秘密

阿波野治

文字の大きさ
上 下
36 / 59

36

しおりを挟む
 勉強のため、学業のためという言い分は、親に対してはすこぶる効果的だ。

「ちょっとコンビニまで行ってくる。明日の授業で使うものがあるのに、買い忘れていたから。すぐに帰ってくるよ」
 即席でこしらえた嘘のおかげで、両親に訝しがられることなく家を出られた。

 まだまだ夜は寒い時季だけど、今日は風が出ていないので出歩くにはちょうどいい。さっそく電話をかける。

「遥斗、今どこらへん? もう歩いている?」
「今家を出たところ。ちょっと寒いかもしれないと思ったけど、風がないからちょうどいいね。由佳がいる場所はどんな感じ?」
「あたしのところもだいたい同じ感じかな。薄手のコート、着ていくかどうか迷ったけど、なしで正解だったね。遥斗もそうだったんじゃないの?」
「なんでわかるの?」
「遥斗に関して、この由佳ちゃんにわからないことなんて一つもないのだ」

 笑うという反応を返しながらも、僕は内心懸念していた。デートが終わるまでに、由佳は僕の秘密を見抜くのではないか、という懸念だ。洞察力が高いといえばいいのか、勘が鋭いといえばいいのか。由佳はいつだって、いとも簡単に、僕が隠しているものを見破ってしまう。

 住友さんが遠因となって急きょ実施が決まったデートなのだから、住友さんのことが話題に上るに違いない。
 そんな予想とはうらはらに、図書館から帰ったあとはなにをして過ごしたのか、という質問がまずは投げかけられた。ゲームをしたと正直に答えると、それがきっかけとなって、共通の趣味であるスマホゲームの話が始まった。
 僕たちはゲームを、一つのタイトルをやりこむのではなくて、面白そうな作品を手当たり次第に広く浅く遊ぶ。そして、いっぱしの評論家ぶって、この作品は世界観が魅力に欠ける、あの作品は女の子のキャラがかわいかったなどと、ネガティブな意見もポジティブな感想も盛んに出し合う。ある意味、ゲームで遊ぶよりも楽しみにしているといえるかもしれない。

 僕と由佳は趣味が合う。どちらかが相手に合わせているのではなくて、由佳は男の子っぽいものが好きなので、結果的に重なる部分が多いのだ。一例を挙げるなら、由佳もマンガをよく読むけど、少女マンガではなく少年マンガを好み、僕が毎週購読している少年マンガ雑誌も購読している。そんな一致が、他にもたくさんある。

 あくまでも趣味嗜好が男の子っぽいだけで、由佳本人は女の子らしい女の子だ。髪の毛だって胸まで伸ばしているし、ピンク系統の服も結構な割合で着ている。
 ただ、ファッションの話はあまりしない。服を買ったとか、髪を切ったとか、そういう報告は普通にするのだけど、自らが体験した事実の一つとして触れる、という感じ。どんな店に買い物に行ったのかとか、どんなこだわりや意図があってその服や髪型を選んだのかなどを、詳しく語ることはまずない。
 ゲームやマンガの話をするさいには、ディティールについて熱心に語ることからもわかるように、好きなものを語るときでも淡泊、というタイプでは決してない。興味がないから話さないだけなのだ。

 由佳が相手だと、他愛もない話だとしてもすごく盛り上がる。安心して話せるからだ。共通の趣味を持っているから、わざわざ話題を探さなくてもいいし、気心が知れた相手だから、下手に気をつかわなくても済む。
 人の顔色を気にしがちな僕にとって、特に後者は大きかった。
「馬鹿」とか「ださい」とか、由佳は平気で罵り言葉を口にするけど、全然不愉快じゃない。だから僕は、クラスメイトには絶対に言えないそれらの汚い言葉を、由佳に対してなら返すことができた。

 一方の住友さんは、相対しているととても緊張する。発言にはいちいち気をつかうし、常に顔色をうかがってしまう。罵り言葉なんて、冗談だとしても絶対に言えない。
 だからといって、住友さんと過ごす時間が苦痛かというと、そういうわけではなくて。
 緊張感にさらされる時間は、たしかに苦しい。だけど、ほのかな心地よさも同時に覚えている。懸命に考えて発信した言葉に好ましい反応が返ってくると、小躍りしたくなるくらいにうれしくなる。
 こんなにも素晴らしい報酬が手に入るなら、喜んで苦しみの中に身を投じよう。そう思える緊張感なのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

同僚くすぐりマッサージ

セナ
大衆娯楽
これは自分の実体験です

校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話

赤髪命
大衆娯楽
少し田舎の土地にある女子校、華水黄杏女学園の1年生のあるクラスの乗ったバスが校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれてしまい、急遽トイレ休憩のために立ち寄った小さな公園のトイレでクラスの女子がトイレを済ませる話です(分かりにくくてすみません。詳しくは本文を読んで下さい)

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

処理中です...