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いいじゃない、一回くらい

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 遊園地であったことは、包み隠さず麦に話した。二人だけの秘密だけという約束だったが、事情が事情なので、姫ちゃんの許可を取りつけた上で。

「一人で織田信長に勝ったの? 米太郎、凄いじゃない!」

 麦は照れくさくなるくらいに俺を称賛した。

「姫ちゃん一人に圧倒されていたことを思うと、格段の進歩ね。元野球部だっけ。体を鍛え直したら、いい明智光秀になれるんじゃないかな」

 素直に嬉しかったが、喜びは長続きしなかった。麦が満面の笑みで言い放った言葉に、上機嫌の本当の理由を知ってしまったからだ。

「じゃあ、センターで換金してくるね。終わったらすぐに渡すから、三万円」

 要するに、労せずして金が手に入ったのが嬉しかっただけだったのだ。
 当然の如く、俺と麦の間で口論が生じた。戦ったのは俺一人なのだから、俺が全額受け取るべきだ、というのが俺の主張。協力関係を結んでいるのだから、最低でも半額は貰い受ける権利がある、というのが麦の言い分。
 長きにわたって浅ましい言い争いを繰り広げた末、俺が八万、麦が四万円、という配分で決着がついた。

 女が口にした「白岩様」の話題も勿論出したのだが、分け前についての協議に片がついたことに安心してしまい、その人物についての突っ込んだ議論をすることはないまま、遊園地の話題は打ち切りとなった。



 平日の午後。五月にしては暑く、ベランダに通じる掃き出しを開け放し、畳に寝転がって漫然と時を過ごす。
 八万円の収入が俺の心に余裕をもたらしていた。来月の家賃も、目先の生活費も心配しなくてもいい。生きるために、生死を賭して織田信長と戦う必要はない。ああ、なんたる幸福な身の上!

 ただ、唯一の難点は――。

「……暇だなあ」

 大あくびをしてから立ち上がり、ベランダに出る。
 そう、暇なのだ。新菜はバイトがあるし、姫ちゃんは学校がある。麦は毎日暇そうにしているが、生活のリズムが乱れまくっているので、昼を過ぎても寝ていたり、夜遅くまで出かけたりと、会えない場合が多々ある。今はどこでなにをしているのだろう? 俺はあいつの恋人でもストーカーでもないから、動静を把握しているはずもない。

 ベランダのフェンスに両肘をつき、景色を眺める。平日の昼下がり、正午と夕方の中間の中途半端な時間帯。人通りは殆どなく、視覚的にも聴覚的にも静かだ。
 こんな平和な町のどこかに「カマイタチ」が潜んでいるのだな、と考える。
 やつはかれこれ二週間近く犯行を控えているだが、今頃なにを考え、どこでなにをしているのだろう。捜査の手が及ぶのを恐れて足を洗ったのか、息を潜めて力を蓄えているのか……。前者だと思いたいところだが、残念ながらそうは思えない。打算に基づいて、今はあえて理性のタガを外していないだけ。きっとそういうことなのだと思う。

 見慣れた景色を眺めるのにも飽き、隣室のベランダに目を移すと、色とりどりの下着の数々が干されている。
 ベランダには部屋ごとに仕切り板で区切られているが、簡単に外せるようになっている。それを横に退け、麦の部屋、もとい新菜の部屋のベランダに侵入する。

 窓の内側にはカーテンがかかり、室内の様子は窺えない。
 洗濯物に向き直る。どれが麦ので、どれが新菜のなのか、全く判別がつかない。
 この異様にセクシーなのは、やっぱり麦のものかな。いや、新菜はああ見えて、見えない部分では大胆な気がする。十二万を八万円に減らされたし、一枚くらいくすねても罰はあたらないよな。

 などとアホなことを考えていると、いきなり掃き出し窓が開いた。現れたのは、ザ・寝起きという面をした麦。在宅の可能性も念頭に置いていたので、それほど驚きはなかったが、恰好には少々驚かされた。シースルーの赤色のネグリジェに、下は同じく赤色のショーツ一枚、という姿だったのだ。

「……なにやってんの?」

 爪先から旋毛にかけてざっと視線を走らせ、寝ぼけ眼で疑問をぶつけてくる。

「いや、なんとなく。そんなことより、お前こそなんて恰好してやがるんだ」
「織田信長を討ち取ったお金で買ったの」
「遊園地の女のことか? それ、倒したの俺だぜ」
「うーん、そうだっけ」

 あくびし、フェンスに寄りかかって尻をこちらに向ける。ショーツはTバックだった。赤色の紐が食い込んでいるお陰で、膨らみの白さが際立っている。肉づきがいいがでかすぎず、果実のように瑞々しい。……うーん、いい尻だ。

「大丈夫か? 食い込みまくってるぞ」

 背後へと移動し、尻を鷲掴みする。抗議の声が発せられないのをいいことに、存分に揉みしだく。……うむ。健康的に引き締まった、いい尻だ。

「好きで穿いてるから、ご心配なく。ていうか、なにナチュラルにセクハラしてるの?」
「撫で回してくださいと言わんばかりの下着穿いといて、セクハラもクソもないだろ」
「……米太郎、なんか、手つきが慣れてる感じがする。中年男のいやらしさが入ってるっていうか」
「おっさんにケツ撫で回された経験でもお持ちですか」
「満員電車で痴漢の餌食になった程度ならね」

 手を振り払うどころか、尻をぐっと突き出してくる。寝ぼけていて無意識にやっているのか、それとも故意なのか。

「明智光秀として働き始めて以来、色々揉みまくってたから、上達したんじゃないか。えーっと、何人揉んだかな。姫ちゃん、新菜、遊園地の女……。織田信長じゃないなら、麦もか」

 片手を尻から離し、胸へ伸ばすと、すげなく払い除けられた。舌打ち。麦はこちらに向き直る。

「いいなー、遊園地デート。こっそり姫ちゃんと二人で行っちゃって、狡い。……いやらしいことを企んでたんでしょ、どうせ」
「公園の件のお詫びをしたまでだ。人聞きの悪いことを言うな」
「私も連れてってよ。一回くらい、米太郎と二人きりでお出かけしたいな。お金も入ったことだし」
「正直、気乗りがしないな。……いや、麦と一緒に行くのが嫌なんじゃなくて、ほら、出かけた先で織田信長に襲われそうな気がして」
「私がいるし、大丈夫じゃない?」
「うーん、でもなぁ……」

 渋っていると、麦がおもむろに抱きついてきた。二つの体の間でFカップがつぶれる。拗ねたような顔が上目遣いに見つめてくる。

「いいじゃない、一回くらい。行こうよ。二人で一緒に、楽しいところまで」
「……じゃあ、そうするか」

 両手を尻まで降下させ、織田信長の胸に対してするように十指を動かす。デートの誘いを承諾した返礼か、麦はしばらくの間、膨らみの感触を堪能することを俺に許可した。
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