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第二部

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 私は小山内詩織。ある日突然異世界に聖女として召喚されたあげく聖女じゃないと言われてアデンミリヤム・イル・ヴィルフォア辺境伯のもとに嫁がされました。
 すったもんだの末に私はシオリ・オサナイ・ヴィルフォアとなってアデンミリヤム様、愛称がアデミル様の妻として生きていくことになった。
 おっと、大切な情報を忘れていた。アデミル様は獣人、ワータイガーだ。
 白虎のような白銀に黒ラインのもふもふさんなのだ。
 丸い形の耳も長い尻尾も切れ長の金の瞳も全てがかわいい。
 そう、かわいいのだ。私の旦那様はかわいいのだ。これは声を大にして言わせてもらう。
 私の旦那様はかわいい!
 格好いいけどそれ以上にかわいいのだ!これは譲れない!
 アデミル様も私のことを溺愛してくれているけれど私も負けず劣らずアデミル様を溺愛している。似た者夫婦ですね、と私のお付きのメイドは言う。
 そんな私たちに、なんと赤ちゃんが産まれました。
 獣人のアデミル様と人間の私の子ってどんな子?って話ですよね。
 この世界には半獣人はいないらしくて獣人か人間かのどちらからしいです。
 で、この世界での獣人の地位は低くて辺境伯にまでなれたアデミル様が異例な状態で、普通は学もなく軍隊で使い潰されるのがせいぜいらしい。
 だからアデミル様は口には出さなかったけれど、健康で元気であればそれ以上は望まないって言っていたけれど、お腹の子が人間の子として産まれてきてほしかったんだと思う。
 その祈りは通じて産まれてきたのは人間の、しかも男の子だった。ヴィルフォア家の事実上の跡取りだ。
 アデミル様はそれはもう喜んで珍しく酔っ払うまでワインを飲んでいた。
 そんな新生ヴィルフォア家ですがよろしくお願いします!


 赤ちゃんの名前は一週間以内に決めて届けを出さなくてはならない。
 アデミル様はあの名前が良いだのこちらの方が縁起がいいだの迷いに迷ってひとつの名前を私に見せてきた。
 アインダルバス。夜明け星という意味らしい。
 夜明けの光の中でも輝く星。アインダルバス。
 良い名前ではないだろうかと私は思ったので良いと思います、と答えた。
 愛称はアインスだ。アデミル様の息子らしくて良いのではないか。
 するとアデミル様はきみは何か希望はないのか、と聞いてきた。
 私はこの二年ほどでこの世界の知識はそれなりに吸収して理解してきたつもりだ。でも名付けとなるとまた話が違ってくる。
 あちらの世界風の名前をつけるのは憚られたし名付け辞典を見てもどれも良くて迷ってしまう。
 だからここはアデミル様に決めてもらったほうが良いのだ。
 私がそう説明すると彼はそうか、と頷いてではアインダルバスにしようと心を決めたようだった。
 私はまだ産褥期でまともにベッドから動けなかったので届け出はアデミル様がしてくれた。
 この世界での産褥期は五日間と短い。なぜなら五日目に婦人科の先生が魔法で体を治してくれるからだ。
 では何故五日までは魔法で治さないのか。私には詳しい原理はわからないが五日より早くに治してしまうと母乳の出が悪くなるのだそうだ。
 アデミル様に理由を聞いてもそういうものだとしか教えてくれないし疑問にも思っていないようだった。
 私は別に乳母がいるので母乳の出は気にしなくて良いから早めに治してもらうこともできると言われたけれど出来るだけ私の母乳で育てたかったので五日目まで待つことにしたのだ。
 そして五日目。やってきた医師に魔法をかけてもらったら途端に体が楽になった。痛みもなければ気だるさもない、精神的にも安定した。
 ああ、私こんなに体調が悪かったんだなと思い知った。
 完全回復した私は早速お菓子作りを始めた。
 アデミル様はもう少し横になっていたらどうだと言ってくれたけれどもう元気なのでと笑って彼の頬にキスを落とした。
 今日はイチゴジャムを使ったミルクレープにした。お届け先の方がイチゴが好きだから。
 私はミルクレープをふたつ作るとお仕事中のアデミル様に教会に行ってきますね、と言った。
 するとアデミル様は大慌てでペンを止めて私も行く!と席を立った。
 一人で行けるのに、と思ったが心配してくれているのがよく分かったのでありがとうございますと素直に受け取った。
 馬車に乗り込む時はフットマンのベアノアが気をつけてくださいね、と手を取って馬車に乗せてくれた。
 アインスをお願いね、と執事長のルーイングに告げて私たちは教会へ向けて馬車を走らせた。
 教会に到着して個室の祈祷室に通される。いつものことだ。
 私は祭壇にミルクレープを供えると膝をついて祈りを捧げた。
 神様、お供えが数日開いたことすみませんでした。
 すると耳元でまあ仕方ないさと声がした。これが神様の声だ。アデミル様ほど低くはない男性の声。
「きみも大仕事を成し得て一息ついただろう」
 少しは、ですね。子育てはこれからですから。
 するとミルクレープが淡い光を放って消えた。
「イチゴクリームのミルクレープかい。いいね。私の好みだ」
 良かったです。息子ですが、アインダルバスと名付けました。よろしくお願いします。
 ああ、登録されてたから見たよ。良い名前だね。アデンミリヤムは自分の名前が長い間コンプレックスだったみたいだし良い名前をと悩んだのだろう。
 アデミル様、今も気にされてますか?
「いいや、きみが良い名前だと褒めてからは気にしなくなったな。現金なものだ」
 そうですか、良かったです。
 ねえ神様。
「なんだい」
 人間の男の子にしてくれたのは、神様ですよね。
「私は出産に関してはランダムだと言わなかったかな」
 でもそのシステムを作ったのは神様ですよね。介入できないわけないと思うんですけど。
「……それで?」
 不機嫌にならないで?感謝してるんです。アデミル様がとても喜んでいました。私もあの人が喜んでくれて良かったと思っています。
「きみは美味しいお菓子を毎日欠かさず供えてくれたからね。出産と産褥で作れない時はアデミルが果物を毎日供えに来てくれた。私はきみたちを気に入っている。だから少しばかり祝福を与えただけだ」
 ありがとうございます。今日も一日アデミル様と私とアインス、そしてヴィルフォア辺境地の民が幸せで在らんことを。
「ささやかな幸せをきみたちに捧げることを約束しよう」
 そうして私と神様の交信は終わった。
 立ち上がるとアデミル様が寄り添ってくれた。
「神はなんと」
「いつものことです。ミルクレープ喜んでいただけました」
「良かったな」
「はい」
 手を繋いで教会を出て馬車の元まで行くともう一人のフットマンのマグリッドが扉を開けて階段を設置してくれる。
 アデミル様が先に乗り込み、私に手を差し伸べる。
 その手を取って私は馬車に乗り込んだ。
 屋敷に帰り着くと乳母のメノリアがアインスを抱いて出迎えてくれて私は彼女からアインスを受け取った。
 柔らかいミルクとおひさまの匂いのするアインス。
 私はアデミル様を見上げて微笑みかけると幸せですね、と囁いた。
 そうだな、とアデミル様も私の肩を抱いて微笑んでいた。



(続く)
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