ニートから脱出するために俺はおっぱいを揉むことにした

阿波野治

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面倒、ちゃんと見てあげてね

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「白岩、か」

 麦の声が束の間の沈黙を破る。

「勅使河原さんの顔を見た瞬間にその名前が浮かんだんだけど、まさか『カマイタチ』と繋がっていたとはね」

 思案を巡らせるような表情を見せながらも、喋るのはやめない。

「その白岩という人物は、人工的に織田信長を誕生させているのよね。ということは多分、『カマイタチ』も白岩の影響で誕生した存在、ということなのかな。じゃあ、白岩はなにが目的で切り裂き魔を誕生させたの? それから、私に負けたのを理由に罰したあなたたちを、私たちの部屋の前に放置した理由。この二つについて、分かる?」
「残念ながら、私には分かりません。ただ、白岩様の性癖を考えると、二つの疑問の答えは一つなのかな、とも個人的には思います」
「憶測でも構わないわ。言って」
「白岩様はサディストなのです。人が傷つき、苦しむ姿を見るのが、なによりも好きなのです」
「サディスト……」
「お二人は知らなかったと思いますが、私がそちらの男性と戦った時も、勅使河原があなたと戦った時も、私たちは隠しカメラを体につけていました。白岩様は、私たちが獲物をいたぶる映像を後程じっくりと鑑賞し、楽しむつもりだったのです」

 そう言えば、小比類巻も勅使河原も、「じっくりと痛めつける」という意味の発言をしていた。事実、二人とも、俺たちを叩きのめすことを最優先に戦ってはいなかった。だからこそ、俺は土壇場で小比類巻を打ち破ることができ、麦は勅使河原に逆転勝ちを収めることができた。

「白岩様はあなたたちを今すぐに潰そうという意思は持っていません。持っていたならば、寝込みを襲うこともできたわけですから。この事実を踏まえれば、あなたたちが今後どう行動するのが正しいのかは、私の口から言うまでもありませんね」

 小比類巻は唇を閉ざし、疲れた表情を露わにして麦から視線を逸らした。勅使河原はいつの間にか項垂れている。俺と麦はしばらくの間、身じろぎ一つできなかった。



 部屋を出て、通路のフェンスに並んで寄りかかり、俺と麦は話し合った。「カマイタチ」について、そして白岩について。白岩は俺たちの存在を快く思っていないが、今すぐどうこうするつもりはない。小比類巻はそう言っていたが……。

「白岩の喧嘩を買うことにはメリットもデメリットもあるけど、白岩に接触する手がかりがない現状、こちらからは動きようがないわね。『カマイタチ』も、もう随分と長い間犯行を控えているし」

 無言で頷く。メリットというのは、織田信長であると同時に、無差別傷害犯でもある「カマイタチ」を排除することで、報酬を得られると同時に、新菜や姫ちゃんが被害に遭うのを未然に防げること。デメリットというのは、「カマイタチ」との戦うことによって、小比類巻や勅使河原のような目に、あるいはそれよりも酷い目に遭わされる可能性があること。

「向こうにこっちの居場所が知られているっていうのが気持ち悪いけど、とりあえず、今は静観するしかないわね。……で、二人のことだけど」

 麦はフェンスから体を離し、俺に向き直る。

「とりあえず、米太郎の部屋に匿いましょう。面倒、ちゃんと見てあげてね」
「はあ? 俺が?」
「うん、米太郎が。かなり体力を消耗しているみたいだから、お昼ご飯、ちゃんと食べさせてね。それと、夜はちゃんと寝る場所の確保もよろしく」
「なんで一泊前提なんだよ」
「あの様子では、今日一日では無理でしょ、立ち直るのは」
「まあ、そうだろうけど。ていうか、泊まるならお前のところだろ。女同士の方が、あいつらもなにかと安心するんじゃねぇの」
「だって新菜もいるし、四人だと狭くなっちゃう」
「三人だって充分狭いぜ」
「同じ部屋で寝るからって、手を出しちゃダメだよ? 傷ついた女の子を言いようにするなんて、男としてっていうか、人間として終わってる」
「なんで手ぇ出す前提なんだよ!」
「いいから、米太郎はお昼ご飯買ってきて。私は二人が着る服を用意するから。あ、私の分もよろしくね」
「……くそっ」

 睨みつけていた後ろ姿が隣室のドアの向こう側に消えた。溜息をつき、踵を返した。



 昼食を買いに行くのが億劫だったので、宅配ピザを取り寄せた。俺の部屋で四人で食べる。

「ピザ、久しぶりに食べるとやばいくらい美味しいね。トッピングのチョイスがよかったのかも」

 美味いのは文句なしに美味いのだが、喋っているのは麦ばかりで、場は今一つ盛り上がらない。いや、盛り上がり方が歪、と言うべきか。少なくとも、心から楽しいと言える雰囲気ではないのは確かだ。俺としては普段通り振る舞うよう心がけているのだが、無言で、俯きがちに、不味そうにピザをかじっている二人を見ると、どうしてもテンションが下がってしまう。ピザならこの前、新菜と三人で食っただろう。そう麦に突っ込む気力も湧かない。
 傷の手当てを済ませ、借りた服に身を包んだとしても、半壊した心はそう簡単に立て直せるものではない。それは大いに理解できるし、同情する気持ちも少なからずある。少なからずあるのは確かなのだが……。

「勅使河原さん、食欲ないの? 飲食店を営んでいるくらいだから、宅配ピザは口に合わなかったな」
「小比類巻さん、肌白いよねー。なにか心がけていることとかあるの? それとも生まれつき?」

 麦も懸命に話題を振ってはいるが、二人が見せる反応はと言えば、呼びかけに応じて一瞥を投げかけるくらい。首の動きで意思表示することさえないのだから、話が弾むどころか、続いていくことさえ稀だ。
 凄まじく広い意味で、先行きが思いやられる。そんな昼食時間となってしまった。
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