「私からも謝らせてくれ。あの時は、あなたたち二人を傷つけてしまって、申し訳ない」
「あいつは頑丈だから、なんともないし、なんとも思っていないよ」
気安く世間話をする、という感じではなかったが、会話はしばらくの間続いた。
☆
六畳間を瑠依と彩葉に明け渡し、俺はキッチンで寝ることになった。布団一式を流しの横まで移動させて敷き、潜り込む。
が、眠れない。
普段は寝ない場所で寝ようとしているから。それもあるだろう。ドア一枚隔てた先で若い女二人が眠っているから。言うまでもなくそれもある。だが最大の要因は、外の気配が気がかりだからだ。瑠依も言っていたが、白岩は俺たちの住所を知っているのだから、寝込みを襲うことも当然可能だ。寝入っている間に白岩に、「カマイタチ」に襲われるのではないか。そんな恐怖感が眠りを妨げるのだ。
向こうに俺たちを襲うつもりがあるなら、昨夜実行していたはずだ。昨夜襲われなかったということは、こちらがあちらを刺激するような行動を取らない限り、襲われる心配はないはず。起こるはずのない危機に怯えるなんて、俺らしくもない。明日もなにがあるか分からないのだから、さっさと寝よう。
そう自らに言い聞かせ、だが目的を達成できないまま、もう何分が経っただろう。
愚図愚図している間に溜まったものを出すべく、ひとまずトイレに向かう。小用を済ませて台所に戻ると――。
布団の横に瑠依が佇んでいた。
もぬけの殻の布団を見下ろしていたが、俺が戻ってきたに気がつくと、手招きをする。歩み寄ると、手首を掴み、無言で部屋へ向かう。
ドアを開くと、二つ並んだ布団の上で、彩葉が一糸まとわぬ姿で座っていた。
唖然とする俺を、瑠衣は無理矢理中に引っ張り込み、ドアを閉めた。
「ちょっと、なんで――」
その場に膝をついた途端、彩葉が抱きついてきた。シャツ越しに感じる柔らかな胸の感触、首筋に矢継ぎ早に襲いかかるキス。これは、どういうことなのか。
説明を求めようと振り向くと、瑠依がパジャマの上を脱ぎ捨てたところだった。闇の中に白く浮かび上がったのは、彩葉ほど大きくはないが、整ったお椀型の胸。呆気に取られる俺に微笑みかけながら、下も脱ぎ始める。
いきなり彩葉に押し倒された。胸を胸に、股間を太ももに押しつけてくる。
「勅使河原、卑怯よ。私にも半分ちょうだい」
彩葉の体が半分横にずれたかと思うと、類も俺の上に被さってきた。体全体を密着させてきたのも同じだ。二人同時に俺の頬にキス。顔を見合わせ、笑い合う。同じことを再びしようとしてきたので、慌てて掌で制する。
「二人とも、落ち着け。寝るまでは大人しかったのに、なんで――」
「急に頭がおかしくなった、とでも思っているの?」
「よく見て。私たち、狂っているように見える?」
漸く暗さに慣れてきた目で、二人の顔を見返す。……確かに、二人の表情から狂気は読み取れない。
「私たちは、ただあなたにお礼がしたいだけなんです」
俺の胸をシャツ越しに撫でながら、瑠依が言う。
「命の恩人なんだ。これくらいさせてもらわないと、気が済まない」
彩葉は瑠依に同意し、俺の右手を掴んで自らの胸へと導く。
「このような方法を選んだことに、あなたは違和感を抱かれたかもしれませんが、それはあなたが命の危機に、本当の意味での命の危機に瀕したことがないからです」
「命を救ってくれた人には、文字通りの意味で身を捧げたくなるものだ。異常なことでは全くない。だから、さあ、身を任せて」
「いや、でも――」
いきなり、彩葉が胸を顔に押しつけてきた。豊満な膨らみに口を塞がれ、呼吸がままならなくなる。直後、股間に手が触れた。瑠依の仕業だ。その手は服の内側に侵入し、触れてはいけない部分に触れ、そして掴んだ。
俺の理性は吹っ飛んだ。
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