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「イリアさんこんにちは!」

 教会に久しぶりに足を運ぶとイリアさんは穏やかな微笑みを浮かべて迎えてくれた。

「お久しぶりです、ヒナコ様。最近はなにかなさってたのですか?」
「うん、ちょっと色々試してたの。イリアさんは泳げますか?」
「泳いだことがないのでわかりません。多分泳げないんでしょうね」

 これがこの国の水泳事情だ。軍人でもない限りプールすら見たことない、そんな人がほとんど。
 広めるのはいいけど溺れたりとかの危機管理もなんとかしなければならないのでその問題もある。準備運動を怠ったりふざけて溺れたなんてことが頻発しそうだ。

「もしプールが街とかにできたら泳ぎに行きたいって思います?」
「そうですねえ。私が気になるのはセキュリティですね。そこは男女混合なのですか?」
「最終的にはそうしたいと思ってます。デートスポットとか家族で遊びに来れるような場所になったらいいなって」

「だとしたら荷物を預ける場所が欲しいですね。手癖の悪い方はすぐ盗みをしますから。こんなこというのは気が引けますがこの国はどこも治安が良いとは必ずしも言えないですし」
「そうですよね。荷物は持って入れませんもんねー。うーむ、その辺も考えないといけないな」

 水着にばかり目が入っていたが娯楽施設としてオープンさせたいならそういう面もしっかりと考えなくてはならない。

「ありがとうございます、参考になります。礼拝室は空いてますか?」
「いまおひとり使われてますので少し待ってもらっていいですか?時間のかからない方なので」
「いいですよ」

 ベンチに座るとイリアさんが冷たい紅茶を出してくれた。ありがたい。今日は少し暑くて喉が乾いていたのだ。
 ごくごくとそれを飲み干して、イリアさんは、と彼を見上げた。

「何か悩み事とかありますか?」
「え?」
「いえ、私ほら、神様の声が聞けるでしょう?だから何か悩みがあれば解決法を聞こうなかって。私で力になれることってそれくらいだし」
「私は……」

 イリアさんは少し視線を彷徨わせた後、実は、と語り出した。

「助祭になるときに神からの宣託をうけるのですが、その、神にお前は面白くないと言われてしまって……その真意が知りたいです。性格的なことを言っているのか何か私が見落としていることがあるのか……」
「ふむふむ。じゃあ聞いてみますよ!」
「いいのですか?」
「はい!だって気分悪いですもんね」

 彼はとんでもない、と手を振る。

「神に対して気分が悪いだなんてそんな恐れ多い……」
「でも、もやもやしてるんですよね?」

 私の言葉にイリアさんは少しの沈黙の後はい、と頷いた。

「よし!解決しちゃいましょう!」

 すると祈祷室の扉が開いてなんとアリスが出てきた。

「騒がしいと思ったらやはりきみか」
「あれ、アリスじゃん。どうしたの?」

 私がきょとんと問うと彼はいつもの礼拝だ、と言った。

「毎朝神に祈りを捧げているのだが今朝は早朝会議があって時間がなくてな。今になったというわけだ」
「え、じゃあこれからバランの執務室行くの?」
「そのつもりだ」
「じゃあさ、良かったらちょっと待っててよ。すぐに終わらせてくるから」

 アリスは分かった、とうなずいた。

「じゃ、ぱぱっと聞いてきますか!」

 私はイリアさんに手を振って礼拝室へ入った。


 神様。声が聞こえますか。

「聞こえるよ。最近は忙しくしていたようだね」

 はい、楽しいので全然いいんですけど!

「それで?今日はなんだい」

 イリアさんのことなんですけど。

「イリアシア・サレンダスのことかい」

 そうです。なんで面白くないって言ったんですか?

「ふうん。まあいま私は機嫌がいいから教えてあげよう。イリアシアはね、助祭に収まる器ではないのだよ。司祭になれるだけの才をもっているのに助祭なんて安全牌を選んだ。そこがつまらない。守りに入った男ほどつまらないものはないよ」

 はあ。じゃあ司祭を目指すべきなんですか?

「それは本人が決めるといい。助祭として平々凡々な人生を送るか司祭に上り詰めて人々を導くか。それは私がとやかく言うことではないよ」

 とやかく言うことではないと言いつつも面白くないって言っちゃったんですね。イリアさん凄く気にしてましたよ。

「ちょっと発破をかけただけさ。それで奮起しないならそれはそれで構わない。私としては誰が司祭だろうとやることは変わらないからね」

 そうですか。分かりました。
 で、なんで機嫌がいいんですか?今後の参考に聞かせてくださいよ。

「いま、アリシヴェートが出ていっただろう」

 はい。

「アリシヴェートが新鮮なイチゴを供えてくれたんだ。これで夕食のデザートはイチゴに決定されたようなものだ」

 本当にイチゴ好きなんですね。てか神様も夕食とか食べるんですね。

「先代の聖女がそういうリズムを大切にするやつでな。ダラダラしていたら太りますよと言われたんだ。この世界を作ってこのかた私の体重が増減したことなんてないのにね」

 そう文句を言いながらもその口調は優しい。先代を大切に思っているのだろう。

「私はそろそろティータイムだから失礼するよ。ああ、このイチゴでフルーツティーでもいいな」

 そんなことを言いながら神様は去っていった。


「アリスありがとう!」

 礼拝室を出るなり私がそう言うと彼はきょとんとして何がだ、とわけがわからないという顔をした。まあそれもそうだ。

「アリスがイチゴ供えてくれたお陰で神様の口が軽かった!」
「そうか、良かったな」

 私はイリアさんに向き直ると今話して大丈夫?と許可を取る。

「ええ、構いません。神はなんと?」
「うんとね、イリアさんは司祭になる才能があるのに助祭になんて収まっててつまんないねって意味だったみたい」
「私が、司祭に……?」
「イリアさんなら人々を導けるって」

「そんな、私なんかが……」
「ほら、そういう卑屈なところがつまんないんだと思います。思い切って司祭の試験受けてみたらどうですか?」
「ですが……」
「ヒナコ、無理強いはやめろ。司祭の試験だってそうそう簡単に受けられるものじゃないんだ」

 たしなめるような声音にカチンとくる。

「そう?じゃあもう何も言わないわ。私はちゃんと神様の言葉を伝えたし、それをどう取るかはイリアさんだものね。はいはい、何も知らなくてごめんなさいね」
「ヒナコ」

 今度は責めるような声音になった。私はぎゅっと奥歯を噛み締めて踵を返した。

「待っていてくれてありがとう。でも今日は一緒にお茶できる気分じゃない。帰るわ」
「ヒナコ!」
「お願い、今日はもう放っておいて、アリシヴェート」

 今度はもうアリスの言葉を聞くより速く足早に教会を後にした。
 こんな些細な事で涙腺が緩む自分が嫌で、爪が食い込むくらい拳を握りしめて大股で通路を歩いていった。



(続く)
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