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飴玉でハーレム作ろうとしたら男しか寄ってこない2(鬼の子編)

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 シグルド王国の王都に来て三ヶ月が過ぎた。
 俺は郊外に古民家を借りてそこで暮らしている。
 家賃は月に銀貨六枚。高いのか安いのか俺にはまだよくわからないけど一緒に内見してくれたペルルカさんによればこの内装でその値段は妥当らしい。
 ペルルカさんというのはこの国の元第一王子で今は王位継承権を辞して近衛騎士団の団長をやっている。
 ペルルカさんは現王と魔物の間に生まれたワーウルフで彼はその生まれを酷く気にしている。
 確かに街を見て歩くとワーウルフなんて見かけない。他の魔物の混血人も見ない。禁忌の子というのは本当なのかもしれない。
 けれどペルルカさんは市民からも慕われているし実力もある。今まで彼が第一王子でも民から不平不満が出なかったのがその証拠だ。
 けれど彼は王位を狙う第二王子の策略にかかって南にあるルージュの森で行き倒れていた。
 それを見つけたのがこの世界に来たばかりの俺だ。
 俺は俺で前の世界、地球で子供を助けて死んでしまいそこを神様に拾われてありがたくも加護をもらってさあ新しくこの世界でやっていくぞというところだった。
 たまたま行き倒れているペルルカさんに出会って俺が助けた。
 それが縁で何というかペルルカさんに惚れられてしまい告白されて、まずはお友達から始めることにした。
 俺は生粋のノンケなのだがこの世界では男同士で結婚するのが当たり前で女の人はほとんどいないのだ。
 だから郷に入りては郷に従えと言いますか、ペルルカさんとのことは前向きに考えている。
 ペルルカさんは今は騎士団の宿舎に住んでいる。部下からはあなたの目があると羽目が外せないので早く出ていってくれとせっつかれているそうだ。もちろん彼が周りから愛されているからこその冗談でもある。
 ペルルカさんくらいの立場の人なら一等地の屋敷を買うこともできるだろうにそれをしない。
 本当は、俺は気づいている。
 ペルルカさんは俺が一緒に暮らそうって言いうのを待っているんだ。
 この古民家を借りる際に何気なく言われた。一人暮らしが不安なら一緒に暮らさないかと。
 けれど俺はそれはまだ早い気もしたし少しは一人で暮らしてもみたかったから一緒に暮らすのはまだ待ってください、と答えた。
 だからペルルカさんは俺の言った通りに待っているのだ。
 申し訳ない気はするがもう少しだけ考えさせて欲しい。ペルルカさんとのことは前向きに考えるとは言ったが出会ってまだ少ししか経っていないのに同居、いや、同棲ということになるのだろうか、は早いと思うのだ。
 だからペルルカさんは休みのたびにこの家にやってきては寛いで帰っていく。
 まあ泊まっていくこともたまにはあるけど別に何もない。
 初めのうちは迫られたらどうしようとか心配していたけどペルルカさんは紳士的で無理強いはしない人だと理解してからは安心して過ごしている。
 そして俺は普段何をしているかというと。
 この世界で当たり前に使われているシグマドロップスというものをアイテムショップなどに卸してそれで生計を立てている。
 俺はこの世界に来る際に神様からギフトを授かったのだが、そのギフトというのがシグマドロップスを手のひらから無限に生み出せるというスキルだ。
 味によってさまざまな効能を発揮するそれを俺は手のひらから取り出して本来のドロップスの材料と混ぜて敢えて効果を落として売っている。
 なぜ効果を落とすのかと言うと俺のスキルで出したドロップスは高純度すぎて普通に売ったら馬鹿高い値がつくシロモノなのだ。
 だから一般の人でも手が出るくらいにと思ってドロップスの作り方を学んでその過程で俺の手から出てきたドロップスを混ぜて作っている。
 こうすると少しの材料でたくさんのドロップスが作れるのだ。
 ドロップスには甲乙丙とランクがあって、俺は主に乙のランクのドロップスを作って店に卸している。
 俺の作ったドロップスは乙は乙でも限りなく甲に近い効果を出す乙だと評判で、ありがたくも毎日作って持っていくと昨日も完売だったよと売り上げの七割が貰える。
 ギルドにも卸していてそこでも評判は上々で予約がしたいと言う人も出てきている。
 まあ作ろうと思えばどれだけでも作れるのだけれど程々にしておかないと何かおかしなカラクリがあるのではと気づく人が出てくるかもしれない。なので作る量はある程度セーブしている。
 ドロップスの作り方は簡単だ。それぞれの効能に合わせた材料を全て粉砕して混ぜて、聖水を少し混ぜる。そこに俺の場合は俺が自分で出したドロップスの砕いたものを混ぜて呪文を唱える。
 そうするとドロップスがころころと出来上がっているのだ。
 ちなみに俺が使える魔法はこのドロップス生成の魔法ひとつである。
 ゆくゆくは色んな魔法を使いたいとは思っているのだけれど習うにはギルドに登録するかアカデミーに入るかだ。
 アカデミーに入るにはとうが立っているしギルドに登録してしまうと魔物の討伐依頼とかが舞い込むので戦いたいわけではない俺は未だに高い魔力を持て余している。
 そう、俺は魔力がバカ高い。神様が魔力に特化しておいたとか言っていたのを思い出したのは教会で魔力レベルの測定をしてもらった時だ。
 司祭で友達でもあるユリアさんに言われるがまま水晶玉に手を翳したら水晶玉が虹色に輝き出してユリアさんがめちゃくちゃ驚いていた。
 この世界には火、水、風、土、雷の基本属性に加えて光、闇のレア属性が存在する。人は誰しも何かしら属性を持っていてそれは人によって一つから三つとされている。
 ところが俺は全属性の加護があるらしくて魔法を使うことはもちろん、耐性も半端ないらしくて魔法に関しては無敵なのだそうだ。
 そこに加えて魔力量も半端ないらしくて高次元魔法でも使いたい放題だということ。
 ワー神様ってば俺のこと好き過ぎなーい?とユリアさんの説明を聞いた俺はちょっと遠い目をした。
 とにかく、これには一緒についてきていたペルルカさんも驚いて魔導士になったらどうだと勧めてきたけど俺は平穏に暮らしたかったので遠慮しておいた。
 まあいざとなったら魔法はペルルカさんに教わるという手もある。ペルルカさんは火、雷、闇の属性を持っていて剣も魔法もどちらもいける人なのでいつかは頼ろうと思っている。
 さて、そのペルルカさんなのだが、毎週火曜日と金曜日が休みの日でその日は朝から俺の家に来る。
 ペルルカさんは俺との親密度を上げるためにだろうが自分のたてがみを手入れしてくれないかと言ってきた。
 俺はもふもふは大好きだったので二つ返事で引き受けて彼が訪れるとまず真っ先に外の埃を落とす意味でも毛づくろいを始める。
 ちょっと埃っぽかったたてがみが俺の櫛さばきによってふわふわのつやつやになる瞬間が俺は大好きだった。
 終わると彼はありがとうと言って俺をそっと抱きしめる。
 こればかりはまだ慣れなくて、抱き返すこともできず硬直してしまう。仕方ないだろう、こんな体格のいい男の人に抱きしめられたことなんて無いんだから。
 この日ばかりは俺もドロップスづくりはお休みしてペルルカさんとのんびり過ごす。
 ペルルカさんは意外にも料理が好きな人で地球で自炊していた俺より遥かに料理がうまい。まあ俺はまだこの世界の食材についてよく知らないというのもあるのだけれど。
 だからいつも市場に出てはあれはどういう調理をすると美味しいだとかこのスパイスはどう使うのが良いだとか色々教えてもらう。
 そして市場で買ってきた材料を使って二人で料理をして一緒に食べて。片付けだって一緒にした。
 俺にはこちらでの親しい人はまだペルルカさんとユリアさんしかいない。だからこうして彼が俺を気にかけてくれるのはとても嬉しかった。
 好かれているからそれが当たり前だとは思いたくない。できることなら彼が俺を想ってくれた分、同じように返せるようになれたら良いと思う。
「ワ、タ、ル」
「そう、ワタル」
「ワトゥ」
「うーん」
 ワタル、というのは俺の本名だ。こちらの人の発音の仕方だとどうしてもワトゥになってしまうので航、という漢字の違う読み方でコウと名乗っている。
 ペルルカさんは俺のワタルという呼び方で呼びたいらしくこうして会うたび練習するのだけれど今のところ上手くいった試しがない。一文字一文字なら言えるのに単語になると言えなくなる。多分舌の構造が俺とは基本的な何かが違うのだろう。
 でも俺はコウという名前も嫌いではないしそれでも良いと言うのだけれどペルルカさんはこだわっている。
「その名はコウのご両親がコウのためにつけた名前だ。好きな人の名前をきちんと呼びたいと思うのは当然だろう?」
 そう言われてしまうと嬉しいやら照れくさいやらで何とも言えない気分になる。
 そして今日もペルルカさんは撃沈してしょぼくれていた。
 そんなペルルカさんに俺は苦笑して紅茶を淹れてあげる。
 この世界ではコーヒーはあまり流通しておらずお茶とワインがメインだ。
 ワインを始めとするアルコール類はまだ飲んだことがないがお茶はいろいろな種類があって地球にいたときは缶コーヒーばかり飲んでいた俺も三ヶ月も経てばすっかりお茶党になっていた。
 ちなみに紅茶の淹れ方を教えてくれたのもペルルカさんだ。今では本気なのかお世辞なのかは分からないが俺の淹れた紅茶のほうが美味しいと言っていつも俺に淹れさせる。
 そしてその小さなワガママが俺には嬉しかったりする。ペルルカさんはきっとひとに頼ることを良しとせず生きてきた人だろうからこうして頼られるのは素直に嬉しい。
 こういうことを振り返ってみると俺ってもう結構ペルルカさんに絆されて来てるよなあと思う。
「コウ、そうだ、言い忘れるところだった」
「うん?なに?」
 お茶請けのクッキーを食べながらペルルカさんを見ると彼は次の金曜日は来れない、と言った。
「ちょっと騎士団の方で忙しくてな。休めそうにないんだ」
「そっか。残念だけど仕方ないね。火曜日を楽しみにしているよ」
 ペルルカさんは俺を切なげに見るとコウ、と俺を呼んだ。
「きみに逢えないのが辛い」
 それに俺はどきまぎしながら大丈夫だよ、と笑ってみせた。
「火曜日になればまた会えるんだろ?」
「つらい……」
 この世の終わりのような声で言うものだから俺はぷっと吹き出してそのたてがみをわしゃわしゃと両手でかき混ぜた。
「そんな声出すなよ。切なくなっちゃうだろ?」
「切なくなれば良い。私に逢えなくて寂しいと枕を濡らせば良い」
「残念ながら快眠します」
 これでも寝付きは良い方なのだ。わはーと笑ってそう言うと彼はガックリしたように肩を落とした。
「でもね、ペルルカさん。火曜日も会えないのは寂しいから火曜日は何があっても会おうね」
 にこっと笑いかけると彼は俺の肩をガシッと掴んでうなりながら俯いた。
「きみのそういうところ、だぞ」
「?」
 きょとんとしているとハーと深い溜め息をつかれてしまった。なんのこっちゃ。
 そして金曜日。今日はペルルカさんが来ないということなので朝からドロップスを作って昼は昨日の残り物で簡単に済ませた。
 昼過ぎにドロップス作りを終えて市場に買い物にでかける。中途半端な時間だったから市場は結構空いていた。
 メロウ鳥の手羽中を一袋と牛肉のスライスも一袋。レタスと玉ねぎも無いな、と買ってあとは少なくなっていたスパイスを数種。あとはと市場をブラブラして美味しそうなトマトとレモンを買った。はちみつは売っているだろうか、と探してちょっと高かったけどひと瓶買った。ついでにハニーディッパーも買う。
 夕方に家に帰り着き、夕食作りを始める。
 メロウ鳥は鶏肉よりちょっと味に癖があって弾力もある。俺はこの肉が結構好きだ。
 これを酢醤油ですっぱ煮にして食べる。牛肉は玉ねぎと一緒に醤油と砂糖で煮てご飯の上にどどんと乗せる。つまり牛丼だ。
 あとはレタスときゅうりのサラダ。トマトとレモンはスライスしてボウルに入れてはちみつを垂らしてブラックペッパーも少々。少し漬け込んだものをテーブルに並べる。
 うん、なかなかいいのでは?
 ペルルカさんが一緒のときはペルルカさんがたくさん食べるのでたくさん作るのだけれど俺一人ならこれで十分だ。
 むしろ一人じゃ残るだろうから明日の朝ごはんや昼ごはんにもなる。
 俺は美味しくそれらを頂いて、洗い物もきっちりと済ませた。
「あれ」
 牛乳瓶を見るとほとんど中身が無いことに気づいた。しまった、これでは明日の朝飲めないではないか。朝買いに行こうと思ってそのままドロップスを作り始めてしまったのだった。
 時計を見て今ならまだ牛乳屋がやっている時間だと確認する。
 ここから歩いて十分程のところにある牛乳屋に行くことに決めて牛乳瓶を手から提げると財布と鍵だけ持って家を出た。夜空を見上げると、きれいな満月が輝いていた。


 牛乳屋はまだ営業中だった。俺が古い瓶を渡すと店主はコウさんは牛乳が好きだねえと笑った。
 そんなに頻繁に来ていただろうか。でもたしかにこちらの世界に来てからの飲み物と言ったらお茶か牛乳だったので頻繁に来ていたかもしれない。
 店主に礼を言ってそこそこに重たい新しい牛乳瓶を提げて帰路についているとおや、と足を止めた。
 我が家を塀から覗き込んでいる男がいる。誰だあれ。
 暗くてよくわからないが俺の家からの明かりに照らされている横顔はそこらの美形なんて裸足で逃げ出すような渋さも含んだ甘いマスクの男だ。
 漆黒のちょっと長めの髪を後ろで無造作にまとめているのにそれが様になっているからこれだから色男は得をしている。
「あのう、うちになにかご用ですか?」
 意を決して声をかけると俺の家の中を覗くことに夢中になっていたらしい男はまさか声をかけられると思わなかったのかあっ、えっ、と驚いた声を発した。
 あれ?この声……。
「もしかして、ペルルカさん?」
「……」
 居心地悪そうにしているがよく見れば彼が纏っている服も見たことがある服だ。以前ペルルカさんが着ていたことがある。
「返事をしてください。じゃないと兵士呼びますよ」
 すると彼ははくはくと酸欠の金魚のように何度か口を開け閉めした後、そうだ、と俯いた。
「私だ、ペルルカだ」
 やはり声はペルルカさんだ。
「どうしたんですか、その姿」
「あー、その、よかったら家に入れてくれないか。その牛乳瓶も重いだろうし」
 持つ、と牛乳瓶を奪われてまあいいけど、と玄関に向かった。
 ペルルカさんはまっさきにキッチンに向かって牛乳瓶を冷蔵魔導装置の中に入れる。これがいわゆる地球で言う冷蔵庫だ。
「紅茶で良い?」
「ああ、頼む」
 紅茶を淹れている間、なんだか妙な空気が場を包む。ワーウルフじゃないペルルカさんってなんだか不思議。
「どうぞ」
 ラズベリーリーフと呼ばれる紅茶の葉で淹れたお茶で満たされたカップを差し出すと、彼はカップを手にしてひとすすりした。
「……やはりコウの淹れたお茶は美味いな」
「ありがと。で、その姿は?」
 今は褒められたことよりその姿についての説明が欲しい。俺のそんな空気を察したのだろう、彼は静かにカップを置くと実は、と語り始めた。
「ワーウルフが満月の夜は凶暴化するという話は聞いたことがあるか」
「この世界での話は知らないけど俺のいた世界ではそういう話はあった」
「それはこちらの世界でも同じで、魔物としてのワーウルフは満月の夜凶暴化する。だが、私はワーウルフと人間のハーフだ。だからか逆なんだ。満月の夜は人間の姿になる」
「なんじゃそりゃ」
「いや、私もなんだそれはと思う。けれど私以外にワーウルフと人間のハーフがいないので比べようがないのだ。だから私は満月の夜はいつも部屋にこもって過ごしている。これは王や騎士団の上層部は知っているのでそっとしておいてもらっている。だが、今日はどうしても我慢ができなかったんだ。コウに逢いたくて仕方がなかった。だから外から一目見れればと思って……つい」
 しおしおとでかい身体を小さくするペルルカさんに俺は思わず吹き出して笑ってしまった。
「別に隠さなくても良かったのに。いつか一緒に暮らすようになったらわかることじゃないか」
 俺の言葉にはっとしたようにペルルカさんが顔を上げる。
「一緒に、暮らしてくれるのか……?」
「あっ」
 俺は失言をかましたことに気づく。
「いや、その、いつかは、という意味でして……」
 けれど、とペルルカさんは俺の手を握って己の額に当てた。
「望みを捨てなくて、良いんだな……?」
 祈るようなそれに俺はどれだけペルルカさんを我慢させてきたのかをようやく自覚した。
「うん。もう少しだけ、待ってて」
「ああ……」
 ペルルカさんが顔を上げて俺を見つめる。
 あ、もしかしてこれはキスされる雰囲気では……?
 けれどイヤじゃない。されてもいい。そう思って見つめていると彼はんぐぅと喉に何かつまらせたような声を漏らして俯いてしまった。
「ペルルカさん?」
「……今、ものすごくいい雰囲気だった。キスできるんじゃないかと思った」
「えっと……してもいいよ?」
 照れながらそう答えると、けれどペルルカさんはこの姿ではしない!と断固とした態度で断ってきた。
「なんで?」
「……」
 俯いていたペルルカさんが顔を上げて横を向く。
「……この姿のほうが好きだと言われたら嫌だからだ」
「……なんだそれ」
「きみだってワーウルフの私より人間の私のほうが良いと思うだろう」
 俺は思わず呆れてしまった。そんな理由。
 呆れて、それが通り過ぎて笑えてきた。
 なんてかわいくて、いじましい。
「わ、笑い事ではないぞ。私のこの姿は満月の晩だけで普段はあのワーウルフの姿なのだから」
 前提が間違っているんだよなあ。
「俺が好きになったのはワーウルフのペルルカさんなのでたまに人間の姿になるくらい何でもないし普段の大半がワーウルフでもなんの問題もないよ。だからどの姿でもキスしても良いと思う」
「好き……?」
 失言、パートツー。
「あー、うん、まあ、好き、だと思う。ちゃんとそういう意味で」
 痒くもない頬をぽりぽりと指先で掻きながら言えばがばっと抱きしめられた。
「ありがとう、コウ、ありがとう……!」
「ペルルカさん……」
 俺は初めて、ようやく彼の背に腕を回すことができた。
 暫くの間抱き合って、もそりとペルルカさんが身体を少しだけ離してじっと俺を見た。
 恐る恐る目を閉じると、そんな俺に気を遣ったのかペルルカさんの唇はちょんっとだけ触れてすぐに離れていった。
 初めて触れたペルルカさんの唇はしっとりとしていて、俺の唇はカサカサしてないだろうか、と少し心配になった。


 今日は薬草を取りに行く日だ。
 薬草はそれぞれ郊外に畑が作られていてギルドの許可をもらったものだけがその区域に立ち入れる。
 まずはギルドで許可証を発行してもらって、それを首から下げて区画の入り口でチェックを受ける。
 採取量は今までの実績で上下する。俺は優良卸店なので一日で収穫して良い最高限度まで採取ができる。
 あれやこれやと採取していたら山のほうが騒がしくなった。侵入者があったらしい。
「何かあったんですか?」
 兵士たちに囲まれているのは十歳に行くかどうかの子供だった。短い銀髪で額に一本の角が生えている。
「いやあ、鬼族の子供ですよ。最近は見ないと思ってたのに薬草を狙って山から降りてきたみたいです」
「どうして薬草を狙ったんだい?」
 俺が聞くと男の子はかあちゃんが病気なんだ、と悔しそうに言った。
「でも金がなくてドロップスを買えなくて……」
「そっかあ」
 うーんと俺は少し考えると兵士にこの子、俺に任せてくれませんか、と申し出た。
「いやしかし詰め所に突き出すことになっているので……」
 俺は財布から金貨を数枚取り出すとそっと兵士たちに一枚ずつ握らせる。
「お願いします」
「……仕方ないですね。今回だけですよ」
「ありがとうございます!」
 にっこりと笑って俺はその子に手を差し出した。
「俺がドロップス持ってるから、分けてあげる。お母さんのところに案内して」


 山道をしばらく上った先に彼の山小屋はあった。
 鬼族、というのは詳しくは知らないので少年、ヒロエと言った、に教えてもらったら人間とのハーフではないらしい。純粋な魔物なのだそうだ。
「ここだよ」
 なんとなく気づいていたが、饐えた臭いが漂っている。
 小屋を覗き込んでああ、と思った。
 母親は、ボロのような布団に横たわったまま亡くなっていた。
 もう亡くなってだいぶ経つのだろう。ここが涼しいところだからか腐敗はさほどしていないがどう見たって死者のそれだった。
「……ヒロエ、残念だけどお母さんはもう亡くなっているよ」
「そんな……かあちゃん、死んでるの?」
「ヒロエも本当は気づいていたんじゃない?お母さんが動かなくなってどれくらい?」
「……十日くらい」
「そっか。お母さんを埋葬してあげよう?俺も手伝うから」
 ボロボロのスコップで墓穴を掘って、母親を埋葬した。
 俺が墓の前で手を合わせるとそれはなに?とヒロエが聞いてきた。
「お母さんが天国にいけますようにっていうお祈り」
「そっか……」
 この世界に天国という概念があるか一瞬疑問に思ったがヒロエは納得したようだった。
 ヒロエも俺の真似をして手を合わせて目を閉じた。
 そうして立ち上がったヒロエにこれからどうするんだい?と尋ねる。
「この辺はもう食べるものがないから山を移らないと……」
 俺はもう、決めていた。
「よかったら、うちに来ない?」
「え?」
「俺はまあそこそこお金はあるからヒロエひとりくらいは養ってあげられると思う。でも、俺と暮らすということは王都で暮らすということだ。ヒロエは好奇の目で見られるかもしれない。それが我慢できるなら、乗り切る覚悟があるなら俺と行こう。来てくれるなら、俺は全力でヒロエの力になるよ」
 手を差し出すと、ヒロエはじっとその手を見つめてやがてその手をそっと握った。
「俺、頑張る。だからコウにいちゃん、俺を支えて」
「わかった。頑張っていこう」
 俺たちは手をつないで山を降りた。
 とりあえず目の前の問題としては、だ。
「駄目に決まっているだろう!」
 この人だよなー。ペルルカさん。烈火の如く怒っている。
「でも俺もう決めたし。放っておけないんだから仕方ないじゃん」
「きみが優しいのは知っている!それが美点だということも!けれどこれはやりすぎだ!鬼族は魔物だ。成長速度だって私たちとは違う。きみが亡くなった後のことまで責任を取れるのか?」
「それまでには独り立ちさせるつもりだし。今からこの辺の人たちにも慣れておいてもらえば俺がいなくなったあとでも彼の生活基盤は盤石なものとなっているはずだよ」
 ペルルカさんはぐうう、と唸るときみは、と俺の肩を掴んだ。
「私と一緒に暮らしてくれるんじゃないのか……!」
「三人で暮らすんじゃ駄目かな」
「ふたりきりでイチャイチャしたい……」
 欲望がダダ漏れだ。普段の紳士はどこ行った。
 気持ちはわからんでもないが俺はもう人助けスイッチが入ってしまったのだ。もう放り出すなんて考えられない。
「ヒロエが寝たあとにイチャイチャすればいいよ」
 するとペルルカさんの目がぎらりと光った。
「イチャイチャしていいんだな?言質は取ったからな?」
「アー」
 最近俺、失言多くない?ちょっとペルルカさんを雑に扱いすぎているのかな?それが巡り巡って俺の首を絞めてる?
「……うん、まあヒロエと一緒に暮らすことに同意してくれるならそれでいいよ」
「わかった。なら三人で住む家を探そう。今から不動産屋に行こう」
「はーい。ヒロエは帽子の準備しておいで」
「うん!」
 流石にまだ鬼族ということは周りに内緒にしているので一緒に出かけるときは帽子を被って角を隠している。
「そういやこの世界って養子とかってどういう感じになってるの?」
「原則として人間であることが前提だ。私は半分人間だから婚姻などは認められているがヒロエは難しいだろうな」
「そっか。まあどうしても制度に縛らなくてもいいし、その辺は駄目ならそれでいいや」
 するとヒロエが帽子を被って戻ってくる。
 外に出て、ん、と手を出すとヒロエが手を繋いでくる。するとペルルカさんが俺の反対側の手を握った。
「普通、ヒロエが真ん中じゃないの?」
「私たちの中心はきみだからな。きみが真ん中になるのがふさわしい」
「そんなもんですか」
「そんなものだ。私はもうきみの尻に敷かれている」
「俺の天下キター」
 にへっと笑うと喜ばないでくれ、と叱られた。すんません。


 物件は今住んでいる古民家よりは都市部に近い場所にある中古の屋敷を選んだ。
 貴族が別荘として使っていたらしく余り荒れていなかったし残っていたクローゼットなどの調度品も品が良くて好感触だった。
 このくらいの広さならハウスキーパーを雇わなくても俺とヒロエの二人で掃除ができそうだったし部屋もひと部屋ひと部屋が十分な広さがあった。
 場所も前述した通り前の家よりは都市部に近いのでペルルカさんが騎士団に出勤するのに苦労しない程度の距離だ。
 そして。
「ここを主寝室にしよう」
 ペルルカさんはどうやら俺と一緒に寝るつもりらしかった。広い主寝室に大きなベッドを入れるつもりらしくいよいよ俺の貞操の危機である。
 明確なことは話したことはないけれど多分俺が受け入れる立場だよな。それにぶっちゃけ俺はペルルカさん相手に勃つのか、抱けるのかと言われると微妙な気分になるのだ。
 好きだとは思う。けれどまだ俺の覚悟が足りないのだろうと思う。けれどこればっかりは時間が解決してくれるだろうとしか言えない。
 と思っていたらベッドは二つ入れるらしい。大きなベッドに変わりはないが、それはペルルカさんがでかいからであって一緒に寝るためではなかったらしい。
 正直ホッとする。そうだった、ペルルカさんはいつだって俺の気持ちを尊重してくれる紳士的なひとだった。
「期待したか?」
 なんてペルルカさんが意地悪く笑うものだから俺は唇を尖らせてぼすっと彼の二の腕を叩いたのだった。
 引っ越しはすんなり行われた。俺もペルルカさんも、当然ヒロエも私物は少ないのであっという間に引っ越し完了だった。
 屋敷の代金は三分の二がペルルカさんが出して残りは俺が出した。本当は半分出すつもりだったのだが、ペルルカさんが出すと言って聞かなかったので俺が妥協した。
 庭も結構な広さがあるのだが、俺に花を植える趣味はない。家庭菜園の畑にしていいかと聞くと好きにしろと言われたので後日道具や種を買いに行くことにする。
 引っ越してその日の夜、ヒロエは疲れたのかおやすみなさいと言って早々に自分の部屋に行ってしまった。ちなみにこのおやすみなさい、も俺が教えた言葉だ。この世界では基本的にそういう挨拶が少ないようでで起きても「やあ」だとか「早いね」だとかそんな感じだ。だから俺はペルルカさんとヒロエに「おはよう」だとか「いただきます」だとか「おやすみ」だとかを教えた。
 強要するつもりはないがあったほうが気持ちが良いだろうと思ったのだ。だからこの家ではあいさつはきちんとすることにしている。
 ヒロエが寝てしまってから俺たちは、というか俺の練習タイムが始まる。
 恥ずかしいのだがハグとキスの練習だ。
 まだまだ自然に抱き返せない俺のためにペルルカさんがだったら練習すればいいと言い出したのだ。
 今までは週に二回だけだったのがこれからは毎日になるのだ。嬉しいような恥ずかしいような。
「今日はコウから私に抱きついてキスをしてくれないか」
 ペルルカさんにそう言われてひえっと固まる。そんな俺の表情を見てペルルカさんは苦笑した。
「なぜいつもそんなに固まるのだ?ヒロエ相手にはさっきも抱きしめていただろう」
「ヒロエはまだ子供じゃないか。ペルルカさんは、その、そういう相手、だし……」
 するとペルルカさんはふっと笑った。その瞳に愛しいという気持ちがあふれているように見えるのは俺の願望だろうか。
「ちゃんとそういうふうに見てくれているのだな」
 さわりと髪を撫でられる。地球にいた頃はこんなふうに誰かに髪を撫でられることもなかった。新鮮な感覚だ。
 付き合い始めた当初はまだ友達という感覚が拭えなかったけれど、今ではきちんと恋人だと認識している。つもりだ。
 俺はおずおずと彼に手を伸ばすとその逞しい体をゆっくりと抱きしめる。
「壊れ物のように抱くのだな」
 くすりと笑うペルルカさんに俺は力を入れて良いのかな、と思う。
 もちろん俺の力でペルルカさんがどうこうなるなんて思っちゃいない。全力で抱きしめたところで平然としているだろう。
 けれど、それでもこうしてそっと抱きしめるのはもちろん慣れていないのもあるけれど、俺がペルルカさんの心の柔らかいところまで抱きしめたいと思っているからだ。
 ペルルカさんは強いひとだから、俺が代わりに彼の弱いところを抱きしめてあげれたら良い。
 頭を抱き寄せて、その黒鉄のたてがみを撫でる。彼のたてがみは俺が念入りに手入れしているだけあって相変わらずつやつやのさらさらだ。彼は変わらず俺の好きにさせてくれている。身を預けてくれている。
 それがどれだけ凄いことなのか、地球でフラれ続けていた俺は知っている。
 俺にはサクマさんというナビゲーターはいるけれどそれでもサクマさんは俺の恋人じゃない。ちなみにサクマさんは俺とペルルカさんがこういう空気になるとどこかに姿を消してしまう。有能なナビゲーターである。
 人間関係を一からやり直さなければならないこの世界でたまたま出会って、恋人になれた。それはとても凄いことなのだと俺は知っている。
「やっぱり友達にしか思えないんだよね」
 そう言って去っていった女の子たちを俺はたくさん、というほどでもないが知っている。そんな俺にペルルカさんは愛を捧げてくれる。
 そんなひとにどうして心を寄せずにいられるだろうか。
「ペ、ペルルカさん……」
「……」
 俺の意を決した声にペルルカさんは無言で見つめてくる。
 俺はええいままよ!とばかりにそっとそのマズルの先の口先にちゅっとキスをした。
「ど、どうですか!」
 どうもなにもないのだが、勢い余った俺がそう問いかけるとペルルカさんは俺をぎゅうっと抱き締めて最高だ、と囁いた。
「ようやくきみからのキスをもらえた」
 肺の中の空気すべてを押し出されるような強いハグに彼の感激度合いがわかる。そんなに待たせてたのか。申し訳ない。
 それでも俺の亀の歩みに合わせてくれるペルルカさんに深い感謝と彼への愛情が湧き上がってくるのを感じた。


 話は戻るが俺がこの王都に住むにあたってまず行ったのが戸籍の発行だった。
 俺は当然異世界人なのでそんなものなくて、でもこれがないと家を借りることも商売をすることもできないのだ。
 けれどそれを解決してくれたのがペルルカさんだった。
 彼は元王族なので異世界というものが存在することを知っていた。だから話はスムーズに進んだ。
 まず協会に行って異世界人だという認定書をもらって役所で戸籍を発行してもらう。
 異世界人がやってくるのは約百年ぶりだということで役所はざわついたがペルルカさんが一緒だったことで役所もちゃんと信じてくれて手続きは滞りなく済んだ。
 もしこれが俺だけだったらまず教会に行けばいいということすら分からなかったかもしれない。
 サクマさんがその辺は教えてくれたかもしれないが確かではない。サクマさんとて何でも知ってるというわけではないのだ。
 それにやはりペルルカさんの顔パスが強い。地方民ならともかく王都の人たちはワーウルフが服を着て街を歩いていればそれはペルルカさんだと思うらしくその信頼度は計り知れない。
 民に慕われているんだなぁとしみじみ思った。そんな人と出会えて俺は運が良い。
 そしてそんな人に愛されて俺は幸せ者だと思う。
 ヒロエのこともなんだかんだ言って面倒を見てくれるし、何というか、その、家庭ってこんな感じなのかなって。
 そうなるとペルルカさんがお父さんで俺はお母さんでヒロエが子供ということになる。
 まさかお母さんになるとは思っていなかった俺はそれには少し戸惑うけれどそれをペルルカさんに話さしたら彼は一瞬おかあさん?と首を傾げた。
 この世界では男同士で結婚するのが当たり前だ。女の人の役職であるお母さんという言葉が余り浸透していないみたいだった。
 じゃあどう呼び分けているのかと聞けば父親を表す呼び方はお父さんだとかパパだとかダッドだとかたくさんあるらしくてそれを使いわけているそうだ。
 聞いていくと子供を産むのも受け身側が産むとは限らないそうだ。
 セックスをして魔法で受精卵を作って着床させる相手は任意なので挿れる側でも受け身側でもどちらでも良いし極端な話、産むことを商売にしている代理母、この場合代理父になるのか?、みたいな人もいるらしい。
 ペルルカさんも王様がワーウルフとの間に受精卵を作ってそれを王配様に着床させて産ませたらしい。だから王配様は産まれてくるまでペルルカさんが魔物との子供だと知らずに産まされたそうだ。それを思えば王配様がペルルカさんを嫌って実子の第二王子と第三王子を可愛がったのもその気持ちは分からないでもない。
 ただ、罪があるとすればそれは王様にであってペルルカさんには無い。ペルルカさんだって愛されるために生まれてきたはずなのだ。
 ペルルカさんは王様にはそれなりに気にかけてもらっていたようだ。けれどあくまで戦力として見られていたというのがペルルカさんの見解だ。
 実際は知らない。王様が王様なりにペルルカさんを愛していたかどうかなんて俺にはわからない。でも少しは思いがあったら良いなというのが俺の願いだ。
 ペルルカさんはお前は優しいなと苦笑するけれどそれは甘いなと言われているように聞こえる。
 ペルルカさんの思う通り俺は甘いのだろう。今までただのサラリーマンだった男だ。しかも万年平社員。出世していく同僚に対しても嫉妬や競争心に駆られるようなこともなく生きてきた。普通が一番で生きてきたのだ。
 そんな俺は謀略渦巻く王宮で生きてきたペルルカさんからすれば優しいを通り越して甘ちゃんもいいところなのだろう。
 けれどこれが俺だったし、そんな俺をペルルカさんは愛してくれていると信じている。
 そして出来たら俺の甘さがペルルカさんの癒しになれば良いなと思う。
 愛して愛されて。俺の中のペルルカさんへの想いはまだ愛と呼ぶには恥ずかしいレベルだけど、いつかはそんな関係になれれば良いと思う。


 今日はペルルカさんを騎士団に送り出してからヒロエを連れてアイテムショップに納品に向かった。
 昨日の売り上げを貰って、各種ドロップスを納品する。今日も売り切れますように。
 次にギルドにも向かってギルドにはメロンとスモモのドロップスを卸している。俺の作るスモモドロップスは強度の高い武器が生成できてメロンドロップスは強い幻獣が召喚できると評判でギルドではもう少し納品数を増やせないかと相談を受けている。
 もう少しくらいは増やしても良いかなとは思っているが今のところお金には困っていないので考えておきますねーと話をはぐらかしている。
 ヒロエのことは知り合いの子を預かっていることにしている。角隠しに帽子をいつも目ぶかに被って俯いているので愛想のない子だと思われているっぽい。
 俺はそれをどうにかしたくて教会を訪れた。
「こんにちは、コウ様」
 出迎えてくれたのは司祭のユリアさんだ。忙しいはずなのに俺が行くと必ず時間を作ってくれる。
「今日はどうなさいましたか?」
「ちょっと奥の部屋を借りたいんだけど良いかな」
「ええ、お茶をお持ちしますね」
「あ、いいよ、ちょっと用があるだけだから」
「そうですか?」
 ユリアさんが残念そうな顔をする。
「じゃあ、用が済んだら呼ぶからそうしたら一緒にお茶しませんか?」
 俺がそう誘うと彼女は嬉しそうに笑ってではお声をかけてくださいね、と俺たちを小部屋に案内して去っていった。
「コウにいちゃん、ここで何するの?」
 ヒロエがキョトンとした声で俺を見上げてくる。
「まあ見てな。成功するかわかんないけど……。サクマさん」
「はいな!」
 赤いドレスを翻してサクマさんが俺の前にやってくる。
「神様と話がしたいんだけどできるかな」
「ちょっと待っててくださいね」
 サクマさんがうーん、と唸るとぽんっと弾けて目の前に男の人が現れた。
 相変わらずの猛禽類のような顔をした男は執事服で決めていた。
「どうかしたかい、私のバンビーノ」
「あの、相談があって」
「何でも言ってごらん。私が叶えてあげよう」
 どこまで本気なのかわからないが今日ばかりはこの人の俺への寵愛を利用させてもらおう。
「このヒロエなんですけど、角を消す魔法とかないですか?」
 ヒロエはぽかんと神様を見上げている。何が起こっているのかもよくわかっていない感じだ。
「鬼族の子だね。角を消すことはできるよ。ただし角は鬼族にとって力の源だ。それを消すということはどういうことかわかるかい?」
「……弱体化?」
「そういうこと」
「だ。駄目だ!」
 ヒロエがばっと手で角を隠す。
「弱くなったらコウにいちゃんを守れなくなっちゃう!」
「ヒロエ……」
「それに角の存在は鬼族にとって存在意義みたいなものだしねえ」
 うーん、と神様は少し考えたあと、じゃあこうしよう、と言った。
「角を見えなくする魔法を作ってあげよう。それなら良いんじゃないかな」
「見えなくする?」
「そう。魔法が解けるまでずっと見えない。ただし触ればそこに角があるとわかるから触られたらアウトだけどね。それでよければ授けてあげるよ」
「ヒロエ、それなら良いかな?」
「見えなくなるだけ?無くならない?」
「そう、見えなくなるだけ」
 ヒロエはそろそろと額から手を離してじゃあいいよ、と言った。
「じゃあそれでお願いします」
 すると神様はじゃあ対価をもらうね、と言ってきた。へ?対価?
「そりゃあそうだろう?新しい魔法を作ってあげるんだからお礼は貰わないと」
「えっと、食べ物を備えればいいですか?」
 前にサクマさんが神様には食べ物が一番いいと聞いた覚えがある。
 しかし神様はちっちっち、と立てた人差し指を左右に振ってキスひとつだね、とのたまった。
「キ、キス?!」
「それくらい貰わないと。ね?私の可愛いバンビーノ」
 うう、と思ったが背に腹は代えられない。キスならペルルカさんとの特訓で慣れてきたところだ。一回くらい大丈夫だろう。
「わ、わかりました」
 俺の言葉に神様はにっこりと笑った。
「交渉成立。ではまず対価をいただくよ」
 ぐいっと引き寄せられたかと思ったらあっという間に口付けられていた。
「んっ」
 唇を割ってぬろりと入ってきた感触にびっくりして目を見開く。舌だ、と理解して顔を背けようとしてもがっちりと頭を固定されていて背けられない。
「ん、ふ……」
 生ぬるい舌はぐるりと俺の口の中を舐め回すとありがたいことにすぐ出ていってくれた。
「は……」
「まあ対価としてはこれくらいにしておくかな」
 ちゅっとおまけのように唇をついばまれて神様が俺の額にとんと指を当てた。
 途端にふわっと頭の中に呪文が浮かぶ。
「これが呪文。効果はだいたい丸一日で消えるから朝目が覚めたらかけてやると良い」
「は、はい。ありがとうございます、神様」
「また何かあったら呼ぶんだよ。きみのために馳せ参じよう」
 じゃあね、と神様は俺の額にキスを落とすとぽんっと弾けて消えて、そこには目をぱしぱしとさているサクマさんがいた。
「よし、じゃあヒロエ、魔法を試してみよう?」
 ヒロエを振り返ると、何故かヒロエは不機嫌そうに俺を見ていた。えっと、やっぱり子供の前でキスシーンはよくなかったかな……。
「えっとね、あれは魔法を授けてもらうために仕方なく……」
 しどろもどろに説明という名の言い訳を始めるとわかってる、とヒロエはぎゅっと拳を握った。
「俺のせいだってわかってる。だから俺は何も言えないんだ」
「ヒロエ……ヒロエは悪くないよ。俺が勝手にヒロエを助けたいって思っただけなんだ。だから気にしなくて良いんだよ」
 それより、と俺はヒロエの前に膝をついてその手を握った。
「この魔法をかけるとヒロエはもうこんな大きな帽子を被らなくても良くなる。それが俺は嬉しい。おひさまの光をたくさん浴びて街を歩けるよ」
「コウにいちゃん……!」
「だから、魔法をかけるね」
「うんっ……!」
 唇をへの字に曲げて頷くヒロエに覚えたての呪文を唱える。
 するとヒロエの体の輪郭がぽうっと淡く光ってそれが収まると角は見えなくなっていた。
「見えない?」
「うん、見えない。あ、でも触るとちゃんとあるね」
 額に手を当ててみるとちゃんとそこには角があった。
「ほんとだ。ちゃんとある」
 ほっとしたように表情を和らげるヒロエを抱き寄せて、俺はその背をぽんぽんと叩いた。
「ヒロエ、不自由をかけるけど一緒に頑張っていこうね」
「うんっ」
 ヒロエもまた俺を抱き返してくれる。
「大好きだよ、コウにいちゃん」
「俺もヒロエが大好きだよ」
 笑い合って、俺たちはユリアさんの元へ向かった。


「コウにいちゃん、神様とキスしてたよ」
 ペルルカさんが帰ってくるなりヒロエはそうペルルカさんに報告した。
 ンゴフッと思わず飲んでいた紅茶を吹き出した俺は口元を拭いながらヒロエ!と声を上げた。
「どういうことかな?コウ?」
 にこっと笑うペルルカさんが怖い。
 俺は今日あったことを正直に洗いざらいペルルカさんに報告した。
「そうか、だからヒロエに角がなかったんだな。まあ、うん、あー」
 ペルルカさんは何かに悩むように唸って深い皺の刻まれた眉間を指先で揉んだ。
「こればっかりは神にしか解決できない問題だ。私では力になれなかった。だから仕方のないことなのだが……」
 はあ、とため息を吐いてペルルカさんは俺を抱き寄せた。
「神に嫉妬している」
「ごめんなさい」
「ねえねえ」
 ぴょこっとヒロエが俺たちの間に割って入る。
「俺もコウにいちゃんとキスしたい」
「え?」
「駄目だ」
 きょとんとした俺と即拒否したペルルカさん。ヒロエは不満げに唇を尖らせた。
「どうして?俺だってコウにいちゃんが好きだよ」
「これは恋人同士がするものだ」
「神様は恋人?」
「それは例外だ」
「じゃあ俺も恋人になる!だからコウにいちゃんとキスする!」
 ぐいっとヒロエが背伸びをして俺にぷちゅっとキスをした。あ!とペルルカさんが声を上げている。
 途端、ふわっと全身から何かが吸い取られるような感覚がした。え、と思うと目の前のヒロエがぐんぐん大きく育っている。
「コウ!」
 ペルルカさんが俺とヒロエを引き剥がす。
 引き剥がされた衝撃でラグの上に尻もちをついたヒロエはきょとんとしながら己の両手を見ていた。
 そこには、すらりとした肢体を持つ美しい青年がいた。
「そうか、ヒロエは鬼族の成体だったのだ。それが今までは栄養が足りてなかったから幼体のまま魔力消費を最低限にしていたのだろう。そしていま、無意識にコウから魔力を奪った。そのために本来の姿になったのだ」
 ペルルカさんの説明もそこそこに俺はヒロエを見つめて指をさす。
「……本当にヒロエ?」
 青年はにぱっと笑う。
「俺、大きくなったよコウにいちゃん!俺も恋人にして!」
「エー!?」
 思わず仰け反った俺の隣でペルルカさんが頭を抱えていた。


鬼の子編、完
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