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四
作戦だよ、作戦
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「俺たちがいちゃついていたのがむかついたから殴った、だって……?」
女を睨みつける。手痛い攻撃を二発も食らってさえいなければ、「ふざけるな」と叫んでいたに違いない。
「それだけの理由で、俺たちをわざわざこんな場所に誘い込んで、襲ったのか」
「はい。この館は園内の外れにあるため、館を爆破でもしない限り、第三者が異常事態に感づくことはまずありませんので」
「俺たちの言動のどこが、あんたの気に障ったんだ。あんたの前で見せつけるような真似をしたか? 記憶にないぜ」
「お客様に非はありませんよ」
「はあ……?」
「私はただ、あなた方のようなカップルを痛めつけたいだけなのです。その欲求を満たしたいがために、カップルを見かければ、自動的に『癪に障るほどいちゃついている』と見なしているのです。実際に癪に障るほどいちゃついていたか否かは、私にとってはどうでもいいことなのですよ」
……なんなんだ、この女は。言っていることがムチャクチャだ。
「私のように欲望に忠実な人間の心理は、お客様のような凡庸な方々には理解しがたいでしょう。なにを隠そう、少し前までは私もそうでした。ですが、白岩様が教えてくださったのです。人生は長くても百年、たった一度きり。欲望に忠実な人間こそが幸福になれるのだと」
「白岩様……?」
「……おっと、喋りすぎたようですね。私の悪い癖です」
女はおもむろに上体を屈め、足元のライトを拾い上げた。白い光に顔が照らし出されて――俺は危うく叫ぶところだった。
女は笑っていなかった。先程までに営業スマイルが嘘のように、憤怒の形相だったのだ。
「理由なんてどうでもいいだろ。むかつくからぶっ殺す。それだけでのことですよ、お客様……!」
ライトが投げ捨てられた。女がゆっくりとこちらに向かってくる。
淡く青い光をまとう女の一挙手一投足は、闇の中でもある程度把握できる。そういう意味ではこちらに分がある――と言いたいところだが、俺は姫ちゃんを守る必要がある。大したアドバンテージにはならない。
女がいきなり駆け出した。距離があっという間に縮まり、俺の顔を目がけて蹴りが放たれる。ファイティングポーズに近い構えを取っていたため、咄嗟に両手でガードすることに成功したが、威力の強さに体がぐらつく。すぐさまもう一発、今度は腹を狙った蹴り。まともに食らい、背後の姫ちゃんを巻き込む形で仰向けに倒れる。
体勢を立て直す間もなく、蹴りの嵐が襲いかかってきた。腹を蹴ってきたかと思うと、顔や胸を狙って踏みつけ、防御が手薄になったと見るや脇腹に鋭く蹴り込んでくる。まともに防げない上、一撃一撃が強烈だ。
「姫ちゃん、逃げろ!」
俺の下敷きになった体が微かに動いた。
「逃げろ! この建物から出るんだ! 早く!」
「お客様、館のドアの鍵は閉まっていますよ。鍵は私の服の内ポケットの中です」
笑いを殺したような声。喋りながらも俺を蹴るのをやめない。顔にはいつの間にか笑みが復活している。
「閉まっていてもいい。大声で叫べば、誰かが気づくかもしれない。早く、ドアのところまで!」
「でも……」
「いいから、早く!」
怒鳴り声に急き立てられて、姫ちゃんが俺の下から這い出す。が、俺の傍から動こうとしない。
「無駄ですよ。無駄無駄無駄。どうせ外へは出られませんよ」
俺を蹴り続けながら、女は姫ちゃんに言葉をかける。
「恋人が痛めつけられ、意識を失うまでの模様、見学していきません? そちらの方が、私としても痛めつけ甲斐がありますし」
「無視しろ! 俺のことが好きなんだろ? だったら俺のことは放っておけ!」
姫ちゃんが下唇を噛んだのが分かった。だがまだ行動に移らない。もう一度怒鳴ろうとした、次の瞬間、
「ごめんなさい……!」
後ろ姿が遠ざかる。女は蹴るのをやめてそれを見送り、視界から消える共に顔をこちらに戻した。
「行っちゃいましたね。二人がかりで戦った方が、負けが決まる瞬間を遅らせられたでしょうに」
「作戦だよ、作戦。これでいたいけな女の子には見せられない、残虐で無慈悲なやり方であんたを倒せる」
「立ち上がることすらままならないのにその発言……。強がり以外のなにものでもありませんね。では、私が立たせてあげましょう」
髪の毛を鷲掴みし、引っ張り上げる。こちらとしても、それなりの力で抗ったつもりなのだが、簡単に立たされた。
「いたいけな女の子には見せられない、残虐で無慈悲なやり方……。気になるので、よろしければご披露願えますか?」
「その手を放したら、見せてもいいけど」
「自力で外させればよろしいのでは?」
「――あっ!」
斜め前方を指差して叫ぶ。その動きと声に釣られて、女は指し示した方角に顔を向ける。その隙を突いて、俺は拳を振るった。
が、女はそれに感づき、瞬時に体を引いた。
むにゅん。
拳は女の胸の膨らみを叩き、揺るがした。髪の毛を掴んでいた右手が外れたが、成果はそれだけだった。
「残虐で無慈悲なやり方……。不意打ちでセクハラ、ですか。……笑えませんね」
満面の笑みじゃないか。そう笑い飛ばす精神的な余裕はない。
「お嬢さんを叩きのめさなくてはいけませんし、ではそろそろ――」
「させるか……!」
女に向かって突進する。右フックを見舞ったが、空を切った。逆に右ストレートを顔にまともに食らい、体の動きが停止する。次の瞬間、膝蹴りが腹部に命中。再び一瞬呼吸ができなくなる感覚に襲われ、力なく床に蹲る。……立ち上がれない。
「終わりです、お客様」
女は左手で俺の胸倉を掴んで上体を起こさせ、右手を固く握り締めた。
――万事休す。
女を睨みつける。手痛い攻撃を二発も食らってさえいなければ、「ふざけるな」と叫んでいたに違いない。
「それだけの理由で、俺たちをわざわざこんな場所に誘い込んで、襲ったのか」
「はい。この館は園内の外れにあるため、館を爆破でもしない限り、第三者が異常事態に感づくことはまずありませんので」
「俺たちの言動のどこが、あんたの気に障ったんだ。あんたの前で見せつけるような真似をしたか? 記憶にないぜ」
「お客様に非はありませんよ」
「はあ……?」
「私はただ、あなた方のようなカップルを痛めつけたいだけなのです。その欲求を満たしたいがために、カップルを見かければ、自動的に『癪に障るほどいちゃついている』と見なしているのです。実際に癪に障るほどいちゃついていたか否かは、私にとってはどうでもいいことなのですよ」
……なんなんだ、この女は。言っていることがムチャクチャだ。
「私のように欲望に忠実な人間の心理は、お客様のような凡庸な方々には理解しがたいでしょう。なにを隠そう、少し前までは私もそうでした。ですが、白岩様が教えてくださったのです。人生は長くても百年、たった一度きり。欲望に忠実な人間こそが幸福になれるのだと」
「白岩様……?」
「……おっと、喋りすぎたようですね。私の悪い癖です」
女はおもむろに上体を屈め、足元のライトを拾い上げた。白い光に顔が照らし出されて――俺は危うく叫ぶところだった。
女は笑っていなかった。先程までに営業スマイルが嘘のように、憤怒の形相だったのだ。
「理由なんてどうでもいいだろ。むかつくからぶっ殺す。それだけでのことですよ、お客様……!」
ライトが投げ捨てられた。女がゆっくりとこちらに向かってくる。
淡く青い光をまとう女の一挙手一投足は、闇の中でもある程度把握できる。そういう意味ではこちらに分がある――と言いたいところだが、俺は姫ちゃんを守る必要がある。大したアドバンテージにはならない。
女がいきなり駆け出した。距離があっという間に縮まり、俺の顔を目がけて蹴りが放たれる。ファイティングポーズに近い構えを取っていたため、咄嗟に両手でガードすることに成功したが、威力の強さに体がぐらつく。すぐさまもう一発、今度は腹を狙った蹴り。まともに食らい、背後の姫ちゃんを巻き込む形で仰向けに倒れる。
体勢を立て直す間もなく、蹴りの嵐が襲いかかってきた。腹を蹴ってきたかと思うと、顔や胸を狙って踏みつけ、防御が手薄になったと見るや脇腹に鋭く蹴り込んでくる。まともに防げない上、一撃一撃が強烈だ。
「姫ちゃん、逃げろ!」
俺の下敷きになった体が微かに動いた。
「逃げろ! この建物から出るんだ! 早く!」
「お客様、館のドアの鍵は閉まっていますよ。鍵は私の服の内ポケットの中です」
笑いを殺したような声。喋りながらも俺を蹴るのをやめない。顔にはいつの間にか笑みが復活している。
「閉まっていてもいい。大声で叫べば、誰かが気づくかもしれない。早く、ドアのところまで!」
「でも……」
「いいから、早く!」
怒鳴り声に急き立てられて、姫ちゃんが俺の下から這い出す。が、俺の傍から動こうとしない。
「無駄ですよ。無駄無駄無駄。どうせ外へは出られませんよ」
俺を蹴り続けながら、女は姫ちゃんに言葉をかける。
「恋人が痛めつけられ、意識を失うまでの模様、見学していきません? そちらの方が、私としても痛めつけ甲斐がありますし」
「無視しろ! 俺のことが好きなんだろ? だったら俺のことは放っておけ!」
姫ちゃんが下唇を噛んだのが分かった。だがまだ行動に移らない。もう一度怒鳴ろうとした、次の瞬間、
「ごめんなさい……!」
後ろ姿が遠ざかる。女は蹴るのをやめてそれを見送り、視界から消える共に顔をこちらに戻した。
「行っちゃいましたね。二人がかりで戦った方が、負けが決まる瞬間を遅らせられたでしょうに」
「作戦だよ、作戦。これでいたいけな女の子には見せられない、残虐で無慈悲なやり方であんたを倒せる」
「立ち上がることすらままならないのにその発言……。強がり以外のなにものでもありませんね。では、私が立たせてあげましょう」
髪の毛を鷲掴みし、引っ張り上げる。こちらとしても、それなりの力で抗ったつもりなのだが、簡単に立たされた。
「いたいけな女の子には見せられない、残虐で無慈悲なやり方……。気になるので、よろしければご披露願えますか?」
「その手を放したら、見せてもいいけど」
「自力で外させればよろしいのでは?」
「――あっ!」
斜め前方を指差して叫ぶ。その動きと声に釣られて、女は指し示した方角に顔を向ける。その隙を突いて、俺は拳を振るった。
が、女はそれに感づき、瞬時に体を引いた。
むにゅん。
拳は女の胸の膨らみを叩き、揺るがした。髪の毛を掴んでいた右手が外れたが、成果はそれだけだった。
「残虐で無慈悲なやり方……。不意打ちでセクハラ、ですか。……笑えませんね」
満面の笑みじゃないか。そう笑い飛ばす精神的な余裕はない。
「お嬢さんを叩きのめさなくてはいけませんし、ではそろそろ――」
「させるか……!」
女に向かって突進する。右フックを見舞ったが、空を切った。逆に右ストレートを顔にまともに食らい、体の動きが停止する。次の瞬間、膝蹴りが腹部に命中。再び一瞬呼吸ができなくなる感覚に襲われ、力なく床に蹲る。……立ち上がれない。
「終わりです、お客様」
女は左手で俺の胸倉を掴んで上体を起こさせ、右手を固く握り締めた。
――万事休す。
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