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飴玉でハーレム作ろうとしたら男しか寄ってこない(異世界転移編)
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俺の名前は三越航。みつこしわたると読む。誕生日は十二月二十五日の二十八歳。お察しの通り幼少期は誕生日プレゼントとクリスマスプレゼントは一緒にされて損な気分を味わってきた。
ちなみに独身。彼女なし。彼女がいたことはあるがすぐに「航君ってどっちかっていうと友達なんだよねえ」と言われて去っていくのがお決まりパターン。かなしい。
顔面偏差値は普通だと思うし性格も悪くはないと思う。けれど世の中の女の人は俺に微笑んでくれないのだ。もう一度言う。かなしい。
でもまあ実家の親父もお袋もそうせこせこと嫁はまだかだの孫の顔が見たいだの言ってこないので気は楽だ。
……裏を返せば期待されていないということかもしれないがその事実からは目を背けるとする。俺平均。悪くはないはず。
まあそんな俺もフツーのサラリーマンだ。東京とかじゃなくて名古屋の。名古屋だって十分都会だぞ、と思うがそういうことを思う時点で東京に負けているのだと思う。
流石に実家は出ていて、名古屋駅から数駅行ったところにアパートを借りて住んでいる。
実家からだと名古屋まで一時間ほどかかるのだ。しかも電車の本数も少ない。
朝ちょっと油断して電車を一本逃せば即遅刻なんてこともあり得るため本数の多い今の場所に住んでいる。駅から徒歩十分だし途中にはコンビニもスーパーもある。とても住みよい場所だ。
さて、そんなこんなで今朝も元気に出勤しますか。
俺はちょっとくたびれてきたスーツを着て紺色に銀のラインの入ったネクタイを締める。赤とかも持ってはいるがどうしても紺色を選んでしまう。会社の女性社員に地味だとヒソヒソされているのを知っているが俺の好みだ、好きにさせてくれ。
ああこういうところがモテない原因なんだろうなあと思いながらも媚びるつもりはないのだ。
鞄を背負ってアパートを出る。鍵を締めてポケットに落としながら大通りに出ると同じように出勤というていの男の人を見つけた。
いつも一緒の電車に乗る男の人だ。名前も知らない。多分向こうも同じことを思っているのだろう。一瞬視線が絡んだけれどそらされた。
別にいいもんね!俺だって無視しちゃうもんね!
なんて子供じみたことを思いながら駅に向かい、改札にICカード入りの財布をタッチしてホームに行く。
この時間は急行が一本来て、その次に俺が乗る電車が来る。まだ急行も来ていない。よし、余裕到着。
車両番号の描かれた場所に立って、ふと隣を見る。
隣の車両番号の前にはベビーカーを手に片手でスマートフォンを操作している女の人の姿があった。
その隣には二歳か三歳くらいの男の子が日曜日の朝からやっているなんとかレンジャーのソフビキットを振り回して遊んでいる。
何気ない朝の風景だった。
けれど、なんだかその親子が気になってじっと見てしまった。
母親はスマートフォンに夢中。子供はソフビに夢中。
急行列車が通過するアナウンスが入る。一回、二回。
子供が腕を振り回して大きく線路の方に身体を傾け、たたらを踏んで脚を滑らせる。
あ、と思ったときにはもう子供は線路に落ちていた。母親が気づいて子供の名を叫ぶ。
「非常停止ボタン押して!」
俺はとっさに後ろに並んでいた人に向かって叫ぶと線路に降りた。
落ちた衝撃で泣き叫ぶ子供を抱き上げてはやく引き上げて!と目の前にいた男の人に子供を差し出す。あの名前も知らない男の人だった。
男の人がしっかりと子供を抱え上げたのを見てほっとして。
警笛が耳につんざくように響いているのに気づいた。
はっとしてそちらを見たら目の前にはもう列車が来ていて。
俺は急行列車に轢かれて死んだ。
はずだった。
目が覚めると豪奢な天蓋付きのベッドの上にいた。
真っ白い部屋に真っ白なテーブルに椅子にベッド。ちょっと目が痛い。
むくりと起き上がってみて、シーツがずれて初めて俺は自分が素っ裸で寝ていることに気づいた。え、なに。
「お目覚めかな」
「うわああ!」
背後から声がして叫び声を上げて振り返ると、そこにはひとりの男の人が立っていた。
年の頃は五十代中頃だろうか。金髪碧眼のその人は長い髪を右側で束ねて前に垂らしている。服装は映画で見る英国執事そのものだ。
「あ、あんた誰。ていうかここどこ。俺の服は?」
「質問が多いな」
彼は可笑しそうに笑ってかつかつと革靴を鳴らしてベッドの周りを回って俺の正面に立った。
「まず私が誰か。私はきみの知識で言うところの神だ」
「……へえ」
「なんの感慨もない小馬鹿にしたような返事をありがとう」
「いや、だってほら、ふつう、なあ?」
神様ですとかそんなこと言われてもどう反応して良いのかわからないのが大半の人だろう。
「まあきみが信じるか信じないかはどうでもいい。それが事実なのだから。そしてここは私の作った仮の部屋だ。きみが次の世界に行くための準備の部屋とも言える」
「次の世界?やっぱり俺死んだの?」
「まあ待ちなさい。次はきみの服についてだ」
チチッと彼は立てた人差し指をきざに左右に振って俺の問いを遮った。
「きみの服はぼろぼろになってしまったから私が処分した。次の世界の服とも合わないしね。そしてまずはきみの生死。これは死んだ。地球での命はきみはもう尽きてしまった」
「そっか……あの子、無事だと良いな」
「安心しなさい。きみが助けた少年はきみの分も長生きできるよう私が取り計らっておいた。大病もなく天寿を全うするだろう」
「それならよかった」
ほっと息を吐くと自称神様はふっと目を細めて笑った。
「きみは他人の幸せが願える子なんだね」
「そりゃ人間誰だって幸せがいいだろ」
「それができない子が最近多くてね。困ったものだよ」
彼はやれやれと大仰なまでの仕草で肩をすくめたあと、それでだ、と小首を傾げて笑った。
「きみが新しく過ごす世界なんだけれどね」
「ええと、いわゆる異世界転生ってやつですか」
「ううんと。私はそういう定義はどうでもいいと思ってるから言い方は何でも良いんだけど、生まれ変わるんじゃなくてその姿、知識のままきみは新しい世界へ行ってもらう」
「え!言葉とかは?職は?文化は?!」
「その世界はシグルド・ルンドという大陸を中心とした国々なんだけれどね。言葉は日本語と同じ言葉が共通語だよ。職は自分で探せば良い。文化はまあ、きみが好きで読んでいる異世界転生ものの世界とそう大差ないさ。魔法もあれば魔物もいる。王がいればギルドもある。好きにしたら良い」
「好きにって言われても……」
今一つピンとこなくてはえーと口を開くばかりだ。
「きみは魔力増強タイプにしておいたから魔道士やテイマー、薬剤師なども良いかもしれないね」
そこで彼がぱちんと指を鳴らした。
「おわっ」
すると一瞬で俺は村人風の服をまとっていてそろそろとベッドから降りる。靴も用意してあった。
「生前善きことをしたきみには私からのギフトを授けよう。左手を」
「……」
恐る恐る差し出すとそんな俺に彼はくすりと笑ってその手を取ると手の中心に人差し指を立ててくるっと円を描いた。少しくすぐったい。
ふわ、と左手が温かくなる。気持ちがいい。なんだろう、と思っているとそれはすぐに治まった。
「ドロップスオープン、と唱えてみなさい」
「え、ド、ドロップスオープン?」
すると俺の左手の中心に直径三センチほどの孔がぽっかりと開いた!なんだこれ!
「イチゴ、と唱えてごらん」
「イ、イチゴ」
そして神様は俺の右手を掴むとその手のひらの上に左手を傾けた。
ころん、と孔から赤色のドロップスが転がり落ちてくる。え、ほんとにイチゴドロップスが出てきた。
「……で?」
「おやおや胡散臭いものを見る目だなぁ。これは特殊効果を持った飴玉だよ。このイチゴなら身体強化。他にもいろいろあってレモンなら魔力強化、パインなら体力回復、オレンジなら魔力回復、他にも……」
「待って待って待って!覚えられん!メモちょうだい!」
俺が待ったをかけると彼は仕方ないなあと言わんばかりにため息を吐いてまたぱちんと指を鳴らした。
すると赤いきらきらとした輝きが一筋どこからともなくやってきてぱんっと弾けた。
「お呼びですか?」
それは手のひらサイズの愛らしい女の子だった。長い赤髪を左右の三つ編みにして垂らしていて、その背中にトンボのような羽が生えている。頬にはそばかすが散っている。それもまた彼女の愛らしさを引き出していた。服装もひらひらとした、なんというか俺の語彙では可愛いとしか言いようがない服を着ている。あ、そうだ、バレエのチュチュだ。そんな感じの服。
え、これピクシーとかいうやつ?
「この子のサポートをしてあげておくれ。この子は新しい世界では赤ん坊も同然だからね」
「アイアイサー!」
びしっと敬礼するさまは可愛らしいの一言である。
「マスター、よろしくお願いしますね!」
「えっと、よろしく。君の名前は?」
「名前はまだありません!好きに呼んでください」
名前、名前かあ。
「じゃあサクマさんで」
「サクマですか?了解です。ちなみにどんな意味があるんですか?」
「え、ドロップスって言ったらこの名前かなって。代表みたいな名前じゃん」
するとサクマさんは代表……とどこかうっとりした顔になってやがてきりっとわかりました!と敬礼してきた。
「このサクマ!精一杯マスターのお役に立ちます!」
「あ、ありがとう」
「ちなみにそのドロップスはシグマドロップスと言って新しい世界でのいわゆる回復薬に当たる。きみのは純度が高いからお金に困ったら売るといいよ。ただし、あまりほいほい安くは売らないように。価値が下がるし何よりきみが利用される可能性がある」
「利用、ですか」
ピンとこなくて首を傾げると、そう、と彼は俺に顔を寄せて囁いた。顔が近い。ちょっと仰け反る。
「手のひらから回復薬がぽんぽん出せる人間がいるとわかったら……そうだね、例えばきみが悪徳商人だったらどうする?」
そうか、そういうこともありうるのだ。回復薬製造機みたいな扱いをされてもおかしくないのだ。これは気をつけないと。
「サクマに小瓶を渡しておくからいくつか予めその中に入れておくと良い。手のひらから出すところはできるだけ人には見られないように」
「は、はい」
「あと、サクマは私の使いだからなにか困ったら教会に行きなさい。サクマを見れば大抵の聖職者はきみが私の寵愛を受けた者だと気づくし私ともサクマを介して話すことができる」
「あ、えっと……頼っても、良いんですか?」
すると彼はにこっと笑って頼ってくれて良いんだよ、と言った。
「きみみたいな子は好きだし、私は贔屓が大好きなんだ」
神様って。
ちょっと思うところはあるがいざという時に頼りになる。俺はありがとうございます、と礼を言って靴を履いた。何かの革でできたしっかりとした靴だった。
「俺みたいなのって結構いたりするんですか?」
神様はうーんと腕を組んで考えると最近はいないね、と苦笑した。
「私が気にいる子がいないんだよねぇ。だからきみみたいなのは向こうではモテモテだと思うよ」
モテモテ、の一言にぴくりと反応する。
「ま、マジですか……!」
「そりゃあ神の加護ありなんて優良物件見逃すわけないよ。それにあちらでは優しい人こそモテるからね。きみみたいなのは入れ食いだね」
「い、入れ食い……!」
ようやく俺にも春が……?!
「ハーレムとかできちゃったりして」
「ハーレム?!」
「あちらは結婚は必ずしも二人じゃなきゃならないわけじゃないからね。妾も当たり前だし」
なにその素晴らしい制度。いやふたりで、お互いだけでするのが当たり前の俺からしたらそれは逆にもやもやとする制度ではないか?だって自分の好きな人が自分以外も好きなんだぞ?嫌じゃないか?
けれど神様はそんな俺の心を読んだようにからからと笑った。
「まあその辺は当人同士で話し合えばいいよ。多重婚が出来るってだけでどうしてもしなくちゃならないってわけじゃないんだからさ」
「はい……」
「まあまずきみは新しい世界に慣れて相手を探すところからだけどね」
「それもそうっすね」
でもハーレム作れるなら作ってみたい。だって男のロマンだよな。
俺はモテるって神様が太鼓判押してくれたくらいだし、見た目重視の世界ではないのだろう。優しいのがいいそうだ。そして加護アリ。これ大きいんだろうな。
まあ、とにかく一度は死んでしまったのだ。新たな世界を用意してくれるというのならそこでやっていくしか無い。
新しい世界まで案内してもらって、その上加護までくれるってんだからきっと俺は運が良いんだろう。
「あとこれを」
渡されたのは革でできたベージュ色のショルダーバッグだった。
「サクマに渡した小瓶は向こうについたら中身を満たしてこの中に入れておきなさい。当面の金も入れておいた」
「何から何までありがとうございます」
「言っただろう?私は贔屓が大好きなんだ。さあ、準備はできたかな。あちらに送るよ」
「はい」
とん、と額を指で突かれたと思ったら一瞬意識が遠ざかり、はっとしたときにはどこかの森の中にいた。
神様が金髪碧眼だということは覚えているのに、鼻筋がどうだったかだとか、目は切れ長だったかだとか、そういう細かいところは全然覚えていないことに気づいて一瞬あれは夢だったのでは、と自分の身を見回してみる。
村人風の衣装、ベージュ色のショルダーバッグ、そして。
「ここはシグルド・ルンドの南の方にあるルージュの森ですね」
サクマさんがしっかり存在して小瓶を抱えてぱたぱたと俺の周りを飛び回りながらあたりを見渡していた。
「ちょっと暑い地方ですけど北のノワールだと凍死することもあるのでまだマシかと」
南でルージュ、北でノワール。ということは。
「東にブルっていう森があって西にブランっていう森があるの?」
「惜しい!東にあるのはブルという山岳地帯で西にはブランっていう大きな湖があります」
「へえ。じゃあシグルド・ロンドの首都はジョーヌとか?」
「凄いです!よくわかりましたね!」
日本語が共通語って言ってたのに至るところにフランス語!しかも東西南北中央の色の概念て中国発祥じゃなかったか?畜生!まあこれくらいならわかるから良いけどさ!
「マスター、まずはドロップスを小瓶に詰めませんか?」
「あ、そうだった。まずどんなドロップスがあるの?何種類?」
「ドロップスは全部で八種類あります。イチゴが身体強化、レモンが魔力強化、パインが体力回復、オレンジが魔力回復、リンゴがステータス異常回復、スモモが武器錬成、メロンが幻獣召喚、ハッカが死者蘇生、ただしこれは死んで五日以内になります。ちなみに今言った順に貴重になっていきます。イチゴ、レモン、パイン、オレンジ、リンゴは普通のアイテムショップや薬屋で取り扱ってますが甲乙丙とランクがあります。当然、甲のほうが丙より遥かに高いです。スモモ、メロンはギルドで手に入ります。イチゴとかより遥かに高価です。これにも甲乙丙があってラングが高ければ高いほど強い武器、強い幻獣を召喚できます。イチゴ、レモン、スモモ、メロンは舐めている間だけの効果になるので注意が必要です。いかに長く舐め続けるかが勝利の鍵です。ハッカは教会の聖職者じゃないと普通は作れないです。しかも一粒作るのに一ヶ月近くかけるのでめちゃくちゃ高価で希少です。高価な上に購入に審査が入ります。その者が本当に生き返らせるのに値するのか、が議論されます。これに丸一日かかるので教会から遠いところで死んじゃったりすると仲間が連れて行くだけ時間の無駄と判断してそのまま捨て置かれたりとかもあります」
「シビアだなあ。いや、生き返るチャンスがあるだけ良いのか」
「なのでイチゴ、レモン、パイン、オレンジ、リンゴ、スモモをメインに出しておいて他は一粒ずつくらいあれば十分じゃないですかね。マスターのドロップスは甲より質のいいレジェンドランクですからメロンなんてこんな森の中で幻獣召喚したら、例えばそれが炎属性だったとして焼け野原ですよ」
「ひえ。気をつけよう」
そして俺はドロップスオープンと唱えてひたすらドロップスをころころと小瓶に詰めていったのだった。
ドロップスでいっぱいになった小瓶をショルダーバッグに入れて森の中を歩きだした。
「こっちでいいの?」
「はい、まずは森を抜けて近くの村に向かいましょう。ここからならアプリコットという村が近いです」
「……アプリコットが名産なの?」
「そうです。昔からアプリコット栽培が盛んなので何百年か前に村の名前もアプリコットに変わったそうです」
「ねえ、この世界ってあの神様が作ったの?」
「そうですよ。先にマスターが元々いた世界をお創りになったのですがあの世界は面白みがないと言って関わらないようになられてしまって。その代わりにこの世界をお創りになられました」
「他にも食べ物の名前の街とか村ってあるの?」
「少数民族はともかく、シグルド・ルンドの街や村は大抵が食べ物の名前ですね」
「あの神様、食いしん坊?」
「お供えには新鮮な食べ物や珍しい食べ物を供えると加護をくれやすくなるとかならないとか言われてますね」
そうか、この世界はあの神様のおもちゃ箱なのだ。俺が元々いた世界はきっと彼を失望させてしまったのだろう。だからこの世界を創ったのだ。
「……俺、せめて失望はさせないような生き方をしないとな」
「マスターはお優しいですね」
「いやいや、俺がモテるって聞いてハーレム作りてーとか思ってる俗物だよ」
するとサクマさんはマスターならできますよ!と励ましてくれた。
「マスターは加護持ちですし何よりお優しいです。絶対にモテると思います!向こうが放っておきませんよ!」
「そ、そうかな……」
えへへ、と笑うとその笑顔もポイント高いです!とサクマさんがおだててくれる。
「ありがとう、サクマさん」
「さあ、さくさくと進みましょう、マスター」
「あ、はい」
俺はサクマさんに促されて先を急いだのだった。
どれほど歩いただろうか。マスター、とサクマさんの緊張した声がして足を止めた。
「この先に生体反応があります。魔物のような人のような……かなり弱っているようです」
魔物なら避けて通るべきだが人なら放っておけない。俺は用心のためにスモモのドロップスを手にそちらの方へと歩いていった。
「え……」
倒れていたのは、人狼と言うべきだろうか、人の形をしていたが頭は狼のそれだった。
「ワーウルフ!」
サクマさんが声を上げる。人狼で良かったらしい。
人狼、ワーウルフが身につけている服はボロボロだったがそれでも高貴そうなものだった。
「サクマさん、パインのドロップスってこういう場合効く?」
「はい、大丈夫です。ですがワーウルフとなるとマスターに危険が及ぶかも……」
「見捨てるわけには行かないだろ!」
俺はスモモのドロップスを小瓶に戻して代わりにパインのドロップスを取り出して恐る恐るワーウルフの、多分男の人だと思う、の肩を揺らした。
「おい、生きてるか、パインドロップス食べれるか?」
「う……」
薄っすらとその切れ長の瞳が開いて銀の瞳が俺を見た。
顎が震えてその口を開けるワーウルフの口の中にパインドロップスを入れて口を閉じさせた。
「サクマさん、メロンでワイバーンって召喚できる?」
「できますよ」
「乗ったりとかできる?俺が担いで森を出るのは無理そうだからワイバーン召喚して乗って行けばいいかなって思ったんだけど」
するとサクマさんはそれが良いですね、と同意してくれた。
俺はメロンドロップスを取り出して舐める。
「イメージするだけで大丈夫ですよ」
サクマさんの言葉に助けられて俺は頭の中でワイバーンを思い描いた。
大きな、男二人が乗っても大丈夫なくらいのワイバーンを。
ヴン、と辺りに緑色の魔法陣が描かれてめきめきとあたりの木々を倒しながら大きなワイバーンが現れた。
「すっげ……」
「マスター、この子がいてくれるのはドロップスを舐めている間だけですよ、急いで!」
「そうだった!」
同時にイチゴを舐めて身体強化をしてワーウルフの人をワイバーンの上に乗せる。
そして俺も乗るとワイバーンはばさりと空高く舞い上がった。
「怖ええ!」
眼下に広大な森が広がる。おい、これ抜けるのに何日かかるんだよ。はじめからこうしてればよかった。
「大丈夫です、ワイバーンの周りには結界があって風などの影響は受けません。落ちないようにワイバーンもバランスを取ってくれてますから」
「そ、そうなの。でもこわい」
サクマさんとそんなことを話しているとワーウルフの人が頭を持ち上げた。パインドロップスの効果が出てきたようだ。
「お前は……」
低音の耳障りの良い声がした。うわ、イケボってこういうことを言うんだな。
「あ、目が覚めた?もうすぐアプリコットっていう村に着くからさ、ゆっくりしててよ」
「アプリコット……そうか、そんなところまで来ていたのか……」
「マスター、あれです、あの村です」
「あ、ほら、見えてきたよ」
ここから見ると小さな村だ。村から森に向かって整備された木々が生えている。あれらがアプリコットの樹だろうか。
村の入口に降り立って、ワーウルフの人に肩を貸して地面に立たせるとメロンドロップスを噛み砕いた。するとワイバーンはすうっと消えていく。
村人が何人も入り口に集まっている。何事かと思っているのだろう。
「すみませーん、けが人がいるんですが宿屋とかありますかー?!」
遠巻きにしている村人に向かって叫ぶと、その中のひとりの男の人がマルと大きくサインを出した。宿屋があるらしい。
「歩けますか?」
すると彼は一人で歩き始めた。本当にもう大丈夫のようだ。
「ああ、もうだいぶ楽になった。お前のパインドロップスの効果は凄いな」
「えっと、手持ちで一番いいやつ使ったんで」
「そうか。貴重なメロンまで使わせてすまない。必ず弁償する」
「いやいやいや、大丈夫、命には替えられないから」
ね、と笑うと彼はまじまじと俺の顔を見下ろして、そうか、とふっと笑った。うん、多分笑ったんだと思う。俺のワーウルフ表情判別レベルが低いせいで良くわからないけれど多分笑ったんだと思われる。
「お前は加護持ちなのか」
「え?わかるんですか?」
「神の使徒を連れているからな」
「マスター、司祭や貴族などの位の高い人やレベルの高い人は私が見えるんですよ」
「へえ。そうです、加護持ちです」
ドロップスが出せることは秘密にしたほうが良いと言われたが加護持ちであることは隠すように言われていなかったのでまあ良いのだろうと判断してそう答えるとそうか、と彼はうなずいた。
村に入るとワーウルフさんが懐から印籠のようなものを取り出してそれを村人に見せた。途端、ざわつく村人たち。え、なになに。このワーウルフさん、偉い人なの?
「宿を借りたいが空きはあるか。あと服がこのざまでな。なにか代わりの服が欲しい。あと食事も頼む」
「かしこまりました!宿屋はこちらです!」
ざわざわとしている中を平然とした顔で案内されているワーウルフさん。本当に何者?
とりあえず宿屋に着いてそれぞれ二階の部屋に案内された。大部屋かと思ったけれどワーウルフさんに気を遣ったのかな、個室だった。
ルージュの森は湿度が高かったので体がベタついている。俺も着替え頼めばよかったかな、と思って部屋を出るとさっきの案内してくれた男の人がちょうど隣の部屋から出てきたところだった。
「すみません、俺も着替えをもらえますか?お金は払いますので……」
すると男の人は右隣の建物が洋服屋だよ、と教えてくれた。
「あ、じゃあ自分で行きます。ありがとうございます」
「でんかには俺からあなたが隣に行ったことを伝えておくよ」
「ありがとうございます」
にこっと笑いかけて階段を降りながらん?と思う。でんか?ワーウルフさんの名前だろうか。
そんなことを思いながら宿屋を出て隣の洋服屋に行く。
「すみません、衣類一式そろえたいんですけど」
「おや、でんかと一緒に来た人じゃないか。いいよ、選んであげる」
白髪交じりの男の人がにこにこと近づいてきて、これなんてどうかな、といくつかの服を見せてくれた。
俺はこの世界のファッションセンスはよくわからないのでいま着ているものと似ている服と大きめのリュックを選んで銀貨一枚と銅貨三枚を支払った。サクマさんいわくこの世界での通貨はリゼンタというらしい。リゼンタ金貨、銀貨、銅貨が基本通貨だそうだ。首都に行けば紙幣もあるそうだが地方には浸透していないらしい。
でもまあわかりやすくいて良い。ショルダーバッグの中の小銭入れには金貨もそこそこの枚数入っていたので見せないように銀貨と銅貨を出した。
タグを切ってもらって宿屋に戻る。するとでんかさんが首からタオルを掛けて新しい服で階段を登っているところだった。黒鉄のたてがみがつやつやとしていてきれいだ。
「服を買いに行っていたのか。私の分と一緒に頼めばよかったな」
「いえ、自分で選びたかったので。お風呂上がりですか?」
「ああ、お前も入ってくると良い。そうしたら一緒に食事をしよう。私は左隣の部屋にいるから風呂から出たら呼びに来てくれ」
「わかりました」
「ゆっくりでいいからな」
「はい。ありがとうございます」
ぺこりとお辞儀をすると彼はまたふっと多分笑って部屋に戻っていった。
俺も荷物を置いて着替えを手に階下に降りると受付でタオルを借りれるか聞いてみた。
風呂に無料で置いてあるそうで、よかった、と思って風呂場に行った。
風呂場は誰もいなくて脱衣かごに服を脱ごうとしてはっとした。
「サ、サクマさん、あっち見てて!それかちょっと離れてて!」
「なぜですか?」
「え、だってそりゃ、女の子に見せるわけには……」
するとサクマさんはきょとんとしてこう言った。
「私、オスですけど」
オスですけどーオスですけどーエコー。
「マジで?!」
「ええ、まあ神の使徒に性別ってあんまり関係ないんですけど意識はオスです」
「マジかー」
がっくりとする。可愛い女の子が案内人でラッキーとか思ってたのに。
「え、マスター、私なにかしました?オスだとダメでした?」
「あ、いや、勝手に勘違いしてただけだから……ほら、サクマさんすごく可愛いから勝手に女の子なんだろうなって」
するとサクマさんはぽっと頬を赤くして嬉しそうに身体をもじもじさせ始めた
「可愛いだなんてそんな!ありがとうございますマスター!」
「ははは……」
俺はなんとも言えない気分で風呂に入ったのだった。
風呂から出て俺も濡れ髪でタオルを首から引っ掛けてでんかさんの部屋をノックした。
「ああ、出たか」
するとでんかさんのたてがみはふわさらに乾いていてブラシもかけたのかつやつや度が増していた。ドライヤーのたぐいは見当たらなかったので魔法で乾かしたのだろうか。俺も早く魔法を覚えないと。
「食事に行こう」
「はい」
また階下に降りて食堂に向かった。ざわっと食堂が静まり返り視線がこちらに集まる。うう、居心地悪い。
けれどでんかさんは平然としてカウンターで何品か注文してお前は?と聞いてきた。
「あ、俺は今日のおまかせ定食で」
「それだけでいいのか」
「はい、そんなに胃袋大きくないんですよ」
「そうか。あちらの席にしよう」
でんかさんは一番奥の席に向かい、俺も向かいに座った。
「お前は異世界から来たのか?」
開口一番のそれにぎくりとする。なぜそれを知っているのだろうか。
「ああすまない、まずは私の自己紹介からだな。助けてもらっておいて名前すら名乗っていなかった。失礼をした」
「あ、いえ、こちらもまだ名乗ってなかったのでお互い様です」
「私はシグルド王国第一王子、ペルルカ・シグルド・ルンドだ」
「……え?お、王子様?!」
「マスター、気づいていたんじゃないんですか?」
きょとりとしたサクマさんの言葉にいやいやいやと首を横に振る。
「だってでんかさんって呼ばれて、あ、でんかって、殿下、あ、あー!」
恥ずかしい!なんでその可能性に気づかなかったのだろう。いかにも王族な印籠持ってて周りから殿下って呼ばれてたらそりゃ王子様だよ!
「気づかなくて本当に申し訳ありませんでした……」
頭を下げるといいから、と笑われた。
「私はこういう身分だから神が世界を二つ創っていて、異世界というものが存在するということは幼い頃から習っているのだ」
「ということは一般の人は知らない?」
「世界が二つあるということを知っているのは王族と司祭、一部の貴族たちだけだ」
「そうなんですね」
「ではお前の名前を教えてくれないか?」
「あ、はい。三越航と言います」
「マスター、こちらの世界ではワタル・ミツコシと名乗るのが普通です」
「あ、そっか。ワタル・ミツコシです」
「ワトゥ・ミッコシー?」
小首をかしげるペルルカさんにああええと、となんと説明したものかと思う。
「マスター、この世界の人にはマスターの名前は発音しにくいです」
「そうなの?じゃあええと、航だから、コウで。コウって呼んでください」
「コウ。そちらのほうが言いやすいな。わかった。ではコウと呼ぼう」
そこで料理が運ばれてくる。ペルルカさんの前には肉料理が三品と野菜たっぷりのスープ、大皿にはピラフのようなご飯がどどんと盛られている。これを一人で食う気なのか。凄いな。
そして俺の前に置かれたのは豚肉の生姜焼き定食に見えるもの。
「サクマさん、これって豚肉?」
こっそりとサクマさんに聞くとそうだとの返事があってホッとした。
ペルルカさんの前にはナイフとフォークが置かれていたけれど俺のトレイには箸があった。
これにもホッとしながら、けれど王子様より先に手をつけていいものかと迷っていると彼がどうぞ、と促してくれたので俺はいただきます、と手を合わせて箸を手に取った。
「それは何かのまじないか?」
「へ?」
「いただきます、というやつだ」
ああ、こちらにはそういう風習がないのか。俺は簡単に説明することにした。
「俺の国では食べ物自体やそれを育ててくれた人、料理してくれた人に対して感謝する意味で言うんです」
「そうか」
彼は目の前の皿をじっと見下ろして、そして俺がしたように手を合わせていただきます、と言った。
「これで合ってるか?」
「大丈夫です」
そして食事が始まり、俺たちは黙々と食べた。
俺は昔からお袋にもの食ってる時にはしゃべるなって躾けられてきたし、多分王子様であるペルルカさんもそうなのであろう。カトラリーと皿がぶつかる音もほとんどしない。
食べながらふと気づいたことがある。食堂には何人もの人がいたけれど全員男の人だ。
そういえば村に入ってきてからも女の人を見た覚えが無い。
食べ終わった俺がきょろきょろとしていると同じく食べ終わったペルルカさんがどうした、と聞いてきた。
「いや、女の人を見かけないなって思いまして」
「地方の村なら女がいないことはよくあることだぞ」
「え、子供とかどうするんですか」
「どう、とは?」
訝しむ声を出すペルルカさんにあれ?と思う。何か大きな食い違いをしているような。
するとサクマさんが教えてくれた。
「この世界には女性はほとんどいません。繁殖も魔法を使って行うので男夫婦が当たり前です」
「そうなの?!」
思わず大きな声が出てしまって注目を集めてしまい声を潜める。
「男同士で子供が作れるってこと?」
「そうです。お互いの遺伝子を掛け合わせる魔法があるのでそれを使って受精卵を生み出します。それをこれまた魔法で作った擬似子宮に着床させて子供を産みます」
「女の人は産めないの?」
「今この世界には女性は百名ほどしかいません。女性はハッカドロップスを作るのが上手い方が多く司祭に向いているので処女を貫く方が多いです」
なんと勿体無い話だ。
あれ、ちょっと待てよ。
「神様がハーレム作れるって言ってたよね?無理じゃん」
サクマさんはあっさりと出来ますよ、と答えた。
「マスターほどのお方ならハーレム作れると思います。全員男でしょうけど」
確かにあの神様一言も女の人のハーレムとは言わなかった!言わなかったけど!この騙された感!
ぐっと何とも言えない気持ちをこらえているとペルルカさんが内緒話は終わったか?と小首を傾げて聞いてきた。
「あっ、すみません。俺のいた世界と全然違ってたので。それより殿下は……」
「ペルルカでいい」
「あ、はい、ペルルカさんは何故あんなとこほで倒れていたんですか?」
すると彼は表情を曇らせて語り始めた。
「ここから馬車で三日ほど行った先にグーズベリーという街がある。そこそこに大きな街だ。そこに視察に行った先で刺客に襲われてルージュの森に逃げ込み、そのまま彷徨って恥ずかしながら行き倒れていたというところだ」
「第一王子のあなたを狙うなんて誰がそんなことを……」
「第二王子の手のものだろうな。私は見ての通りワーウルフだ。王と魔物の間に生まれた禁忌の子なのだ。それを王配はずっとよく思っていなかった。その息子の第二王子もな」
「あの、気を悪したらすみません。王様はどうして魔物との間に子供を?」
彼はかくんと肩を落としてひょいとすくめてみせた。
「強い子が欲しかったそうだ。ただそれだけのために魔物の血を王家に入れていいと思うそんな父だ。王としては民から慕われているが父親としては尊敬できないな。まあ実際、自分で言うなのも何だが兵士の十人や二十人程度なら私一人で相手できるくらいの強さはあるから父の狙い通りの子が生まれたのだがな」
「でもあなたは追いやられた」
「流石に一個中隊を出されては俺もああなる。善戦はしたのだがな」
中隊相手に一人で善戦。すげえなこの人。
「今頃私の遺体を探してルージュの森をしらみ潰しにしているかもな」
「え、じゃあここも危ないんじゃ……」
だが、とペルルカさんは俺を見てにやりと笑う。
「お前に会えた。頼みがある」
「え、なんですか」
「私に協力してほしい」
「何のです?危ないのは嫌ですよ?」
「なに、私を王都まで運んでくれればいい」
「えっと、運ぶと言われましても……」
メロンドロップス、と彼は俺を指差して言う。
「あそこまで大きなワイバーンを召喚するには高純度なドロップスが必要だ。どこかでお前が買ったのか?パインドロップスだってそうだ。あれほどの傷がいまや何の痕も残っていない。あれも買ったのか?私は違うと読んだ。それこそがお前のギフトなのだと。違うか?」
「ええっと……」
俺は言葉に詰まった。視線を彷徨わせて考えた末にそうです、と認めた。
「詳細は言えませんが純度の高いドロップスを所持しています」
「そこにメロンドロップスはまだあるか?」
「あります」
「ならば明朝、またワイバーンを呼び出して欲しい。そして私を王都まで運んで欲しい」
「王都って飴が舐め終わるまでに着くんですか?」
そう尋ねると、彼は可笑しそうに笑った。
「あのワイバーンなら一粒でシグルド・ルンド大陸を縦断できるぞ」
「そうですか。わかりました、乗り掛かった船です。お送りしましょう」
すると彼はありがとうと笑った。
今度こそ笑ったと俺にでも分かる笑顔だった。
翌朝、村を出て広いところでワイバーンを呼び出してその背に乗ってペルルカさんの案内で王都ジョーヌへ向かった。
王都はものの五分で見えてきて、ペルルカさんは馬車なら一ヶ月はかかる距離だぞと笑っていた。
高い壁で囲まれた王都の入り口で降りてメロンドロップスを噛み砕く。
ワイバーンが消えると兵士たちがわらわらと駆け寄ってきた。
するとペルルカさんを見るなり殿下!と膝をついた。さすが王都、ペルルカさんは顔パスだ。
「コウ、私は王城で決着をつけてくる。その後で話があるから教会で待っていてくれないか」
街は活気で溢れていた。露店が並び呼び込みをしている。何処かからいいにおいがしてくる。メインストリートは人でごった返していた。
「え?いいですけど……」
そうして彼は俺を街の中心にある教会に連れてくるとここで待っていてくれと言った。
「街中を見て回ってもダメですか?」
「迷ったら困るから大人しくしていてくれ。頼む」
そこまで言われたら仕方がない。俺は教会に入ってそこで初めて女の人と出会った。
司祭の格好をしたその女の人は俺を見るとまあ、と手のひらで口元を覆った。
「ペルルカ殿下、この方は加護持ちなのですね」
「ああ、私は王城で所用があるからそれが終わるまで預かってくれないか。夕方までには戻るから昼食も食べさせてやってくれ」
「かしこまりました。確かにお預かりいたします」
さあこちらへ、と奥へ案内されながら入り口を振り返ると、ペルルカさんが出ていくところだった。
「ワインでもお飲みになりますか?」
小部屋に案内されてそう言われたが俺はあまり酒は強くない。この世界のワインがどんなものかはわからないがまだ午前中から酒を飲む気にはなれなかった。
「いえ、水でいいので少し頂けますか?」
お水をもらって一息つく。グラスを返して司祭の人に話しかけた。
「あなたのお名前は?あ、俺はコウと言います」
司祭の人は私はユリアと言います、と教えてくれた。ユリア。可憐な名前だ。
「ユリアさんはどうして司祭に?」
「幼い頃に前の司祭に選ばれたのです。高純度のハッカドロップスを作る才能があると」
「司祭は結婚しちゃダメなんですか?」
「ハッカドロップスは身も心も綺麗な者でないと作れないと言われています。そのために聖職者は縁を結ばない者は多いです」
「女の人は大抵教会に?」
「そうですね。ほとんどの者が教会に所属してハッカドロップスの生成に勤しんでおります」
虚しくはならないのだろうか。男たちが恋を謳歌している中で自分たちは飴玉を作り続けなくてはならない。
「俺だったらそんな人生イヤだな……」
ついぽつりと本音が出てしまってはっと口元を手で覆った。
「すみません。あなたたちの苦労も知らずに勝手なこと言いました」
「……コウ様はお優しいのですね」
「え、どこがですか?」
「この世界では女の地位は高いです。死者蘇生のハッカドロップスを作れるのはほとんどが女ですから。暮らしだって私は何不自由なく暮らさせて頂いております。食べるものにも困りません。女というだけで将来は安泰なのです。男の方の中にはそれを羨ましいとおっしゃる方もいます。でもやはり女は孤独なのです。愛を識っていても愛をすることはできない。この世界の人間の多くが忘れてしまった、または思い出さないようにしていることです。こんなふうに面と向かってこの生活が嫌だと言われたのは初めてです。それはコウ様が我々に同情してくださっているからでしょう?」
「いや、そんな深く考えていたわけじゃ……」
恐縮する俺にユリアさんはそれでもありがとうございます、と微笑んだ。
「でも大丈夫です。私たちはこの仕事に誇りを持っています。だからどうか憐れまないで」
穏やかな微笑みに俺は自分が恥ずかしくなった。
何がモテモテだ。何がハーレムだ。
ここの女の人たちはプライドを持って生きているのだ。
浮ついた考えだった自分を恥じた。
「そろそろアップルパイが焼けた頃です。お持ちしますね」
ユリアさんが出ていく。それを見送ってはあ、とため息をついた。
「浮かない顔をしてるね、私のバンビーノ」
するとサクマさんがそんなことを言い出したのでぎょっとした。
サクマさんはぽんっと弾けるとそこにはあの神様が立っていた。
長い金髪、透き通った海のような青い瞳。その顔を今度こそまじまじと見て鷹のようというか、猛禽類のような顔をした人だなと思った。
「いや、誰かさんがハーレムだとか煽ってくれたおかげで恥かいたと思いましてね」
おや、と彼は心外そうに体を仰け反らせた。
「きみならできるさ。それが男だというだけだ。何か問題でもあるのかね」
「俺はノンケなんですけど」
ナンセンス!と彼は大袈裟に両手を広げた。
「愛し愛されるのに性別なんて関係ないじゃないか。ましてやこの国では男同士が番うのが普通なんだよ?」
「この世界を作ったのはあなたなんだよね。じゃあこの男だらけの世界もあなたの好みなの?」
神様はニコッと笑って何も答えなかった。でも答えないってことはそういうことなのだろう。
「俺はこの世界で生きていくしかない。それはそういうことなんですね」
「司祭になって私と添い遂げてくれても構わないのだよ?」
「それはちょっと嫌かも」
振り回される未来しか見えない。
神様は酷い!と泣き真似をする。こういうところなんだよなぁ。
「さて、司祭が戻ってくるから私は退散するよ。またいつでも呼んでくれたまえ」
「呼んでませんけど?!」
「ははは!」
彼はぽむっと弾けてそこにはサクマさんが戻ってきていた。どうやらサクマさんを媒介にご降臨なさってたらしい。
疲れた。あの人の相手は疲れる。
すると扉が開いてユリアさんが戻ってきた。手にはアップルパイとお茶の乗ったトレイを乗せていた。
「あ、運びます」
トレイを受け取ってテーブルの上に置くとユリアさんはやはりお優しいのですね、と笑ってくれた。
ペルルカさんは言っていた通り日が沈みかけたくらいの時間に戻ってきた。
服装はてっきり着替えてくるのかと思ったら朝の町民の服のままだった。
「コウ」
「おかえりなさい。どうでしたか?」
「ああ、第二王子は廃嫡となり流刑が決まった。王位は第三王子に譲ることにした」
「え、じゃあペルルカさんも王子様辞めるってことですか?」
「そういうことになるな。その代わり騎士団に入ることになった。この力を遊ばせるのはもったいないそうだ」
「そうなんですね。この結末はペルルカさん的には良かったんですか?」
「ああ、この身で王位を継ぐ気は無かったからな。ヨハン……第三王子はまだ若いが聡明な子だ。良き王となるだろう」
「そっか。なら万々歳ですね」
「ああ。そこでだ。コウ」
「はい」
ごほん、と咳払いをした彼を俺はきょとんとして見上げる。
すると彼は片膝をついて俺の手を取ると優しく包み込み、言った。
「私はこんな身ではあるが、きみの恋人にしてくれないだろうか」
「はいぃ?!」
「森で死にかけていた時、きみが現れてそれこそ本当に神の使徒が迎えにきたのだと思った。加護持ちだからと確かに初めはそういう理由で気になっていた。利用できないかと思った。けれどきみの優しさに触れて私は真実の愛を知ったのだ。好きだ、コウ。私の恋人になって欲しい」
どこにそんなスイッチがオンになる場面があったのかわからない。それとも男同士で結婚するのが当たり前のこの世界ではこんなものなのか?
頭の中で神様がケタケタと笑っている。
そう、俺はこの世界で生きていくしかないのだ。
「えっと……まずはお友達からでもいいですか?」
ペルルカさんがぱあっと表情を明るくする。
「ああ、ああ!少しずつ愛を育んでいこう!」
ペルルカさんが立ち上がって俺をガバッと抱きしめてきた。
突然のことに驚いた俺は抱き返すでも突き飛ばすでもなくただ抱きしめられながらペルルカさん良い匂いするなぁとどこか遠くで考えていたのだった。
異世界転移編、完
ちなみに独身。彼女なし。彼女がいたことはあるがすぐに「航君ってどっちかっていうと友達なんだよねえ」と言われて去っていくのがお決まりパターン。かなしい。
顔面偏差値は普通だと思うし性格も悪くはないと思う。けれど世の中の女の人は俺に微笑んでくれないのだ。もう一度言う。かなしい。
でもまあ実家の親父もお袋もそうせこせこと嫁はまだかだの孫の顔が見たいだの言ってこないので気は楽だ。
……裏を返せば期待されていないということかもしれないがその事実からは目を背けるとする。俺平均。悪くはないはず。
まあそんな俺もフツーのサラリーマンだ。東京とかじゃなくて名古屋の。名古屋だって十分都会だぞ、と思うがそういうことを思う時点で東京に負けているのだと思う。
流石に実家は出ていて、名古屋駅から数駅行ったところにアパートを借りて住んでいる。
実家からだと名古屋まで一時間ほどかかるのだ。しかも電車の本数も少ない。
朝ちょっと油断して電車を一本逃せば即遅刻なんてこともあり得るため本数の多い今の場所に住んでいる。駅から徒歩十分だし途中にはコンビニもスーパーもある。とても住みよい場所だ。
さて、そんなこんなで今朝も元気に出勤しますか。
俺はちょっとくたびれてきたスーツを着て紺色に銀のラインの入ったネクタイを締める。赤とかも持ってはいるがどうしても紺色を選んでしまう。会社の女性社員に地味だとヒソヒソされているのを知っているが俺の好みだ、好きにさせてくれ。
ああこういうところがモテない原因なんだろうなあと思いながらも媚びるつもりはないのだ。
鞄を背負ってアパートを出る。鍵を締めてポケットに落としながら大通りに出ると同じように出勤というていの男の人を見つけた。
いつも一緒の電車に乗る男の人だ。名前も知らない。多分向こうも同じことを思っているのだろう。一瞬視線が絡んだけれどそらされた。
別にいいもんね!俺だって無視しちゃうもんね!
なんて子供じみたことを思いながら駅に向かい、改札にICカード入りの財布をタッチしてホームに行く。
この時間は急行が一本来て、その次に俺が乗る電車が来る。まだ急行も来ていない。よし、余裕到着。
車両番号の描かれた場所に立って、ふと隣を見る。
隣の車両番号の前にはベビーカーを手に片手でスマートフォンを操作している女の人の姿があった。
その隣には二歳か三歳くらいの男の子が日曜日の朝からやっているなんとかレンジャーのソフビキットを振り回して遊んでいる。
何気ない朝の風景だった。
けれど、なんだかその親子が気になってじっと見てしまった。
母親はスマートフォンに夢中。子供はソフビに夢中。
急行列車が通過するアナウンスが入る。一回、二回。
子供が腕を振り回して大きく線路の方に身体を傾け、たたらを踏んで脚を滑らせる。
あ、と思ったときにはもう子供は線路に落ちていた。母親が気づいて子供の名を叫ぶ。
「非常停止ボタン押して!」
俺はとっさに後ろに並んでいた人に向かって叫ぶと線路に降りた。
落ちた衝撃で泣き叫ぶ子供を抱き上げてはやく引き上げて!と目の前にいた男の人に子供を差し出す。あの名前も知らない男の人だった。
男の人がしっかりと子供を抱え上げたのを見てほっとして。
警笛が耳につんざくように響いているのに気づいた。
はっとしてそちらを見たら目の前にはもう列車が来ていて。
俺は急行列車に轢かれて死んだ。
はずだった。
目が覚めると豪奢な天蓋付きのベッドの上にいた。
真っ白い部屋に真っ白なテーブルに椅子にベッド。ちょっと目が痛い。
むくりと起き上がってみて、シーツがずれて初めて俺は自分が素っ裸で寝ていることに気づいた。え、なに。
「お目覚めかな」
「うわああ!」
背後から声がして叫び声を上げて振り返ると、そこにはひとりの男の人が立っていた。
年の頃は五十代中頃だろうか。金髪碧眼のその人は長い髪を右側で束ねて前に垂らしている。服装は映画で見る英国執事そのものだ。
「あ、あんた誰。ていうかここどこ。俺の服は?」
「質問が多いな」
彼は可笑しそうに笑ってかつかつと革靴を鳴らしてベッドの周りを回って俺の正面に立った。
「まず私が誰か。私はきみの知識で言うところの神だ」
「……へえ」
「なんの感慨もない小馬鹿にしたような返事をありがとう」
「いや、だってほら、ふつう、なあ?」
神様ですとかそんなこと言われてもどう反応して良いのかわからないのが大半の人だろう。
「まあきみが信じるか信じないかはどうでもいい。それが事実なのだから。そしてここは私の作った仮の部屋だ。きみが次の世界に行くための準備の部屋とも言える」
「次の世界?やっぱり俺死んだの?」
「まあ待ちなさい。次はきみの服についてだ」
チチッと彼は立てた人差し指をきざに左右に振って俺の問いを遮った。
「きみの服はぼろぼろになってしまったから私が処分した。次の世界の服とも合わないしね。そしてまずはきみの生死。これは死んだ。地球での命はきみはもう尽きてしまった」
「そっか……あの子、無事だと良いな」
「安心しなさい。きみが助けた少年はきみの分も長生きできるよう私が取り計らっておいた。大病もなく天寿を全うするだろう」
「それならよかった」
ほっと息を吐くと自称神様はふっと目を細めて笑った。
「きみは他人の幸せが願える子なんだね」
「そりゃ人間誰だって幸せがいいだろ」
「それができない子が最近多くてね。困ったものだよ」
彼はやれやれと大仰なまでの仕草で肩をすくめたあと、それでだ、と小首を傾げて笑った。
「きみが新しく過ごす世界なんだけれどね」
「ええと、いわゆる異世界転生ってやつですか」
「ううんと。私はそういう定義はどうでもいいと思ってるから言い方は何でも良いんだけど、生まれ変わるんじゃなくてその姿、知識のままきみは新しい世界へ行ってもらう」
「え!言葉とかは?職は?文化は?!」
「その世界はシグルド・ルンドという大陸を中心とした国々なんだけれどね。言葉は日本語と同じ言葉が共通語だよ。職は自分で探せば良い。文化はまあ、きみが好きで読んでいる異世界転生ものの世界とそう大差ないさ。魔法もあれば魔物もいる。王がいればギルドもある。好きにしたら良い」
「好きにって言われても……」
今一つピンとこなくてはえーと口を開くばかりだ。
「きみは魔力増強タイプにしておいたから魔道士やテイマー、薬剤師なども良いかもしれないね」
そこで彼がぱちんと指を鳴らした。
「おわっ」
すると一瞬で俺は村人風の服をまとっていてそろそろとベッドから降りる。靴も用意してあった。
「生前善きことをしたきみには私からのギフトを授けよう。左手を」
「……」
恐る恐る差し出すとそんな俺に彼はくすりと笑ってその手を取ると手の中心に人差し指を立ててくるっと円を描いた。少しくすぐったい。
ふわ、と左手が温かくなる。気持ちがいい。なんだろう、と思っているとそれはすぐに治まった。
「ドロップスオープン、と唱えてみなさい」
「え、ド、ドロップスオープン?」
すると俺の左手の中心に直径三センチほどの孔がぽっかりと開いた!なんだこれ!
「イチゴ、と唱えてごらん」
「イ、イチゴ」
そして神様は俺の右手を掴むとその手のひらの上に左手を傾けた。
ころん、と孔から赤色のドロップスが転がり落ちてくる。え、ほんとにイチゴドロップスが出てきた。
「……で?」
「おやおや胡散臭いものを見る目だなぁ。これは特殊効果を持った飴玉だよ。このイチゴなら身体強化。他にもいろいろあってレモンなら魔力強化、パインなら体力回復、オレンジなら魔力回復、他にも……」
「待って待って待って!覚えられん!メモちょうだい!」
俺が待ったをかけると彼は仕方ないなあと言わんばかりにため息を吐いてまたぱちんと指を鳴らした。
すると赤いきらきらとした輝きが一筋どこからともなくやってきてぱんっと弾けた。
「お呼びですか?」
それは手のひらサイズの愛らしい女の子だった。長い赤髪を左右の三つ編みにして垂らしていて、その背中にトンボのような羽が生えている。頬にはそばかすが散っている。それもまた彼女の愛らしさを引き出していた。服装もひらひらとした、なんというか俺の語彙では可愛いとしか言いようがない服を着ている。あ、そうだ、バレエのチュチュだ。そんな感じの服。
え、これピクシーとかいうやつ?
「この子のサポートをしてあげておくれ。この子は新しい世界では赤ん坊も同然だからね」
「アイアイサー!」
びしっと敬礼するさまは可愛らしいの一言である。
「マスター、よろしくお願いしますね!」
「えっと、よろしく。君の名前は?」
「名前はまだありません!好きに呼んでください」
名前、名前かあ。
「じゃあサクマさんで」
「サクマですか?了解です。ちなみにどんな意味があるんですか?」
「え、ドロップスって言ったらこの名前かなって。代表みたいな名前じゃん」
するとサクマさんは代表……とどこかうっとりした顔になってやがてきりっとわかりました!と敬礼してきた。
「このサクマ!精一杯マスターのお役に立ちます!」
「あ、ありがとう」
「ちなみにそのドロップスはシグマドロップスと言って新しい世界でのいわゆる回復薬に当たる。きみのは純度が高いからお金に困ったら売るといいよ。ただし、あまりほいほい安くは売らないように。価値が下がるし何よりきみが利用される可能性がある」
「利用、ですか」
ピンとこなくて首を傾げると、そう、と彼は俺に顔を寄せて囁いた。顔が近い。ちょっと仰け反る。
「手のひらから回復薬がぽんぽん出せる人間がいるとわかったら……そうだね、例えばきみが悪徳商人だったらどうする?」
そうか、そういうこともありうるのだ。回復薬製造機みたいな扱いをされてもおかしくないのだ。これは気をつけないと。
「サクマに小瓶を渡しておくからいくつか予めその中に入れておくと良い。手のひらから出すところはできるだけ人には見られないように」
「は、はい」
「あと、サクマは私の使いだからなにか困ったら教会に行きなさい。サクマを見れば大抵の聖職者はきみが私の寵愛を受けた者だと気づくし私ともサクマを介して話すことができる」
「あ、えっと……頼っても、良いんですか?」
すると彼はにこっと笑って頼ってくれて良いんだよ、と言った。
「きみみたいな子は好きだし、私は贔屓が大好きなんだ」
神様って。
ちょっと思うところはあるがいざという時に頼りになる。俺はありがとうございます、と礼を言って靴を履いた。何かの革でできたしっかりとした靴だった。
「俺みたいなのって結構いたりするんですか?」
神様はうーんと腕を組んで考えると最近はいないね、と苦笑した。
「私が気にいる子がいないんだよねぇ。だからきみみたいなのは向こうではモテモテだと思うよ」
モテモテ、の一言にぴくりと反応する。
「ま、マジですか……!」
「そりゃあ神の加護ありなんて優良物件見逃すわけないよ。それにあちらでは優しい人こそモテるからね。きみみたいなのは入れ食いだね」
「い、入れ食い……!」
ようやく俺にも春が……?!
「ハーレムとかできちゃったりして」
「ハーレム?!」
「あちらは結婚は必ずしも二人じゃなきゃならないわけじゃないからね。妾も当たり前だし」
なにその素晴らしい制度。いやふたりで、お互いだけでするのが当たり前の俺からしたらそれは逆にもやもやとする制度ではないか?だって自分の好きな人が自分以外も好きなんだぞ?嫌じゃないか?
けれど神様はそんな俺の心を読んだようにからからと笑った。
「まあその辺は当人同士で話し合えばいいよ。多重婚が出来るってだけでどうしてもしなくちゃならないってわけじゃないんだからさ」
「はい……」
「まあまずきみは新しい世界に慣れて相手を探すところからだけどね」
「それもそうっすね」
でもハーレム作れるなら作ってみたい。だって男のロマンだよな。
俺はモテるって神様が太鼓判押してくれたくらいだし、見た目重視の世界ではないのだろう。優しいのがいいそうだ。そして加護アリ。これ大きいんだろうな。
まあ、とにかく一度は死んでしまったのだ。新たな世界を用意してくれるというのならそこでやっていくしか無い。
新しい世界まで案内してもらって、その上加護までくれるってんだからきっと俺は運が良いんだろう。
「あとこれを」
渡されたのは革でできたベージュ色のショルダーバッグだった。
「サクマに渡した小瓶は向こうについたら中身を満たしてこの中に入れておきなさい。当面の金も入れておいた」
「何から何までありがとうございます」
「言っただろう?私は贔屓が大好きなんだ。さあ、準備はできたかな。あちらに送るよ」
「はい」
とん、と額を指で突かれたと思ったら一瞬意識が遠ざかり、はっとしたときにはどこかの森の中にいた。
神様が金髪碧眼だということは覚えているのに、鼻筋がどうだったかだとか、目は切れ長だったかだとか、そういう細かいところは全然覚えていないことに気づいて一瞬あれは夢だったのでは、と自分の身を見回してみる。
村人風の衣装、ベージュ色のショルダーバッグ、そして。
「ここはシグルド・ルンドの南の方にあるルージュの森ですね」
サクマさんがしっかり存在して小瓶を抱えてぱたぱたと俺の周りを飛び回りながらあたりを見渡していた。
「ちょっと暑い地方ですけど北のノワールだと凍死することもあるのでまだマシかと」
南でルージュ、北でノワール。ということは。
「東にブルっていう森があって西にブランっていう森があるの?」
「惜しい!東にあるのはブルという山岳地帯で西にはブランっていう大きな湖があります」
「へえ。じゃあシグルド・ロンドの首都はジョーヌとか?」
「凄いです!よくわかりましたね!」
日本語が共通語って言ってたのに至るところにフランス語!しかも東西南北中央の色の概念て中国発祥じゃなかったか?畜生!まあこれくらいならわかるから良いけどさ!
「マスター、まずはドロップスを小瓶に詰めませんか?」
「あ、そうだった。まずどんなドロップスがあるの?何種類?」
「ドロップスは全部で八種類あります。イチゴが身体強化、レモンが魔力強化、パインが体力回復、オレンジが魔力回復、リンゴがステータス異常回復、スモモが武器錬成、メロンが幻獣召喚、ハッカが死者蘇生、ただしこれは死んで五日以内になります。ちなみに今言った順に貴重になっていきます。イチゴ、レモン、パイン、オレンジ、リンゴは普通のアイテムショップや薬屋で取り扱ってますが甲乙丙とランクがあります。当然、甲のほうが丙より遥かに高いです。スモモ、メロンはギルドで手に入ります。イチゴとかより遥かに高価です。これにも甲乙丙があってラングが高ければ高いほど強い武器、強い幻獣を召喚できます。イチゴ、レモン、スモモ、メロンは舐めている間だけの効果になるので注意が必要です。いかに長く舐め続けるかが勝利の鍵です。ハッカは教会の聖職者じゃないと普通は作れないです。しかも一粒作るのに一ヶ月近くかけるのでめちゃくちゃ高価で希少です。高価な上に購入に審査が入ります。その者が本当に生き返らせるのに値するのか、が議論されます。これに丸一日かかるので教会から遠いところで死んじゃったりすると仲間が連れて行くだけ時間の無駄と判断してそのまま捨て置かれたりとかもあります」
「シビアだなあ。いや、生き返るチャンスがあるだけ良いのか」
「なのでイチゴ、レモン、パイン、オレンジ、リンゴ、スモモをメインに出しておいて他は一粒ずつくらいあれば十分じゃないですかね。マスターのドロップスは甲より質のいいレジェンドランクですからメロンなんてこんな森の中で幻獣召喚したら、例えばそれが炎属性だったとして焼け野原ですよ」
「ひえ。気をつけよう」
そして俺はドロップスオープンと唱えてひたすらドロップスをころころと小瓶に詰めていったのだった。
ドロップスでいっぱいになった小瓶をショルダーバッグに入れて森の中を歩きだした。
「こっちでいいの?」
「はい、まずは森を抜けて近くの村に向かいましょう。ここからならアプリコットという村が近いです」
「……アプリコットが名産なの?」
「そうです。昔からアプリコット栽培が盛んなので何百年か前に村の名前もアプリコットに変わったそうです」
「ねえ、この世界ってあの神様が作ったの?」
「そうですよ。先にマスターが元々いた世界をお創りになったのですがあの世界は面白みがないと言って関わらないようになられてしまって。その代わりにこの世界をお創りになられました」
「他にも食べ物の名前の街とか村ってあるの?」
「少数民族はともかく、シグルド・ルンドの街や村は大抵が食べ物の名前ですね」
「あの神様、食いしん坊?」
「お供えには新鮮な食べ物や珍しい食べ物を供えると加護をくれやすくなるとかならないとか言われてますね」
そうか、この世界はあの神様のおもちゃ箱なのだ。俺が元々いた世界はきっと彼を失望させてしまったのだろう。だからこの世界を創ったのだ。
「……俺、せめて失望はさせないような生き方をしないとな」
「マスターはお優しいですね」
「いやいや、俺がモテるって聞いてハーレム作りてーとか思ってる俗物だよ」
するとサクマさんはマスターならできますよ!と励ましてくれた。
「マスターは加護持ちですし何よりお優しいです。絶対にモテると思います!向こうが放っておきませんよ!」
「そ、そうかな……」
えへへ、と笑うとその笑顔もポイント高いです!とサクマさんがおだててくれる。
「ありがとう、サクマさん」
「さあ、さくさくと進みましょう、マスター」
「あ、はい」
俺はサクマさんに促されて先を急いだのだった。
どれほど歩いただろうか。マスター、とサクマさんの緊張した声がして足を止めた。
「この先に生体反応があります。魔物のような人のような……かなり弱っているようです」
魔物なら避けて通るべきだが人なら放っておけない。俺は用心のためにスモモのドロップスを手にそちらの方へと歩いていった。
「え……」
倒れていたのは、人狼と言うべきだろうか、人の形をしていたが頭は狼のそれだった。
「ワーウルフ!」
サクマさんが声を上げる。人狼で良かったらしい。
人狼、ワーウルフが身につけている服はボロボロだったがそれでも高貴そうなものだった。
「サクマさん、パインのドロップスってこういう場合効く?」
「はい、大丈夫です。ですがワーウルフとなるとマスターに危険が及ぶかも……」
「見捨てるわけには行かないだろ!」
俺はスモモのドロップスを小瓶に戻して代わりにパインのドロップスを取り出して恐る恐るワーウルフの、多分男の人だと思う、の肩を揺らした。
「おい、生きてるか、パインドロップス食べれるか?」
「う……」
薄っすらとその切れ長の瞳が開いて銀の瞳が俺を見た。
顎が震えてその口を開けるワーウルフの口の中にパインドロップスを入れて口を閉じさせた。
「サクマさん、メロンでワイバーンって召喚できる?」
「できますよ」
「乗ったりとかできる?俺が担いで森を出るのは無理そうだからワイバーン召喚して乗って行けばいいかなって思ったんだけど」
するとサクマさんはそれが良いですね、と同意してくれた。
俺はメロンドロップスを取り出して舐める。
「イメージするだけで大丈夫ですよ」
サクマさんの言葉に助けられて俺は頭の中でワイバーンを思い描いた。
大きな、男二人が乗っても大丈夫なくらいのワイバーンを。
ヴン、と辺りに緑色の魔法陣が描かれてめきめきとあたりの木々を倒しながら大きなワイバーンが現れた。
「すっげ……」
「マスター、この子がいてくれるのはドロップスを舐めている間だけですよ、急いで!」
「そうだった!」
同時にイチゴを舐めて身体強化をしてワーウルフの人をワイバーンの上に乗せる。
そして俺も乗るとワイバーンはばさりと空高く舞い上がった。
「怖ええ!」
眼下に広大な森が広がる。おい、これ抜けるのに何日かかるんだよ。はじめからこうしてればよかった。
「大丈夫です、ワイバーンの周りには結界があって風などの影響は受けません。落ちないようにワイバーンもバランスを取ってくれてますから」
「そ、そうなの。でもこわい」
サクマさんとそんなことを話しているとワーウルフの人が頭を持ち上げた。パインドロップスの効果が出てきたようだ。
「お前は……」
低音の耳障りの良い声がした。うわ、イケボってこういうことを言うんだな。
「あ、目が覚めた?もうすぐアプリコットっていう村に着くからさ、ゆっくりしててよ」
「アプリコット……そうか、そんなところまで来ていたのか……」
「マスター、あれです、あの村です」
「あ、ほら、見えてきたよ」
ここから見ると小さな村だ。村から森に向かって整備された木々が生えている。あれらがアプリコットの樹だろうか。
村の入口に降り立って、ワーウルフの人に肩を貸して地面に立たせるとメロンドロップスを噛み砕いた。するとワイバーンはすうっと消えていく。
村人が何人も入り口に集まっている。何事かと思っているのだろう。
「すみませーん、けが人がいるんですが宿屋とかありますかー?!」
遠巻きにしている村人に向かって叫ぶと、その中のひとりの男の人がマルと大きくサインを出した。宿屋があるらしい。
「歩けますか?」
すると彼は一人で歩き始めた。本当にもう大丈夫のようだ。
「ああ、もうだいぶ楽になった。お前のパインドロップスの効果は凄いな」
「えっと、手持ちで一番いいやつ使ったんで」
「そうか。貴重なメロンまで使わせてすまない。必ず弁償する」
「いやいやいや、大丈夫、命には替えられないから」
ね、と笑うと彼はまじまじと俺の顔を見下ろして、そうか、とふっと笑った。うん、多分笑ったんだと思う。俺のワーウルフ表情判別レベルが低いせいで良くわからないけれど多分笑ったんだと思われる。
「お前は加護持ちなのか」
「え?わかるんですか?」
「神の使徒を連れているからな」
「マスター、司祭や貴族などの位の高い人やレベルの高い人は私が見えるんですよ」
「へえ。そうです、加護持ちです」
ドロップスが出せることは秘密にしたほうが良いと言われたが加護持ちであることは隠すように言われていなかったのでまあ良いのだろうと判断してそう答えるとそうか、と彼はうなずいた。
村に入るとワーウルフさんが懐から印籠のようなものを取り出してそれを村人に見せた。途端、ざわつく村人たち。え、なになに。このワーウルフさん、偉い人なの?
「宿を借りたいが空きはあるか。あと服がこのざまでな。なにか代わりの服が欲しい。あと食事も頼む」
「かしこまりました!宿屋はこちらです!」
ざわざわとしている中を平然とした顔で案内されているワーウルフさん。本当に何者?
とりあえず宿屋に着いてそれぞれ二階の部屋に案内された。大部屋かと思ったけれどワーウルフさんに気を遣ったのかな、個室だった。
ルージュの森は湿度が高かったので体がベタついている。俺も着替え頼めばよかったかな、と思って部屋を出るとさっきの案内してくれた男の人がちょうど隣の部屋から出てきたところだった。
「すみません、俺も着替えをもらえますか?お金は払いますので……」
すると男の人は右隣の建物が洋服屋だよ、と教えてくれた。
「あ、じゃあ自分で行きます。ありがとうございます」
「でんかには俺からあなたが隣に行ったことを伝えておくよ」
「ありがとうございます」
にこっと笑いかけて階段を降りながらん?と思う。でんか?ワーウルフさんの名前だろうか。
そんなことを思いながら宿屋を出て隣の洋服屋に行く。
「すみません、衣類一式そろえたいんですけど」
「おや、でんかと一緒に来た人じゃないか。いいよ、選んであげる」
白髪交じりの男の人がにこにこと近づいてきて、これなんてどうかな、といくつかの服を見せてくれた。
俺はこの世界のファッションセンスはよくわからないのでいま着ているものと似ている服と大きめのリュックを選んで銀貨一枚と銅貨三枚を支払った。サクマさんいわくこの世界での通貨はリゼンタというらしい。リゼンタ金貨、銀貨、銅貨が基本通貨だそうだ。首都に行けば紙幣もあるそうだが地方には浸透していないらしい。
でもまあわかりやすくいて良い。ショルダーバッグの中の小銭入れには金貨もそこそこの枚数入っていたので見せないように銀貨と銅貨を出した。
タグを切ってもらって宿屋に戻る。するとでんかさんが首からタオルを掛けて新しい服で階段を登っているところだった。黒鉄のたてがみがつやつやとしていてきれいだ。
「服を買いに行っていたのか。私の分と一緒に頼めばよかったな」
「いえ、自分で選びたかったので。お風呂上がりですか?」
「ああ、お前も入ってくると良い。そうしたら一緒に食事をしよう。私は左隣の部屋にいるから風呂から出たら呼びに来てくれ」
「わかりました」
「ゆっくりでいいからな」
「はい。ありがとうございます」
ぺこりとお辞儀をすると彼はまたふっと多分笑って部屋に戻っていった。
俺も荷物を置いて着替えを手に階下に降りると受付でタオルを借りれるか聞いてみた。
風呂に無料で置いてあるそうで、よかった、と思って風呂場に行った。
風呂場は誰もいなくて脱衣かごに服を脱ごうとしてはっとした。
「サ、サクマさん、あっち見てて!それかちょっと離れてて!」
「なぜですか?」
「え、だってそりゃ、女の子に見せるわけには……」
するとサクマさんはきょとんとしてこう言った。
「私、オスですけど」
オスですけどーオスですけどーエコー。
「マジで?!」
「ええ、まあ神の使徒に性別ってあんまり関係ないんですけど意識はオスです」
「マジかー」
がっくりとする。可愛い女の子が案内人でラッキーとか思ってたのに。
「え、マスター、私なにかしました?オスだとダメでした?」
「あ、いや、勝手に勘違いしてただけだから……ほら、サクマさんすごく可愛いから勝手に女の子なんだろうなって」
するとサクマさんはぽっと頬を赤くして嬉しそうに身体をもじもじさせ始めた
「可愛いだなんてそんな!ありがとうございますマスター!」
「ははは……」
俺はなんとも言えない気分で風呂に入ったのだった。
風呂から出て俺も濡れ髪でタオルを首から引っ掛けてでんかさんの部屋をノックした。
「ああ、出たか」
するとでんかさんのたてがみはふわさらに乾いていてブラシもかけたのかつやつや度が増していた。ドライヤーのたぐいは見当たらなかったので魔法で乾かしたのだろうか。俺も早く魔法を覚えないと。
「食事に行こう」
「はい」
また階下に降りて食堂に向かった。ざわっと食堂が静まり返り視線がこちらに集まる。うう、居心地悪い。
けれどでんかさんは平然としてカウンターで何品か注文してお前は?と聞いてきた。
「あ、俺は今日のおまかせ定食で」
「それだけでいいのか」
「はい、そんなに胃袋大きくないんですよ」
「そうか。あちらの席にしよう」
でんかさんは一番奥の席に向かい、俺も向かいに座った。
「お前は異世界から来たのか?」
開口一番のそれにぎくりとする。なぜそれを知っているのだろうか。
「ああすまない、まずは私の自己紹介からだな。助けてもらっておいて名前すら名乗っていなかった。失礼をした」
「あ、いえ、こちらもまだ名乗ってなかったのでお互い様です」
「私はシグルド王国第一王子、ペルルカ・シグルド・ルンドだ」
「……え?お、王子様?!」
「マスター、気づいていたんじゃないんですか?」
きょとりとしたサクマさんの言葉にいやいやいやと首を横に振る。
「だってでんかさんって呼ばれて、あ、でんかって、殿下、あ、あー!」
恥ずかしい!なんでその可能性に気づかなかったのだろう。いかにも王族な印籠持ってて周りから殿下って呼ばれてたらそりゃ王子様だよ!
「気づかなくて本当に申し訳ありませんでした……」
頭を下げるといいから、と笑われた。
「私はこういう身分だから神が世界を二つ創っていて、異世界というものが存在するということは幼い頃から習っているのだ」
「ということは一般の人は知らない?」
「世界が二つあるということを知っているのは王族と司祭、一部の貴族たちだけだ」
「そうなんですね」
「ではお前の名前を教えてくれないか?」
「あ、はい。三越航と言います」
「マスター、こちらの世界ではワタル・ミツコシと名乗るのが普通です」
「あ、そっか。ワタル・ミツコシです」
「ワトゥ・ミッコシー?」
小首をかしげるペルルカさんにああええと、となんと説明したものかと思う。
「マスター、この世界の人にはマスターの名前は発音しにくいです」
「そうなの?じゃあええと、航だから、コウで。コウって呼んでください」
「コウ。そちらのほうが言いやすいな。わかった。ではコウと呼ぼう」
そこで料理が運ばれてくる。ペルルカさんの前には肉料理が三品と野菜たっぷりのスープ、大皿にはピラフのようなご飯がどどんと盛られている。これを一人で食う気なのか。凄いな。
そして俺の前に置かれたのは豚肉の生姜焼き定食に見えるもの。
「サクマさん、これって豚肉?」
こっそりとサクマさんに聞くとそうだとの返事があってホッとした。
ペルルカさんの前にはナイフとフォークが置かれていたけれど俺のトレイには箸があった。
これにもホッとしながら、けれど王子様より先に手をつけていいものかと迷っていると彼がどうぞ、と促してくれたので俺はいただきます、と手を合わせて箸を手に取った。
「それは何かのまじないか?」
「へ?」
「いただきます、というやつだ」
ああ、こちらにはそういう風習がないのか。俺は簡単に説明することにした。
「俺の国では食べ物自体やそれを育ててくれた人、料理してくれた人に対して感謝する意味で言うんです」
「そうか」
彼は目の前の皿をじっと見下ろして、そして俺がしたように手を合わせていただきます、と言った。
「これで合ってるか?」
「大丈夫です」
そして食事が始まり、俺たちは黙々と食べた。
俺は昔からお袋にもの食ってる時にはしゃべるなって躾けられてきたし、多分王子様であるペルルカさんもそうなのであろう。カトラリーと皿がぶつかる音もほとんどしない。
食べながらふと気づいたことがある。食堂には何人もの人がいたけれど全員男の人だ。
そういえば村に入ってきてからも女の人を見た覚えが無い。
食べ終わった俺がきょろきょろとしていると同じく食べ終わったペルルカさんがどうした、と聞いてきた。
「いや、女の人を見かけないなって思いまして」
「地方の村なら女がいないことはよくあることだぞ」
「え、子供とかどうするんですか」
「どう、とは?」
訝しむ声を出すペルルカさんにあれ?と思う。何か大きな食い違いをしているような。
するとサクマさんが教えてくれた。
「この世界には女性はほとんどいません。繁殖も魔法を使って行うので男夫婦が当たり前です」
「そうなの?!」
思わず大きな声が出てしまって注目を集めてしまい声を潜める。
「男同士で子供が作れるってこと?」
「そうです。お互いの遺伝子を掛け合わせる魔法があるのでそれを使って受精卵を生み出します。それをこれまた魔法で作った擬似子宮に着床させて子供を産みます」
「女の人は産めないの?」
「今この世界には女性は百名ほどしかいません。女性はハッカドロップスを作るのが上手い方が多く司祭に向いているので処女を貫く方が多いです」
なんと勿体無い話だ。
あれ、ちょっと待てよ。
「神様がハーレム作れるって言ってたよね?無理じゃん」
サクマさんはあっさりと出来ますよ、と答えた。
「マスターほどのお方ならハーレム作れると思います。全員男でしょうけど」
確かにあの神様一言も女の人のハーレムとは言わなかった!言わなかったけど!この騙された感!
ぐっと何とも言えない気持ちをこらえているとペルルカさんが内緒話は終わったか?と小首を傾げて聞いてきた。
「あっ、すみません。俺のいた世界と全然違ってたので。それより殿下は……」
「ペルルカでいい」
「あ、はい、ペルルカさんは何故あんなとこほで倒れていたんですか?」
すると彼は表情を曇らせて語り始めた。
「ここから馬車で三日ほど行った先にグーズベリーという街がある。そこそこに大きな街だ。そこに視察に行った先で刺客に襲われてルージュの森に逃げ込み、そのまま彷徨って恥ずかしながら行き倒れていたというところだ」
「第一王子のあなたを狙うなんて誰がそんなことを……」
「第二王子の手のものだろうな。私は見ての通りワーウルフだ。王と魔物の間に生まれた禁忌の子なのだ。それを王配はずっとよく思っていなかった。その息子の第二王子もな」
「あの、気を悪したらすみません。王様はどうして魔物との間に子供を?」
彼はかくんと肩を落としてひょいとすくめてみせた。
「強い子が欲しかったそうだ。ただそれだけのために魔物の血を王家に入れていいと思うそんな父だ。王としては民から慕われているが父親としては尊敬できないな。まあ実際、自分で言うなのも何だが兵士の十人や二十人程度なら私一人で相手できるくらいの強さはあるから父の狙い通りの子が生まれたのだがな」
「でもあなたは追いやられた」
「流石に一個中隊を出されては俺もああなる。善戦はしたのだがな」
中隊相手に一人で善戦。すげえなこの人。
「今頃私の遺体を探してルージュの森をしらみ潰しにしているかもな」
「え、じゃあここも危ないんじゃ……」
だが、とペルルカさんは俺を見てにやりと笑う。
「お前に会えた。頼みがある」
「え、なんですか」
「私に協力してほしい」
「何のです?危ないのは嫌ですよ?」
「なに、私を王都まで運んでくれればいい」
「えっと、運ぶと言われましても……」
メロンドロップス、と彼は俺を指差して言う。
「あそこまで大きなワイバーンを召喚するには高純度なドロップスが必要だ。どこかでお前が買ったのか?パインドロップスだってそうだ。あれほどの傷がいまや何の痕も残っていない。あれも買ったのか?私は違うと読んだ。それこそがお前のギフトなのだと。違うか?」
「ええっと……」
俺は言葉に詰まった。視線を彷徨わせて考えた末にそうです、と認めた。
「詳細は言えませんが純度の高いドロップスを所持しています」
「そこにメロンドロップスはまだあるか?」
「あります」
「ならば明朝、またワイバーンを呼び出して欲しい。そして私を王都まで運んで欲しい」
「王都って飴が舐め終わるまでに着くんですか?」
そう尋ねると、彼は可笑しそうに笑った。
「あのワイバーンなら一粒でシグルド・ルンド大陸を縦断できるぞ」
「そうですか。わかりました、乗り掛かった船です。お送りしましょう」
すると彼はありがとうと笑った。
今度こそ笑ったと俺にでも分かる笑顔だった。
翌朝、村を出て広いところでワイバーンを呼び出してその背に乗ってペルルカさんの案内で王都ジョーヌへ向かった。
王都はものの五分で見えてきて、ペルルカさんは馬車なら一ヶ月はかかる距離だぞと笑っていた。
高い壁で囲まれた王都の入り口で降りてメロンドロップスを噛み砕く。
ワイバーンが消えると兵士たちがわらわらと駆け寄ってきた。
するとペルルカさんを見るなり殿下!と膝をついた。さすが王都、ペルルカさんは顔パスだ。
「コウ、私は王城で決着をつけてくる。その後で話があるから教会で待っていてくれないか」
街は活気で溢れていた。露店が並び呼び込みをしている。何処かからいいにおいがしてくる。メインストリートは人でごった返していた。
「え?いいですけど……」
そうして彼は俺を街の中心にある教会に連れてくるとここで待っていてくれと言った。
「街中を見て回ってもダメですか?」
「迷ったら困るから大人しくしていてくれ。頼む」
そこまで言われたら仕方がない。俺は教会に入ってそこで初めて女の人と出会った。
司祭の格好をしたその女の人は俺を見るとまあ、と手のひらで口元を覆った。
「ペルルカ殿下、この方は加護持ちなのですね」
「ああ、私は王城で所用があるからそれが終わるまで預かってくれないか。夕方までには戻るから昼食も食べさせてやってくれ」
「かしこまりました。確かにお預かりいたします」
さあこちらへ、と奥へ案内されながら入り口を振り返ると、ペルルカさんが出ていくところだった。
「ワインでもお飲みになりますか?」
小部屋に案内されてそう言われたが俺はあまり酒は強くない。この世界のワインがどんなものかはわからないがまだ午前中から酒を飲む気にはなれなかった。
「いえ、水でいいので少し頂けますか?」
お水をもらって一息つく。グラスを返して司祭の人に話しかけた。
「あなたのお名前は?あ、俺はコウと言います」
司祭の人は私はユリアと言います、と教えてくれた。ユリア。可憐な名前だ。
「ユリアさんはどうして司祭に?」
「幼い頃に前の司祭に選ばれたのです。高純度のハッカドロップスを作る才能があると」
「司祭は結婚しちゃダメなんですか?」
「ハッカドロップスは身も心も綺麗な者でないと作れないと言われています。そのために聖職者は縁を結ばない者は多いです」
「女の人は大抵教会に?」
「そうですね。ほとんどの者が教会に所属してハッカドロップスの生成に勤しんでおります」
虚しくはならないのだろうか。男たちが恋を謳歌している中で自分たちは飴玉を作り続けなくてはならない。
「俺だったらそんな人生イヤだな……」
ついぽつりと本音が出てしまってはっと口元を手で覆った。
「すみません。あなたたちの苦労も知らずに勝手なこと言いました」
「……コウ様はお優しいのですね」
「え、どこがですか?」
「この世界では女の地位は高いです。死者蘇生のハッカドロップスを作れるのはほとんどが女ですから。暮らしだって私は何不自由なく暮らさせて頂いております。食べるものにも困りません。女というだけで将来は安泰なのです。男の方の中にはそれを羨ましいとおっしゃる方もいます。でもやはり女は孤独なのです。愛を識っていても愛をすることはできない。この世界の人間の多くが忘れてしまった、または思い出さないようにしていることです。こんなふうに面と向かってこの生活が嫌だと言われたのは初めてです。それはコウ様が我々に同情してくださっているからでしょう?」
「いや、そんな深く考えていたわけじゃ……」
恐縮する俺にユリアさんはそれでもありがとうございます、と微笑んだ。
「でも大丈夫です。私たちはこの仕事に誇りを持っています。だからどうか憐れまないで」
穏やかな微笑みに俺は自分が恥ずかしくなった。
何がモテモテだ。何がハーレムだ。
ここの女の人たちはプライドを持って生きているのだ。
浮ついた考えだった自分を恥じた。
「そろそろアップルパイが焼けた頃です。お持ちしますね」
ユリアさんが出ていく。それを見送ってはあ、とため息をついた。
「浮かない顔をしてるね、私のバンビーノ」
するとサクマさんがそんなことを言い出したのでぎょっとした。
サクマさんはぽんっと弾けるとそこにはあの神様が立っていた。
長い金髪、透き通った海のような青い瞳。その顔を今度こそまじまじと見て鷹のようというか、猛禽類のような顔をした人だなと思った。
「いや、誰かさんがハーレムだとか煽ってくれたおかげで恥かいたと思いましてね」
おや、と彼は心外そうに体を仰け反らせた。
「きみならできるさ。それが男だというだけだ。何か問題でもあるのかね」
「俺はノンケなんですけど」
ナンセンス!と彼は大袈裟に両手を広げた。
「愛し愛されるのに性別なんて関係ないじゃないか。ましてやこの国では男同士が番うのが普通なんだよ?」
「この世界を作ったのはあなたなんだよね。じゃあこの男だらけの世界もあなたの好みなの?」
神様はニコッと笑って何も答えなかった。でも答えないってことはそういうことなのだろう。
「俺はこの世界で生きていくしかない。それはそういうことなんですね」
「司祭になって私と添い遂げてくれても構わないのだよ?」
「それはちょっと嫌かも」
振り回される未来しか見えない。
神様は酷い!と泣き真似をする。こういうところなんだよなぁ。
「さて、司祭が戻ってくるから私は退散するよ。またいつでも呼んでくれたまえ」
「呼んでませんけど?!」
「ははは!」
彼はぽむっと弾けてそこにはサクマさんが戻ってきていた。どうやらサクマさんを媒介にご降臨なさってたらしい。
疲れた。あの人の相手は疲れる。
すると扉が開いてユリアさんが戻ってきた。手にはアップルパイとお茶の乗ったトレイを乗せていた。
「あ、運びます」
トレイを受け取ってテーブルの上に置くとユリアさんはやはりお優しいのですね、と笑ってくれた。
ペルルカさんは言っていた通り日が沈みかけたくらいの時間に戻ってきた。
服装はてっきり着替えてくるのかと思ったら朝の町民の服のままだった。
「コウ」
「おかえりなさい。どうでしたか?」
「ああ、第二王子は廃嫡となり流刑が決まった。王位は第三王子に譲ることにした」
「え、じゃあペルルカさんも王子様辞めるってことですか?」
「そういうことになるな。その代わり騎士団に入ることになった。この力を遊ばせるのはもったいないそうだ」
「そうなんですね。この結末はペルルカさん的には良かったんですか?」
「ああ、この身で王位を継ぐ気は無かったからな。ヨハン……第三王子はまだ若いが聡明な子だ。良き王となるだろう」
「そっか。なら万々歳ですね」
「ああ。そこでだ。コウ」
「はい」
ごほん、と咳払いをした彼を俺はきょとんとして見上げる。
すると彼は片膝をついて俺の手を取ると優しく包み込み、言った。
「私はこんな身ではあるが、きみの恋人にしてくれないだろうか」
「はいぃ?!」
「森で死にかけていた時、きみが現れてそれこそ本当に神の使徒が迎えにきたのだと思った。加護持ちだからと確かに初めはそういう理由で気になっていた。利用できないかと思った。けれどきみの優しさに触れて私は真実の愛を知ったのだ。好きだ、コウ。私の恋人になって欲しい」
どこにそんなスイッチがオンになる場面があったのかわからない。それとも男同士で結婚するのが当たり前のこの世界ではこんなものなのか?
頭の中で神様がケタケタと笑っている。
そう、俺はこの世界で生きていくしかないのだ。
「えっと……まずはお友達からでもいいですか?」
ペルルカさんがぱあっと表情を明るくする。
「ああ、ああ!少しずつ愛を育んでいこう!」
ペルルカさんが立ち上がって俺をガバッと抱きしめてきた。
突然のことに驚いた俺は抱き返すでも突き飛ばすでもなくただ抱きしめられながらペルルカさん良い匂いするなぁとどこか遠くで考えていたのだった。
異世界転移編、完
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