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勉強のため、学業のためという言い分は、親に対してはすこぶる効果的だ。
「ちょっとコンビニまで行ってくる。明日の授業で使うものがあるのに、買い忘れていたから。すぐに帰ってくるよ」
即席でこしらえた嘘のおかげで、両親に訝しがられることなく家を出られた。
まだまだ夜は寒い時季だけど、今日は風が出ていないので出歩くにはちょうどいい。さっそく電話をかける。
「遥斗、今どこらへん? もう歩いている?」
「今家を出たところ。ちょっと寒いかもしれないと思ったけど、風がないからちょうどいいね。由佳がいる場所はどんな感じ?」
「あたしのところもだいたい同じ感じかな。薄手のコート、着ていくかどうか迷ったけど、なしで正解だったね。遥斗もそうだったんじゃないの?」
「なんでわかるの?」
「遥斗に関して、この由佳ちゃんにわからないことなんて一つもないのだ」
笑うという反応を返しながらも、僕は内心懸念していた。デートが終わるまでに、由佳は僕の秘密を見抜くのではないか、という懸念だ。洞察力が高いといえばいいのか、勘が鋭いといえばいいのか。由佳はいつだって、いとも簡単に、僕が隠しているものを見破ってしまう。
住友さんが遠因となって急きょ実施が決まったデートなのだから、住友さんのことが話題に上るに違いない。
そんな予想とはうらはらに、図書館から帰ったあとはなにをして過ごしたのか、という質問がまずは投げかけられた。ゲームをしたと正直に答えると、それがきっかけとなって、共通の趣味であるスマホゲームの話が始まった。
僕たちはゲームを、一つのタイトルをやりこむのではなくて、面白そうな作品を手当たり次第に広く浅く遊ぶ。そして、いっぱしの評論家ぶって、この作品は世界観が魅力に欠ける、あの作品は女の子のキャラがかわいかったなどと、ネガティブな意見もポジティブな感想も盛んに出し合う。ある意味、ゲームで遊ぶよりも楽しみにしているといえるかもしれない。
僕と由佳は趣味が合う。どちらかが相手に合わせているのではなくて、由佳は男の子っぽいものが好きなので、結果的に重なる部分が多いのだ。一例を挙げるなら、由佳もマンガをよく読むけど、少女マンガではなく少年マンガを好み、僕が毎週購読している少年マンガ雑誌も購読している。そんな一致が、他にもたくさんある。
あくまでも趣味嗜好が男の子っぽいだけで、由佳本人は女の子らしい女の子だ。髪の毛だって胸まで伸ばしているし、ピンク系統の服も結構な割合で着ている。
ただ、ファッションの話はあまりしない。服を買ったとか、髪を切ったとか、そういう報告は普通にするのだけど、自らが体験した事実の一つとして触れる、という感じ。どんな店に買い物に行ったのかとか、どんなこだわりや意図があってその服や髪型を選んだのかなどを、詳しく語ることはまずない。
ゲームやマンガの話をするさいには、ディティールについて熱心に語ることからもわかるように、好きなものを語るときでも淡泊、というタイプでは決してない。興味がないから話さないだけなのだ。
由佳が相手だと、他愛もない話だとしてもすごく盛り上がる。安心して話せるからだ。共通の趣味を持っているから、わざわざ話題を探さなくてもいいし、気心が知れた相手だから、下手に気をつかわなくても済む。
人の顔色を気にしがちな僕にとって、特に後者は大きかった。
「馬鹿」とか「ださい」とか、由佳は平気で罵り言葉を口にするけど、全然不愉快じゃない。だから僕は、クラスメイトには絶対に言えないそれらの汚い言葉を、由佳に対してなら返すことができた。
一方の住友さんは、相対しているととても緊張する。発言にはいちいち気をつかうし、常に顔色をうかがってしまう。罵り言葉なんて、冗談だとしても絶対に言えない。
だからといって、住友さんと過ごす時間が苦痛かというと、そういうわけではなくて。
緊張感にさらされる時間は、たしかに苦しい。だけど、ほのかな心地よさも同時に覚えている。懸命に考えて発信した言葉に好ましい反応が返ってくると、小躍りしたくなるくらいにうれしくなる。
こんなにも素晴らしい報酬が手に入るなら、喜んで苦しみの中に身を投じよう。そう思える緊張感なのだ。
「ちょっとコンビニまで行ってくる。明日の授業で使うものがあるのに、買い忘れていたから。すぐに帰ってくるよ」
即席でこしらえた嘘のおかげで、両親に訝しがられることなく家を出られた。
まだまだ夜は寒い時季だけど、今日は風が出ていないので出歩くにはちょうどいい。さっそく電話をかける。
「遥斗、今どこらへん? もう歩いている?」
「今家を出たところ。ちょっと寒いかもしれないと思ったけど、風がないからちょうどいいね。由佳がいる場所はどんな感じ?」
「あたしのところもだいたい同じ感じかな。薄手のコート、着ていくかどうか迷ったけど、なしで正解だったね。遥斗もそうだったんじゃないの?」
「なんでわかるの?」
「遥斗に関して、この由佳ちゃんにわからないことなんて一つもないのだ」
笑うという反応を返しながらも、僕は内心懸念していた。デートが終わるまでに、由佳は僕の秘密を見抜くのではないか、という懸念だ。洞察力が高いといえばいいのか、勘が鋭いといえばいいのか。由佳はいつだって、いとも簡単に、僕が隠しているものを見破ってしまう。
住友さんが遠因となって急きょ実施が決まったデートなのだから、住友さんのことが話題に上るに違いない。
そんな予想とはうらはらに、図書館から帰ったあとはなにをして過ごしたのか、という質問がまずは投げかけられた。ゲームをしたと正直に答えると、それがきっかけとなって、共通の趣味であるスマホゲームの話が始まった。
僕たちはゲームを、一つのタイトルをやりこむのではなくて、面白そうな作品を手当たり次第に広く浅く遊ぶ。そして、いっぱしの評論家ぶって、この作品は世界観が魅力に欠ける、あの作品は女の子のキャラがかわいかったなどと、ネガティブな意見もポジティブな感想も盛んに出し合う。ある意味、ゲームで遊ぶよりも楽しみにしているといえるかもしれない。
僕と由佳は趣味が合う。どちらかが相手に合わせているのではなくて、由佳は男の子っぽいものが好きなので、結果的に重なる部分が多いのだ。一例を挙げるなら、由佳もマンガをよく読むけど、少女マンガではなく少年マンガを好み、僕が毎週購読している少年マンガ雑誌も購読している。そんな一致が、他にもたくさんある。
あくまでも趣味嗜好が男の子っぽいだけで、由佳本人は女の子らしい女の子だ。髪の毛だって胸まで伸ばしているし、ピンク系統の服も結構な割合で着ている。
ただ、ファッションの話はあまりしない。服を買ったとか、髪を切ったとか、そういう報告は普通にするのだけど、自らが体験した事実の一つとして触れる、という感じ。どんな店に買い物に行ったのかとか、どんなこだわりや意図があってその服や髪型を選んだのかなどを、詳しく語ることはまずない。
ゲームやマンガの話をするさいには、ディティールについて熱心に語ることからもわかるように、好きなものを語るときでも淡泊、というタイプでは決してない。興味がないから話さないだけなのだ。
由佳が相手だと、他愛もない話だとしてもすごく盛り上がる。安心して話せるからだ。共通の趣味を持っているから、わざわざ話題を探さなくてもいいし、気心が知れた相手だから、下手に気をつかわなくても済む。
人の顔色を気にしがちな僕にとって、特に後者は大きかった。
「馬鹿」とか「ださい」とか、由佳は平気で罵り言葉を口にするけど、全然不愉快じゃない。だから僕は、クラスメイトには絶対に言えないそれらの汚い言葉を、由佳に対してなら返すことができた。
一方の住友さんは、相対しているととても緊張する。発言にはいちいち気をつかうし、常に顔色をうかがってしまう。罵り言葉なんて、冗談だとしても絶対に言えない。
だからといって、住友さんと過ごす時間が苦痛かというと、そういうわけではなくて。
緊張感にさらされる時間は、たしかに苦しい。だけど、ほのかな心地よさも同時に覚えている。懸命に考えて発信した言葉に好ましい反応が返ってくると、小躍りしたくなるくらいにうれしくなる。
こんなにも素晴らしい報酬が手に入るなら、喜んで苦しみの中に身を投じよう。そう思える緊張感なのだ。
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