秘密

阿波野治

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 カーテンの隙間から日射しが射しこんでいる。光の帯の中を、粉雪とはまた違った動きでほこりが舞っている。普段は朝の忙しさのせいで耳に残らないスズメのさえずりが、今日はやけにうるさい。
 頭がぼーっとしている。ゲームに夢中になる以外の理由から睡眠不足になったのは、今回が初めてだ。

 結論は、まだ出ていない。
 惜しいところまで肉薄したらしい記憶は残っている。ただ、疲れと眠気が限界に達してしまって、寝落ちしてしまった。

 結論を出すのがおそろしくて、夢の世界に逃げこんだのかもしれない。
 ダイニングで洋風の朝食をとりながら、そんなことを考えた。

*

 教室に入るときは、やはり緊張した。
 開け放たれた戸を潜ると、真っ先に住友さんの姿を探した。僕の席から一番遠い席――グループの一員である生島さんの席に今日は集まっている。僕と少しでも距離を置きたかったから、住友さんがさり気なく誘導して、生島さんの席で話をすることにしたのかもしれない。そう勘ぐってしまう。
 でも、席が前と後ろという位置関係は厳然として揺るぎないから、休み時間が終われば席に戻ってくる。

 悩みを打ち明けられた日以降、物理的に接近する機会が訪れるたびに、僕たちはさり気なく視線を交わした。
 だけど今日の住友さんは、着席するさいに僕を一瞥すらしなかった。挙動はわずかながらも不自然で、視界に僕の姿の映さないように意識したうえでの行動だ、と察しがついた。
 ショックはさほど大きくなかったけど、長く尾を引きそうではあった。鼻孔をかすめたシャンプーの爽やかな香りが虚しかった。

 だけど、朝のショートホームルームが終わってすぐの授業中、その認識を覆す出来事が起きた。
「あ」
 住友さんの机から消しゴムが落下して、僕の足元まで転がってきて、僕の上履きのつま先に当たって止まったのだ。

 僕は反射的に、上体を屈めて消しゴムを拾い上げた。体勢を元に戻したとき、住友さんは体をねじって上半身をこちらに向けていた。
 僕は右手を伸ばす。真似をするように、彼女も右手を差し出す。消しゴムの受け渡しが行われる。
 そのさい、ほんの軽く、手と手が触れた。
 柔らかさと体温を感じた瞬間、僕の脳裏をひらめきが走った。
 上体の向きを戻すさいに、住友さんは会釈をしたように見えた。

 やりとりが終わってからも、僕は消しゴムを渡したときとほぼ同じポーズのまま固まっていた。その硬直がやがて解けて、完全に理解する。
 どうすれば全員が幸せになれるのかを。

*

 まだ二回目だから、住友さんに電話をかけるのは緊張した。
「香坂」
 三回のコールで出てくれた。その声は、心なしか硬さが感じられる。

「えっと、今話せるかな。少しだけ、なんだけど」
「大丈夫だよ。……なんの用?」
「わかったよ。住友さんが相談してくれた悩みを、どうすれば解決できるのかが」

 住友さんが息を呑んだのが伝わってきた。こちらまで緊張してしまったけど、気力を奮い立たせる。

「それと併せて、由佳についても住友さんに話しておきたい。だから、休みの日に会わない? 場所は、住友さんに希望があるならそれに合わせるよ」
「わかった。大事な話だから、二人きりになれるほうがいいよね。どちらかの自宅、かな」
「そうだね」
「じゃあ、私が香坂の家に行くのでいいかな」
「もちろんだよ」
 日時について協議して、僕の自宅の場所と道順を教えて、僕のほうから電話を切った。

「よかった」
 思わず声に出してつぶやいていた。住友さんと話をしたり合う約束をとりつけたりしたいがために、「悩みを解決する方法を思いついた」と嘘をついたと疑われるかもしれない、という懸念が杞憂に終わったからだ。
 予定は決まった。そのときが来るまでのあいだ、僕は僕がするべきことをしよう。

「じゃあ、とりあえず」
 部屋の片づけにとりかかった。夜も遅いので、家族の迷惑にならないように、物音を立てないように気を配りながら。
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