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お願いだから、教えて

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 二人の目には光が宿っておらず、死の一文字が頭を過ぎったが――生きていた。かなり衰弱している様子ながらも、ちゃんと息をしている。
 すぐさま麦の部屋のチャイムを連打し、ドアをノックした。呑気にあくびをしながら、急に呼び出されたことに不満を唱えながら出てきた麦は、俺の顔を一目見るなり口を噤み、縛られた二人の女を認めるなり表情を強張らせた。

「……とりあえず、米太郎の部屋に運ぼう」

 異論があるはずもない。二人は自力では立ち上がれなかったため、中まで移動させるのにかなり手を焼いた。



 六畳間に重苦しい空気が流れている。
 鉄の鎖は無事にほどくことができた。幾重にも巻きつき、複雑にもつれ、絡み合っているだけだったので、時間をかけてほどきさえすればよかった。
 だが、それに囚われていた二人は――。

 二人は毛布にくるまり、壁にもたれて座っている。黒髪の女は、露わになっている胸や股間を隠そうともせずに、死んだ魚のような、と形容するのがぴったりの目で虚空の一点を見つめ、放心しきっている。金髪の女は、毛布を裸体にきつく巻きつけ、体を病的に震わせ、怯えた表情を見せている。
 先程から俺と麦とで、二人の顔色を窺いつつ、何回も声をかけているのだが、一向に反応がない。

「……麦、ちょっと」

 小声で呼んで注目を向けさせ、手を引っ張って玄関まで連れて行く。

「どうするんだよ。あの様子だと、こっちがいくら訊いても無駄だぜ」
「一度家に入れた以上、『なにも言わないなら出て行って』と言うわけにもいかないでしょ」
「それはそうだけど……」
「私たちを拒絶しないということは、心の奥では助けてほしいと思っているってことでしょ。粘り強くやるしかないと思う」
「それにしても、二人をああしたのって、誰なんだ?」
「それは訊けば分かることよ。ていうか、あの肌の白い方って――」
「ああ、麦は顔まで知らなかったんだったな」

 遊園地で俺と姫ちゃんを襲った女だと説明すると、麦は顎に手を宛がって考え事を始めた。こちらが心配になるほど長く沈黙した末、

「二人を傷つけた犯人、もしかしたら分かったかも」
「えっ、マジで? ……誰?」
「それを今から確かめに行きましょう」

 再び部屋へ。麦は二人の前に屈み、交互に顔を見ながら話す。

「あなたたち、よく聞いて。まず大前提として、私たちはあなたに危害を加えるつもりはない。むしろ助けてあげたいと思っている。でも、助けるためには、あなたたちに説明してもらわなければいけないことがあるから、まずはきちんと説明して。色々な意味で言いにくいことかもしれないけど、質問に答えて。あなたたちをそんな目に遭わせた犯人は、ずばり、誰?」

 有無を言わさない、力強い口調だった。黒髪の女の目が麦の方を向き、金髪の女の体の震えが止まった。だが、返事はない。すぐに再び、視線はあらぬ方向へと逸れ、毛布に包まれた体は震え始めた。
 ダメか。
 諦めの気持ちが過ぎった直後、金髪の女の口が動いた。声こそ発せられなかったが、明らかになにかを喋ろうとしている。身を乗り出し、顔を注視すると、体を震えながらも懸命に声を絞り出した。

「『カマイタチ』……」

 全身が粟立つ感覚。
 カマイタチ。T市連続傷害事件の犯人。傷つけられ方を見て、もしやと思ったが、まさか本当にそうだったとは。
 だが疑問がある。「カマイタチ」は確か――。

「おかしいな。『カマイタチ』はこれまで、被害者が一人きりのところを襲っていたはずよ。二人同時なんて、あなたたちが初めてでしょ。鎖でぐるぐる巻きにされたのも、勿論あなたたちが初めて。初めて尽くしで、凄く違和感があるのよね」

 麦は二人に顔を近づけ、交互に瞳を見つめる。

「あなたたちを傷つけたのが『カマイタチ』だとすれば、犯行様態がイレギュラーなのはどうして? なにか知っているなら、正直に話して」

 二人は返事をしない。質問者に目を合わせようともしない。麦は食い下がる。

「私たちとあなたたちは、過去に一戦を交えたことがある。傷つけられ、縛られたあなたたちは、私たちが住む部屋の前に放置された。つまり、あなたたちがこんな目に遭わされたのは、私たちが原因。それで合ってる?」

 黒髪は顔ごと、金髪は上目遣いに、それぞれ質問者の顔を見た。麦の言葉は続く。

「市民を無差別に傷つけていた『カマイタチ』が、私たちがあなたを負かしたという結果に呼応して、イレギュラーな行動を取ったのはなぜか? 考えても、考えても、自力ではその謎が解けないの。解き明かすためには――二人とも!」

 声がにわかに強まった。

「お願いだから、教えて。私たちと、あなたたち二人と、『カマイタチ』。この三つを結ぶものって、なんなの?」
「――勅使河原、言いましょう」

 黒髪がおもむろに呟いた。麦の顔を見ながらの発言だった。勅使河原と呼ばれた金髪の女はこれに鋭く反応、見開いた目を黒髪に向ける。

「正気か、小比類巻。そんなことをしたら……」
「あなたも分かっているでしょう? どう足掻こうがリスクは避けられないことは。この際だから、洗い浚い打ち明けましょう」
「いや、でもそれは……」
「分からない? この二人は、私たちを倒したのよ。その事実だけでも、この二人に託す理由に充分になると私は思うわ」

 勅使河原がなにか言いかけて、口を噤んだ。小比類巻と呼ばれた女は俺を一瞥し、再び麦へと顔を向け、こう述べた。

「私たちに手を下すよう『カマイタチ』に命じたのは、白岩様よ」

 思わず麦と顔を見合わせた。
 白岩。人工的に織田信長を生み出していると勅使河原が話していた人物……!
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