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第二部

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 三日間十分リフレッシュしてまた一日かけて屋敷に戻ってきた。
 アデミル様も私も丸五日間屋敷を開けていたので仕事がもう溜まっていた。わかりきっていたが書類が山になっていた。本当に書類って山になるんだなぁ。漫画やドラマの中だけだと思ってたよ。
 それから一週間くらいは午前中は早めに神様のところに行ってすぐ帰ってきて仕事して、ティータイムもいつもより軽く済ませ、夕飯の後も仕事をしていた。
 夜の営みも翌日に響くといけないからとしても一回、なんとしない日もあった。このラブラブな私たちがである。
 だからまあ、ちょっと欲求不満なところはあった。でもまあお互いそうなんだろうしこの忙しさを抜ければ思う存分できる、と分かっていたので特にそれについて何も言わなかったしアデミル様も同じ気持ちなのだろう何も言ってこなかった。
 そしてパルデレと会う日がやってきて、私は彼を私の執務室に通した。
「久しぶりやな!」
「いらっしゃい、パルデレ。これ、旅行のお土産なのだけど貰ってくれる?」
 お茶を飲んで一息ついたところで小さな包みを差し出した。
「お、いま開けてええやつ?」
「良いわよ」
「んなら早速……」
 パルデレは包みを開けると手のひらにその中身をころんと取り出した。
「へえ、蜻蛉玉のキーホルダーかいな」
「パルデレの髪の色に合わせて青にしてみました」
 青に金箔が散った蜻蛉玉のキーホルダーだ。これなら男の人でも身につけやすいだろう。
「ありがとな」
 パルデレはそうにかっと笑うと早速ポケットから取り出したキーホルダーに付け加えてくれた。
「つけてくれてありがとう」
 私が微笑んでお礼を言うとシオリィ、とパルデレが困ったような呆れたような顔で私を見た。
「あんまそうそう辺境伯以外の男に優しいせんほうがええで?な?パルデレさんとお約束しよ?」
「え?え?私何か駄目だった?」
「駄目やあらへんねん。よすぎてあかんねん。聖女スマイル破壊力かなわんわー」
「なんだかわからないけど約束します?」
「おう、そうして」
 そうして私たちは一通りお茶をしながらこれまでの売り上げなどの話とこれからのフルーツサンドやクレープの新メニューや下着の新商品などの打ち合わせをして話もまとまったかなと言うところでそういえば、とパルデレが荷物の中から小さな小瓶を取り出した。
 手のひらサイズのそれをほれ、と私に渡してくる。
「なに?これ。香水?」
 紫色のそのガラス瓶を開けようとすると待った、と止められた。
「ここでは開けるな」
「え、なんか危ないもの?毒?」
 するとパルデレはにやりと笑ってちょいちょい、と手招きした。
 私は恐る恐る耳を寄せるとパルデレはひっそりとした、けれどどこかねっとりした声で言った。
「媚薬や」
「びっ」
「シッ」
 人差し指を立てられてぱっと己の口元を手で覆う。そしてふうと一息ついてから手を外してえ?なに?とひそひそ声で問う。
「媚薬って、あの、えっちな気分になるっていう?あれ?」
「そう、それや。これはうちの国の正規品やから変な副作用もないし依存性もない。飲むタイプやけど匂いでも耐性のないやつはクるから開けんほうがええ」
「なんでそんなものを?」
「いやあ、結婚して三年やろ?新しい刺激が欲しいんちゃうかなって思て」
「よ、余計なお世話よ!」
「あ、じゃあこれはいらんと」
 私の手のひらから小瓶を取り上げようとしたパルデレからひょいと手を遠ざける。
「い、いらないとは言ってない」
 もにょもにょと私がそう言うとパルデレはぶはっと吹き出して笑った。
「いるやろ?」
「……いる」
「辺境伯に盛るもよし自分で飲むのもよしふたりで飲むのもよし。この小瓶半分で一人分ちゅうか一回分や。ただ辺境伯に盛る場合は匂いで気づくかもしれんから混ぜるもんはなんか考ええや。即効性の高いやつやで飲んですぐ体熱なってくると思うわ。効いてる時間は何もせんかったら三時間くらいやけどえっちすれば徐々に引いてくから」
「わ、わかった」
 手のひらの中のものを見下ろしてごくりと息を飲む。媚薬。そんなものが本当にあるなんて。
「気に入ったんならまた仕入れてやるし。その辺の店のは買うなよ。粗悪品や偽物も多いかんな。これは俺が仮にも王族やから手に入れることができる正真正銘の正規品やから」
「わかった……!」
 検討を祈るでーと手を振りながらパルデレは帰って行った。
 私は自分の部屋の机の引き出しにそれを隠してティータイムに臨んだのだった。


 パルデレから媚薬を貰ってから数日が過ぎた。
 媚薬はいまだに試せていない。机の引き出しに眠ったままだ。
 使ってみたい気もするし別に今のままで満足していると言う自分もいる。
 そうこうしていたら何故かアデミル様が最近何か言いたげにしているような気がしてきた。
 なんだろう、まさかばれたのではあるまいな、と思っていたら思いがけないことを聞かれた。
「最近、事業はうまく行っているのか」
 アデミル様は私の手がけている事業は自由にさせてくれているため余り聞いてこない。私が毎日こちらから色々報告しているので改めて聞く必要がないのだ。
 それなのに聞いてきたのには何か訳があるのだろうか。
「いえ、昨日も言いましたけど新商品の売れ行きが良くて新しい事業に手を出そうかと思ってます。高級かき氷。話しましたよね?」
「あ、ああ、そうだったな。その、資金は足りているか?足りないなら私の金も使って良いんだぞ?」
「いえ、潤沢にありますから大丈夫です。アデミル様から見て何か不安になるようなことがありましたか?」
「いや、きみの商才は素晴らしいと思っている。困っていないなら良いんだ」
「?はあ」
 なんだろう、歯にものが挟まったような遠くから何かを探る物言い。
「辛いことはないか?楽しくやれているか?」
「とても楽しくやれてます。やりがいがあって毎日が楽しいです」
「そうか……」
 まだ何か言いたげにしているアデミル様に私はイラッとした。私は気の長い方ではない。結論を早く知りたいタイプだ。推理小説とかも初めから犯人を確認してからでないと読めない。待つことが苦手なのだ。
「アデミル様、なにか気掛かりでも?」
 私が少しばかりピリッとした空気を出すとアデミル様は挙動不審になる。
「いや、その、だな」
 私の顔が険しくなっていくのを見たアデミル様がポケットから見覚えのある小瓶を取り出してことりと置いた。
 それはあの紫色の小瓶だった。
「……ミミアがきみが自分の部屋の引き出しに何かの小瓶を隠していると報告してきた」
「……」
 やべえ。スンッと真顔になる。ミミアが定期的に机の中を片付けてくれるのを忘れていた。
「それは、あの、その……」
 私がしどろもどろになんと言ったものかと言い淀んでいると、私のそんな態度に確信を持ったのかアデミル様がやはりそうか、と言った。
「自決用の毒薬だな?」
「へ?」
「パルデレに事業で失敗して首が回らなくなったらこれで自殺しろとでも言われたか」
「え?!それ毒薬なんですか?!」
 すると私の反応が思っていたものと違っていたらしくアデミル様は「は?」と目を丸くした。
「私その、媚薬だって貰ったんですけど……!」
 まさかパルデレが私たちを殺そうとしたのだろうか。一瞬そんな考えが浮かんだけれどアデミル様が蓋を取って匂いを嗅いだことで答えは出た。
「……媚薬だった」
 ホッと息を吐いてカウチの背もたれに体を預ける。
「なんだー、やっぱり媚薬じゃないですかー」
「なんでこんなものを持っているんだ。やはりパルデレか」
「そうです。日々のスパイスにって貰ったんですけど言い出すタイミングが無くて……」
 アデミル様はハーと深いため息を吐いて焦った、と呟いた。
「私はてっきり事業がうまく行っていなくて死ぬつもりなのかと……」
「そんなことする前にちゃんと相談しますよ。黙って死んだりなんてしません。なんたって私にはアデミル様を看取るという使命がありますからね」
 そう笑ってみせるとアデミル様もそうだったなと苦笑した。
「それで」
 とアデミル様は小瓶を揺らして先ほどまでと違って余裕を取り戻した様子でにやりと笑った。
「使わないのか?」
「つ、使います、か?」
 今度は私の方がおどおどしながら聞くとアデミル様はそうだな、と目の前に小瓶を掲げて言う。
「使うならシオリにだな」
「私ですか?」
「パルデレからのものならきちんとしたものだろうし何より私が飲んで暴走したらきみの体が持たないだろう?」
 確かに暴走したアデミル様は厄介だ。ならば私が飲む方がいいだろう。
 理性を失うほどの強制的な性衝動というのにも実はちょっと興味がある。
「……わかりました、飲みます」
「では今晩さっそく試してみようか」
 アデミル様がワクワクしているように見えるのは私だけか。
 ちょっとだけ夜が来るのが怖くなったのだった。


(続く)
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