上 下
3 / 20

03

しおりを挟む
「私はね、王の甥なのですよ」

 城に滞在させてもらえることになり、部屋に案内されながら敬介はアルベニーニョからそんな話を聞いた。

「王弟の息子なんです」
「だから王と親しげだったんですね。では王位継承者というわけですか?」

 すると彼は苦笑していいえ、と肩をすくめた。

「私は獣人ですから王位継承権は持てません。そういう決まりです」
「言いづらいことでしたらすみません、ご両親が獣人だったんですか?」
「大丈夫ですよ。この世界では獣人は遺伝ではありません。偶発的に生まれるのです」

 ただ、とアルベニーニョは続ける。

「生みやすい人、というのはあるようです。だから母は私を産んで以来子を成すことを恐れてしまった。また獣人が生まれるのではと」
「あの、獣人と人間の間には差別があるんですか?」
「多少はあります。ですが確かに獣人は見た目で損をしますがその代わり身体能力と計算能力が高い。だから軍人としては重宝されます」

「見た目……損するんですか?」
「え?」
「私はあなたをとても格好が良いと思いますが」

 きょとんと金色の目を丸くしたアルベニーニョに敬介ははっとしてすみません!と頭を下げた。

「ぶ、不躾なことを……!」

 するとアルベニーニョは目を細めていいえ、と笑った。

「ありがとうございます」
「気を悪くなさってませんか」
「いいえとんでもない。男が格好良いと言われて悪い気なんてしませんよ」
「それならいいんですけれど……」
「不躾と言えばですが、ひとつ聞いてもいいですか?」
「え?はい」
「頭の角は重くないのですか」

 はあ、と敬介は頭に生えた角に手をやる。

「それが全く重さを感じないんですよ。今も言われるまで存在を忘れてました」

 アルベニーニョは気をつけてくださいね、と言った。

「魔王の角は万能薬として知られています。欲しがる物好きが出てこないとも限りません。もし角を削らせてくれだとか言われたら断固として断ってください。そして私に報告してください。然るべき処置を取りますので」

 いいですね、と念押しされて敬介はこくこくとうなずいた。


 案内された部屋は敬介が想像していたよりはるかに広かった。
 洗面所や風呂場、トイレもついていたし思いの外衛生的だった。

「服を準備しますのでサイズを測らせていただきますね」

 アルベニーニョが手を叩くと二人の執事姿の男がやってきて採寸をしていった。

「夜までに何着か見繕って届けますので」
「何から何まですみません」

 恐縮しきりの敬介にアルベニーニョは構いませんよと笑った。

「疲れていませんか?一休みしますか?それとも城内をご案内しましょうか」
「さほど疲れてはいませんが……アルベニーニョさんこそお仕事は良いんですか」
「アルベニーニョで良いですよ。まだ若輩者ですから」
「え、アルベニーニョさん……じゃなくてアルベニーニョはいくつなんですか?」
「今年で三十二になりました」
「えっ!声が渋いからてっきりもう少し上かと……あ、すみません」
「いえ、よく言われるんで気にしてません。獣人は見た目ではあまり年はわかりませんしね」

 アルベニーニョが笑ってくれたので敬介もさほど気にせずそうですか、と返せた。

「敬語も要りませんよ」
「ええとこれは私の癖のようものなので……慣れたら、そのうち」
「では、そのうちを楽しみにしています」

 そんなことを話しながら部屋を出て城内を案内してもらうことになった。


「わ……」

 庭園に出ると色とりどりの花が咲き乱れていて敬介は足を止めた。

「一周しますか」
「良いですか?」

 勿論、とアルベニーニョは笑った。

「ここの庭園は四季折々に何かしら咲いているので見ものですよ。まあ真冬は少々寂しくはなりますが……冬は冬で冬薔薇が咲くのでそれが見ものですかね」
「冬薔薇。へえ」

 敬介は元の世界にいた頃にさほど花に興味がある方ではなかった。けれどこれだけ圧巻の庭園を見せられては興味を惹かれてしまう。
 一時間ほどかけて一周して、敬介はちょっとだけ息が上がっていた。

「すみません、疲れさせてしまいましたね」
「い、いえ、運動不足なだけなので……いい運動になりました」

 笑いかけるとアルベニーニョはじっと敬介を見下ろしている。

「どうかしましたか?」

 敬介がきょとんと見上げていると、いえ、と彼は目を細めた。

「他の魔王があなたのようだったら良かったのに、と思いまして」
「そ、それはなんと言いますか、私はただ流されて生きてきただけなので……そのう、女性に対してそれほど強い欲求を抱いたことがなくて、あ、いや、そういう言い方すると同性愛者を疑われるかもしれませんが私はひとというものに興味がないんです、たぶん」

「人に興味がない?」
「ええ。家庭を持って愛妻弁当を幸せそうに食べている部下を見ても羨ましいと思ったことがありません。バレンタインやクリスマス……ああええと、恋人同士のイベントみたいなものなんですけど、それで贈り物をする恋人同士を見ても微笑ましいなあと思うだけで羨ましいとは思いません。寂しくないわけではないんです。でも、私はそういう出会いを見逃してきた。だから仕方ないんだと思ってしまうんです。足掻くより諦めたほうが楽なんです」

 馬鹿みたいですよね、と苦笑してみせるとアルベニーニョはだったら一度足掻いてみませんか、と言った。

「え?」
「私を相手に一歩踏み出してみませんか?」
「ええ?!」
「獣人の私では好みではないですか」
「えっ、いえ、獣人だからとかじゃなくて、その、私あなたより二十も年上で……!」
「私は気にしません」

「出会ってまだ数時間で……!」
「一目惚れしました」
「えええ?!」

 にこにこと爆弾発言を続けるアルベニーニョ。敬介はあわあわと戸惑うばかりだ。

「今日はここまでにして部屋に戻りましょう。食事は運ばせますので部屋でお待ち下さい」
「え、あ、はい」

 そうして部屋の前までアルベニーニョは敬介を送るとそこで敬介の右手を取って手の甲に口づけた。

「今でなくていいので一度真剣に考えてみてください」

 アルベニーニョはチェシャ猫のようなちょっとだけ怖い笑い方をして去っていった。

「何だったんだ……」

 敬介は頬が赤いのを自覚しながら右の手の甲を左の手で包み込んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

くっころ勇者は魔王の子供を産むことになりました

あさきりゆうた
BL
BLで「最終決戦に負けた勇者」「くっころ」、「俺、この闘いが終わったら彼女と結婚するんだ」をやってみたかった。 一話でやりたいことをやりつくした感がありますが、時間があれば続きも書きたいと考えています。 21.03.10 ついHな気分になったので、加筆修正と新作を書きました。大体R18です。 21.05.06 なぜか性欲が唐突にたぎり久々に書きました。ちなみに作者人生初の触手プレイを書きました。そして小説タイトルも変更。 21.05.19 最終話を書きました。産卵プレイ、出産表現等、初めて表現しました。色々とマニアックなR18プレイになって読者ついていけねえよな(^_^;)と思いました。  最終回になりますが、補足エピソードネタ思いつけば番外編でまた書くかもしれません。  最後に魔王と勇者の幸せを祈ってもらえたらと思います。 23.08.16 適当な表紙をつけました

幽閉された魔王は王子と王様に七代かけて愛される

くろなが
BL
『不器用クールデレ王様×魔族最後の生き残り魔王』と『息子×魔王』や『父+息子×魔王』などがあります。親子3人イチャラブセックス! 12歳の誕生日に王子は王様から魔王討伐時の話を聞く。討伐時、王様は魔王の呪いによって人間と結婚できなくなり、呪いを解くためにも魔王を生かして地下に幽閉しているそうだ。王子は、魔王が自分を産んだ存在であると知る。王家存続のために、息子も魔王と子作りセックス!? ※含まれる要素※ ・男性妊娠(当たり前ではなく禁呪によって可能) ・血縁近親相姦 ・3P ・ショタ攻めの自慰 ・親のセックスを見てしまう息子 ・子×親 ・精通 完全に趣味に走った作品です。明るいハッピーエンドです。

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

森の中の華 (オメガバース、α✕Ω、完結)

Oj
BL
オメガバースBLです。 受けが妊娠しますので、ご注意下さい。 コンセプトは『受けを妊娠させて吐くほど悩む攻め』です。 ちょっとヤンチャなアルファ攻め✕大人しく不憫なオメガ受けです。 アルファ兄弟のどちらが攻めになるかは作中お楽しみいただけたらと思いますが、第一話でわかってしまうと思います。 ハッピーエンドですが、そこまで受けが辛い目に合い続けます。 菊島 華 (きくしま はな)   受 両親がオメガのという珍しい出生。幼い頃から森之宮家で次期当主の妻となるべく育てられる。囲われています。 森之宮 健司 (もりのみや けんじ) 兄  森之宮家時期当主。品行方正、成績優秀。生徒会長をしていて学校内での信頼も厚いです。 森之宮 裕司 (もりのみや ゆうじ) 弟 森之宮家次期当主。兄ができすぎていたり、他にも色々あって腐っています。 健司と裕司は二卵性の双子です。 オメガバースという第二の性別がある世界でのお話です。 男女の他にアルファ、ベータ、オメガと性別があり、オメガは男性でも妊娠が可能です。 アルファとオメガは数が少なく、ほとんどの人がベータです。アルファは能力が高い人間が多く、オメガは妊娠に特化していて誘惑するためのフェロモンを出すため恐れられ卑下されています。 その地方で有名な企業の子息であるアルファの兄弟と、どちらかの妻となるため育てられたオメガの少年のお話です。 この作品では第二の性別は17歳頃を目安に判定されていきます。それまでは検査しても確定されないことが多い、という設定です。 また、第二の性別は親の性別が反映されます。アルファ同士の親からはアルファが、オメガ同士の親からはオメガが生まれます。 独自解釈している設定があります。 第二部にて息子達とその恋人達です。 長男 咲也 (さくや) 次男 伊吹 (いぶき) 三男 開斗 (かいと) 咲也の恋人 朝陽 (あさひ) 伊吹の恋人 幸四郎 (こうしろう) 開斗の恋人 アイ・ミイ 本編完結しています。 今後は短編を更新する予定です。

引きこもり魔王が拾った人間の子供のパパになったけど嘘の常識を教えられて毎日息子に抱かれてる

くろなが
BL
ちゃっかり者の人間の子供×お人よしで見栄っ張りで知ったかぶりの魔王です。 引きこもり過ぎて無知な魔王が、人間の子供を拾ってパパになった。成長した息子が人間の常識を学校で覚えてくるのだがある日「父と子供はセックスするもの」と言ってきた。魔王パパは知ったかぶりをしてしまい、そのまま息子に抱かれてしまう。魔王パパは嘘の常識にいつ気付くのか!? ※ムーンライトノベルズにも掲載

虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

結婚式の最中に略奪された新郎の俺、魔王様の嫁にされる

Q.➽
BL
百発百中の予言の巫女(笑)により、救国の英雄になると神託を受けた俺はやる気のない18歳。 ところが周囲は本人を他所に大フィーバー。問答無用で国唯一の王女(レズ)との結婚迄決まってしまう。 (国救うどころか未だ何もしてないのになあ…。) 気がすすまない内に事態はどんどん進み、ついには国をあげての挙式当日。 一陣の黒い竜巻きが一瞬にして俺を攫った。 何が何だかわからない内に、今度は何処かの城の中のとある部屋のベッドにいた俺。 そして俺を抱えたまま俺の下敷きになってベッドに気絶している黒髪の美形。 取り敢えずは起きるまで介抱してみると、目を覚ました彼は俺に言ったのだった。 「我の嫁…。」 つまり救国の英雄とは、戦って魔王を倒すとかそういう感じではなく、魔王に嫁(賄賂)を貢いで勘弁してもらう方向のやつだった…。 確かに国は救ってんのかもしれないけど腑に落ちない俺と、超絶美形イケメンドジっ子魔王様の 甘い新婚生活は無事スタートするのか。 ※ファンタジー作品に馴染みがないので詳細な背景描写等ははおざなりですが、生暖かい目でお見守り下されば幸いです。 9割方悪ふざけです。 雑事の片手間程度にご覧下さい。 m(_ _)m

異世界で出会った王子様は狼(物理)でした。

ヤマ
BL
◽︎あらすじ:地味でモブ街道まっしぐらの数学オタクで教師の立花俊は、ある日目が覚めるとファンタジー乙女ゲームの攻略対象に転生していた。  だがヒロインは不在。なぜか俊が代わりに王子達からの度重なる壁ドンと、呪文のような口説き文句に追い回されることに。  しかも異世界転生で一番大事なチートもない!生き残りをかけ元隣国王子クレイグのもとを訪れるも、彼の態度はつれない。だが満月の夜、狼に変身していたクレイグの正体を見抜いたせいで彼は人間に戻り、理性を失った彼に押し倒されてしまう。クレイグが呪われた人狼であると聞いた俊は、今後も発情期に「発散」する手伝いをすると提案する。 人狼の元王子(ハイスペック誠実童貞)×数学オタクの数学教師(童貞) 初投稿です。よろしくお願いします。 ※脇キャラにNL要素あり(R18なし)。 ※R18は中盤以降です。獣姦はありません。 ※ムーンライトノベルズ様へも投稿しています。

処理中です...