上 下
23 / 48

作戦だよ、作戦

しおりを挟む
「俺たちがいちゃついていたのがむかついたから殴った、だって……?」

 女を睨みつける。手痛い攻撃を二発も食らってさえいなければ、「ふざけるな」と叫んでいたに違いない。

「それだけの理由で、俺たちをわざわざこんな場所に誘い込んで、襲ったのか」
「はい。この館は園内の外れにあるため、館を爆破でもしない限り、第三者が異常事態に感づくことはまずありませんので」
「俺たちの言動のどこが、あんたの気に障ったんだ。あんたの前で見せつけるような真似をしたか? 記憶にないぜ」
「お客様に非はありませんよ」
「はあ……?」
「私はただ、あなた方のようなカップルを痛めつけたいだけなのです。その欲求を満たしたいがために、カップルを見かければ、自動的に『癪に障るほどいちゃついている』と見なしているのです。実際に癪に障るほどいちゃついていたか否かは、私にとってはどうでもいいことなのですよ」

 ……なんなんだ、この女は。言っていることがムチャクチャだ。

「私のように欲望に忠実な人間の心理は、お客様のような凡庸な方々には理解しがたいでしょう。なにを隠そう、少し前までは私もそうでした。ですが、白岩様が教えてくださったのです。人生は長くても百年、たった一度きり。欲望に忠実な人間こそが幸福になれるのだと」
「白岩様……?」
「……おっと、喋りすぎたようですね。私の悪い癖です」

 女はおもむろに上体を屈め、足元のライトを拾い上げた。白い光に顔が照らし出されて――俺は危うく叫ぶところだった。
 女は笑っていなかった。先程までに営業スマイルが嘘のように、憤怒の形相だったのだ。

「理由なんてどうでもいいだろ。むかつくからぶっ殺す。それだけでのことですよ、お客様……!」

 ライトが投げ捨てられた。女がゆっくりとこちらに向かってくる。

 淡く青い光をまとう女の一挙手一投足は、闇の中でもある程度把握できる。そういう意味ではこちらに分がある――と言いたいところだが、俺は姫ちゃんを守る必要がある。大したアドバンテージにはならない。

 女がいきなり駆け出した。距離があっという間に縮まり、俺の顔を目がけて蹴りが放たれる。ファイティングポーズに近い構えを取っていたため、咄嗟に両手でガードすることに成功したが、威力の強さに体がぐらつく。すぐさまもう一発、今度は腹を狙った蹴り。まともに食らい、背後の姫ちゃんを巻き込む形で仰向けに倒れる。

 体勢を立て直す間もなく、蹴りの嵐が襲いかかってきた。腹を蹴ってきたかと思うと、顔や胸を狙って踏みつけ、防御が手薄になったと見るや脇腹に鋭く蹴り込んでくる。まともに防げない上、一撃一撃が強烈だ。

「姫ちゃん、逃げろ!」

 俺の下敷きになった体が微かに動いた。

「逃げろ! この建物から出るんだ! 早く!」
「お客様、館のドアの鍵は閉まっていますよ。鍵は私の服の内ポケットの中です」

 笑いを殺したような声。喋りながらも俺を蹴るのをやめない。顔にはいつの間にか笑みが復活している。

「閉まっていてもいい。大声で叫べば、誰かが気づくかもしれない。早く、ドアのところまで!」
「でも……」
「いいから、早く!」

 怒鳴り声に急き立てられて、姫ちゃんが俺の下から這い出す。が、俺の傍から動こうとしない。

「無駄ですよ。無駄無駄無駄。どうせ外へは出られませんよ」

 俺を蹴り続けながら、女は姫ちゃんに言葉をかける。

「恋人が痛めつけられ、意識を失うまでの模様、見学していきません? そちらの方が、私としても痛めつけ甲斐がありますし」
「無視しろ! 俺のことが好きなんだろ? だったら俺のことは放っておけ!」

 姫ちゃんが下唇を噛んだのが分かった。だがまだ行動に移らない。もう一度怒鳴ろうとした、次の瞬間、

「ごめんなさい……!」

 後ろ姿が遠ざかる。女は蹴るのをやめてそれを見送り、視界から消える共に顔をこちらに戻した。

「行っちゃいましたね。二人がかりで戦った方が、負けが決まる瞬間を遅らせられたでしょうに」
「作戦だよ、作戦。これでいたいけな女の子には見せられない、残虐で無慈悲なやり方であんたを倒せる」
「立ち上がることすらままならないのにその発言……。強がり以外のなにものでもありませんね。では、私が立たせてあげましょう」

 髪の毛を鷲掴みし、引っ張り上げる。こちらとしても、それなりの力で抗ったつもりなのだが、簡単に立たされた。

「いたいけな女の子には見せられない、残虐で無慈悲なやり方……。気になるので、よろしければご披露願えますか?」
「その手を放したら、見せてもいいけど」
「自力で外させればよろしいのでは?」
「――あっ!」

 斜め前方を指差して叫ぶ。その動きと声に釣られて、女は指し示した方角に顔を向ける。その隙を突いて、俺は拳を振るった。
 が、女はそれに感づき、瞬時に体を引いた。

 むにゅん。

 拳は女の胸の膨らみを叩き、揺るがした。髪の毛を掴んでいた右手が外れたが、成果はそれだけだった。

「残虐で無慈悲なやり方……。不意打ちでセクハラ、ですか。……笑えませんね」

 満面の笑みじゃないか。そう笑い飛ばす精神的な余裕はない。

「お嬢さんを叩きのめさなくてはいけませんし、ではそろそろ――」
「させるか……!」

 女に向かって突進する。右フックを見舞ったが、空を切った。逆に右ストレートを顔にまともに食らい、体の動きが停止する。次の瞬間、膝蹴りが腹部に命中。再び一瞬呼吸ができなくなる感覚に襲われ、力なく床に蹲る。……立ち上がれない。

「終わりです、お客様」

 女は左手で俺の胸倉を掴んで上体を起こさせ、右手を固く握り締めた。
 ――万事休す。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

鈍すぎるにも程がある

文月 青
恋愛
大学生の水島涼には好奇心旺盛の風変わりな妹・葉菜と、イケメンなのに女嫌いの頑固な友人・脇坂雅人がいる。紆余曲折を経てめでたくつきあうことになった筈なのに、表向きは全く変わらない二人。 告白現場のシチュエーションが微塵も浮かばない、鈍感な妹と友人は本当に想いが通じ合っているのだろうか。放っておけばよいと分かっていても、二人の恋の行方に気を揉む世話焼きの涼に、果たして明るい未来はやってくるのだろうか。 ※「彼女はいつも斜め上」のその後を、涼視点で書いていきます。

おっぱい揉む?と聞かれたので揉んでみたらよくわからない関係になりました

星宮 嶺
青春
週間、24hジャンル別ランキング最高1位! ボカロカップ9位ありがとうございました! 高校2年生の太郎の青春が、突然加速する! 片想いの美咲、仲の良い女友達の花子、そして謎めいた生徒会長・東雲。 3人の魅力的な女の子たちに囲まれ、太郎の心は翻弄される! 「おっぱい揉む?」という衝撃的な誘いから始まる、 ドキドキの学園生活。 果たして太郎は、運命の相手を見つけ出せるのか? 笑いあり?涙あり?胸キュン必至?の青春ラブコメ、開幕!

婚約破棄されたら推しに「大丈夫か?雄っぱい揉むか?」と言われてしまいました

マチバリ
恋愛
前世でプレイしていた乙女ゲームのモブに転生してしまったプリムラは悪役令嬢であるスフィカの破滅を回避しようと努力していたものの失敗し、彼女もろとも婚約破棄されてしまう。そんなプリムラの前に現れたのは推しキャラだった近衛騎士ラウルス。彼は「俺の胸でも揉んで元気出せ」と言ってきて……? ふんわりゆるゆるの短いお話になります

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。

恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。 パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。

効率的におっぱいを揉むためのチート活用術

兎屋亀吉
ファンタジー
 伊藤栄一はゴミクズ底辺フリーターである。  そんな栄一がある日、池から出てきた女神に金のお弁当箱と銀のお弁当箱&チート能力をもらう。  チート能力もらったら何に使う?  そんなお話。

軍事大国のおっとり姫

江馬 百合子
恋愛
大陸一の軍事大国フレイローズ。 二十番目の末姫ルコットは、十六歳の誕生日に、「冥府の悪魔」と恐れられる陸軍大将、ホルガー=ベルツとの結婚を命じられる。 政治のせの字も知らない。 容姿が美しいわけでもない。 「何故あの子が!?」と周囲が気を揉む中、当の本人は、「そんなことより、今日のおやつは何にしようかしら?」とおやつの心配をしていた。 のほほんとした箱入りおっとり姫と、最強の軍人。 出会うはずのなかった二人は、互いに恋に落ちるも、始まりが政略結婚であるばかりに、見事にすれ違っていく。 これは、両片想いをこじらせた大陸最強夫婦が、マイペースに国を立て直していくお話。 (※小説家になろうにも掲載しています)

何故揉むかだと?そこに雄っぱいがあるからだ。

丸井まー(旧:まー)
BL
アホな美形オッサン(受け)がオッサン(攻め)の素敵な雄っぱいをちゅーちゅーしたりするお話。 アホエロです。 ※ムーンライトノベルズさんでも公開しております。

処理中です...