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南那の感想

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「顔見知りの人もたくさん犠牲になって、ショックだったでしょ」
「そうですね。殺されたかたの中には、仕事で繋がりがある人もいたし、野菜をいつも分けてくださるかたもいました。二度と話ができないと思うと、胸が締めつけられます」

 発言とはうらはらに、南那の顔には悲しみも憤りも恐怖も浮かんでいない。口ぶりも事務的で淡々としている。おかずや白米をつまんで口に運ぶ箸の動きも淀みがない。彼女が感情をめったに露わにしない人だと知っている真一ですらも、困惑と違和感、そして多少の憤りを感じずにはいられない。

「顔見知りといえば、ケンさんもやられちゃったね。命に別状はないみたいだけど」

 虎の猛烈なタックルをまともに食らったケンさんは、全身の骨を数か所へし折られた。しかし不幸中の幸い、それ以上の被害に遭うことはなく、今は自宅で傷ついた体を休めている。
 住人から聞いた話によると、虎は興奮すると動くものに過敏に反応するらしい。ケンさんは最初の一撃によって気を失っていたために、最悪の事態を免れたのだ。

「ケンさんのお見舞いに行く? ベッドからは動けないけど、意識はしっかりしているって聞いたよ」

 試すような気持ちで提案してみる。南那は真一のほうは向かずに小さく頭を振り、

「やめておきましょう。わたしたちが会いに行っても、邪魔になるだけだと思うし。ケンさんはみんなから好かれていて、彼の面倒を見る人は大勢いるから、その人たちに任せるべきです。会いに行くのは、彼がもう少し回復してからでいいと思います」

 正論といえば正論なのだろう。しかし真一には、正論を大義名分に、住人との人間的な交流を拒絶したようにも感じられた。

 猛獣がもたらした災厄を過小評価し、犠牲者や被害者に非同情的なのは、南那が虎に好意を抱いているからなのだろうか? 過去に虎となんらかの取引をし、父親を殺してもらったから。父親を葬り去りたいという願いを叶えてくれた、いわば恩人だから。
 つまり、噂は真実だった……?

 だとすれば、やはり、虎との交流はいまだに続いているのだろうか。今宮南那は役に立つ、という意味のことを虎は言っていたが……。

 取引をしたのが事実だとしたら、南那はなぜ父親の死を願い、虎に頼んでまで願いを叶えようとしたのだろう? 南那と父親は不仲だという噂もあるようだが、それがほんとうだとすれば、なにが二人の絆を引き裂いたんだ?

 自分一人の力では、いくら思案を巡らせたところで真相にたどり着けそうにない。たどり着くには、本人に直接問い質すしかない。
 ただ、実行に移すのには強い抵抗感を覚える。喉はなかば塞がり、こんなにも美味しい朝食すらもすんなりと通過しなくなる。

 いつの間にか会話は途絶えている。その事実にはまるで無頓着に、南那は淡々と冷ややっこを箸でカットして口に入れ、サラダのレタスをかすかな音を立てて咀嚼する。
 食事をとっているあいだ、真一は心の中で何度も首を傾げた。
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