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一
おっぱい、揉まない?
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「ちょっと待っててね。すぐにとってくるから」
黒髪ロングに白いワンピースという出で立ちの小柄な少女に告げ、部屋に引き返す。
金ならいつもの場所に置いてある。箪笥の一番上の引き出しを開け、中を漁る。――ない。どこにもない。
別の場所に入れたのだろうか?
箪笥の全ての引き出しの中を探したが、探し物は見つからない。箪笥ではない場所に置いたのだろうか? いや、そんなはずはない。
既に使ってしまったのだ。もしもの時のために置いてあった、とっておきの金は。
頭を掻きながら再び玄関へ。手ぶらである事実を把握した途端、少女――姫ちゃんの表情は分かりやすく陰った。
家入姫。俺が暮らすアパートの管理人の娘で、今春に中学校に入学したばかりだ。家賃の集金係を担っている関係で、一か月に一回必ず顔を合わせているのだが、俺なんかが気軽に接していい人間じゃないな、と会うたびに思う。なんと言うか、心がピュアすぎるのだ。
「ごめんね。お金、あると思ったけど、なかった」
ストレートに告げると、姫ちゃんは医師から末期癌を宣告されたような表情になった。慌てて手を振り、
「いや、家に置いてあると思ったけどなかったっていう意味で、ATMで下ろせばあるから。何度も来てもらうのは悪いから、今夜の十時までにコンビニで下ろしてきて、姫ちゃん家まで行って家賃を払う。それでいい?」
「わざわざ来ていただかなくても、大体の時間を指定してくだされば、こちらから伺いますが……」
「いや、家賃を用意してなかったこっちが悪いから、それくらいさせて」
「分かりました。では、お待ちしています」
大きく頭を下げ、姫ちゃんは去っていく。階段を下りる足音を聞きながら、深く溜息。
下ろせばある。そうは言ったが、どうも嫌な予感がする。俺はこれまで、もしもの時用の三万円――一か月分の家賃ぴったりの金を常に箪笥の引き出しに入れていた。手をつけたことなど、今まで一度もなかった。それがなくなっているということは……。
☆
コンビニのATMで残高を照会して、嫌な予感は的中した。
預金残高、12100円。
手持ちの金と合わせても、俺の全財産は一万五千円少々。――今月分の家賃が払えない。
預金残高がもうすぐ底を尽きそうという、都合の悪い事実から目を背けるため、それに関する記憶を抑圧した上で、とっておきの金に手をつけた。それが事の真相だったのだ。
「……どうしよう」
既に姫ちゃんに「今夜十時までに家賃を払いに行く」と断言してしまっている。性格が性格だから、姫ちゃんは失望を表に出すことこそないだろうが、俺に対する信用は暴落したに違いない。支払いの延期を大家に求めれば、恐らく承諾されるとは思うが、現在ニートで収入のアテがない現状、行き着く先は破滅しかない。
不意に背後に人の気配を感じた。振り向くと、いつの間にか制服姿の少女が立っている。女子高生だろうか。肩まで伸ばした髪の毛を紫色に染めていて、発育のいい胸と短いスカートが目を惹く。
こんなガキでも、下ろすだけの金を持っている。それなのに俺は――。
凄まじく惨めな気分になってきた。とりあえず、残っている金を全て引き出し、逃げるようにATMから離れる。そのまま店を出ようとしたが、晩飯がまだだったことを思い出し、適当な弁当を買ってコンビニを後にした。
☆
ソースカツ弁当が入ったレジ袋を提げ、真っ暗な道を歩きながら、考えたくもない金のことについて考える。
大家に謝って家賃の支払いを延期してもらえば、とりあえずは凌げる。では、それから先は?
答えは分かり切っている。労働。成人した日本国民の義務。働いて、金を稼いで、給料の中から家賃を支払えばいい。それは分かっているのだが――。
「……働きたくねぇ」
夜空に向かって吐き捨てる。競い合うように無数の星が輝きを放っているが、鑑賞し、批評するだけの心の余裕はない。あるはずもない。
男性。二十歳。持病はなし。身長は平均よりちょい上で、体重は標準。中学まで野球をやっていたから、体力にはそれなりに自信がある。
俺が働きたくないのは、純粋にやる気がないからだ。怠惰な性格だから、働くのが面倒くさい。ニートに甘んじている理由を一言で答えるなら、そういうことになる。
バイトを辞めて既に半年。半年間も毎日だらだらと過ごしていたせいで、働かない状態がすっかり普通になってしまっていた。金銭という報酬が道の先に待ち受けていても、生活が立ち行かなくなる危機感に背後から煽り立てられても、やる気が起きないものは起きない。怠惰な人間なんてそんなものだ。
働かなければ食えない。食えなければ死ぬ。それは理解している。なにがなんでも働きたくない、と言い張るつもりはない。俺が求めているのは、要するに――。
「楽して稼げる仕事、どっかにないかな」
……あるわけないか。
今宵何度かの溜息をついた直後、後方から靴音が聞こえた。駆け足で近づいてくる。やり過ごすべく道の端に避けると、靴音は間近でとまった。振り向くよりも先に肩を叩かれ、
「やっほー」
朗らかな少女の声が夜に響いた。声の主の顔を見て、驚いた。さっきコンビニのATMの前で遭遇した、紫色の髪の毛の少女だったのだ。
少女は端正な顔に人懐っこい微笑みを湛え、俺の顔を見据えながら喋る。
「悪いけど、預金残高盗み見させてもらったよ。もしかしなくても、お兄さん、お金に困ってるでしょ。だったら――」
肩から手を外し、その手で自らのワイシャツのボタンを外す。一つ。二つ。水色のブラジャーに包まれた豊かな胸の膨らみが覗いた。
「おっぱい、揉まない?」
黒髪ロングに白いワンピースという出で立ちの小柄な少女に告げ、部屋に引き返す。
金ならいつもの場所に置いてある。箪笥の一番上の引き出しを開け、中を漁る。――ない。どこにもない。
別の場所に入れたのだろうか?
箪笥の全ての引き出しの中を探したが、探し物は見つからない。箪笥ではない場所に置いたのだろうか? いや、そんなはずはない。
既に使ってしまったのだ。もしもの時のために置いてあった、とっておきの金は。
頭を掻きながら再び玄関へ。手ぶらである事実を把握した途端、少女――姫ちゃんの表情は分かりやすく陰った。
家入姫。俺が暮らすアパートの管理人の娘で、今春に中学校に入学したばかりだ。家賃の集金係を担っている関係で、一か月に一回必ず顔を合わせているのだが、俺なんかが気軽に接していい人間じゃないな、と会うたびに思う。なんと言うか、心がピュアすぎるのだ。
「ごめんね。お金、あると思ったけど、なかった」
ストレートに告げると、姫ちゃんは医師から末期癌を宣告されたような表情になった。慌てて手を振り、
「いや、家に置いてあると思ったけどなかったっていう意味で、ATMで下ろせばあるから。何度も来てもらうのは悪いから、今夜の十時までにコンビニで下ろしてきて、姫ちゃん家まで行って家賃を払う。それでいい?」
「わざわざ来ていただかなくても、大体の時間を指定してくだされば、こちらから伺いますが……」
「いや、家賃を用意してなかったこっちが悪いから、それくらいさせて」
「分かりました。では、お待ちしています」
大きく頭を下げ、姫ちゃんは去っていく。階段を下りる足音を聞きながら、深く溜息。
下ろせばある。そうは言ったが、どうも嫌な予感がする。俺はこれまで、もしもの時用の三万円――一か月分の家賃ぴったりの金を常に箪笥の引き出しに入れていた。手をつけたことなど、今まで一度もなかった。それがなくなっているということは……。
☆
コンビニのATMで残高を照会して、嫌な予感は的中した。
預金残高、12100円。
手持ちの金と合わせても、俺の全財産は一万五千円少々。――今月分の家賃が払えない。
預金残高がもうすぐ底を尽きそうという、都合の悪い事実から目を背けるため、それに関する記憶を抑圧した上で、とっておきの金に手をつけた。それが事の真相だったのだ。
「……どうしよう」
既に姫ちゃんに「今夜十時までに家賃を払いに行く」と断言してしまっている。性格が性格だから、姫ちゃんは失望を表に出すことこそないだろうが、俺に対する信用は暴落したに違いない。支払いの延期を大家に求めれば、恐らく承諾されるとは思うが、現在ニートで収入のアテがない現状、行き着く先は破滅しかない。
不意に背後に人の気配を感じた。振り向くと、いつの間にか制服姿の少女が立っている。女子高生だろうか。肩まで伸ばした髪の毛を紫色に染めていて、発育のいい胸と短いスカートが目を惹く。
こんなガキでも、下ろすだけの金を持っている。それなのに俺は――。
凄まじく惨めな気分になってきた。とりあえず、残っている金を全て引き出し、逃げるようにATMから離れる。そのまま店を出ようとしたが、晩飯がまだだったことを思い出し、適当な弁当を買ってコンビニを後にした。
☆
ソースカツ弁当が入ったレジ袋を提げ、真っ暗な道を歩きながら、考えたくもない金のことについて考える。
大家に謝って家賃の支払いを延期してもらえば、とりあえずは凌げる。では、それから先は?
答えは分かり切っている。労働。成人した日本国民の義務。働いて、金を稼いで、給料の中から家賃を支払えばいい。それは分かっているのだが――。
「……働きたくねぇ」
夜空に向かって吐き捨てる。競い合うように無数の星が輝きを放っているが、鑑賞し、批評するだけの心の余裕はない。あるはずもない。
男性。二十歳。持病はなし。身長は平均よりちょい上で、体重は標準。中学まで野球をやっていたから、体力にはそれなりに自信がある。
俺が働きたくないのは、純粋にやる気がないからだ。怠惰な性格だから、働くのが面倒くさい。ニートに甘んじている理由を一言で答えるなら、そういうことになる。
バイトを辞めて既に半年。半年間も毎日だらだらと過ごしていたせいで、働かない状態がすっかり普通になってしまっていた。金銭という報酬が道の先に待ち受けていても、生活が立ち行かなくなる危機感に背後から煽り立てられても、やる気が起きないものは起きない。怠惰な人間なんてそんなものだ。
働かなければ食えない。食えなければ死ぬ。それは理解している。なにがなんでも働きたくない、と言い張るつもりはない。俺が求めているのは、要するに――。
「楽して稼げる仕事、どっかにないかな」
……あるわけないか。
今宵何度かの溜息をついた直後、後方から靴音が聞こえた。駆け足で近づいてくる。やり過ごすべく道の端に避けると、靴音は間近でとまった。振り向くよりも先に肩を叩かれ、
「やっほー」
朗らかな少女の声が夜に響いた。声の主の顔を見て、驚いた。さっきコンビニのATMの前で遭遇した、紫色の髪の毛の少女だったのだ。
少女は端正な顔に人懐っこい微笑みを湛え、俺の顔を見据えながら喋る。
「悪いけど、預金残高盗み見させてもらったよ。もしかしなくても、お兄さん、お金に困ってるでしょ。だったら――」
肩から手を外し、その手で自らのワイシャツのボタンを外す。一つ。二つ。水色のブラジャーに包まれた豊かな胸の膨らみが覗いた。
「おっぱい、揉まない?」
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