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1-5 「新選組」命名
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会津容保の命令により、壬生浪士隊と薩摩隊が厳戒態勢をとる中、建礼門の大扉が開かれた。
長州が斬り込んでくれば、この政変最大の激闘となる。
どちらも引けない。
長州は御所警護という要職を奪われる屈辱を受け、さらには東久世通嬉、壬生基修、三条西季知、錦小路頼徳ら親長州派公家の参内が薩摩と会津により阻止されている。
真木和泉、宮部鼎蔵らの長州主力が、死に物狂いで決戦に出ることが当然予想された。
だが、薩摩藩兵か押し開けた建礼門の外には、長州兵は一人もいなかった。
平和な京の日常が広がっているばかりである。
中村半次郎率いる薩摩兵と土方の壬生浪士隊は、呆然とした。
長州兵二千六百は夜半のうちに御所を退き、京を後にしていたのである。
血で血を洗う激闘は避けられた。
薩摩と壬生浪士は喜びの雄叫びを挙げた。
半次郎と土方は手を取り合った。
中村半次郎と土方が意気を通じたのは、これが最初で最後である。
以後、両者は不倶戴天の敵として命を狙い合う関係となる。
一兵を損じることもなく御所を引き上げる土方たちに、朗報が入った。
朝廷の武家伝送奏方がこの度の壬生浪士隊の働きを賞賛し、「新選組」と言う隊名を下賜すると言うのである。
武家伝奏方とは朝廷と幕府との折衝の任にある公家であり、「新選組」と言う隊名を下賜されたことは、朝廷が公に
壬生浪士隊を勤王の武士と認めたことを意味する。
芹沢と近藤の喜び様は異様であった。
守護職の配下の浪士(当時、浪士とは主を持たない不逞の輩を指し、武士とは認められていなかった)から、一挙に会津、幕府と肩を並べる武士となったのは望外の喜びだったのだ。
当然、芹沢が近藤に祝いの宴を設けようと言い出した。
近藤は土方と顔を見合わせた。
渡りに船である。
こうして八・一八の政変(別名、禁門の変)は終着を迎えた。
芹沢には即座に了解したが、それまでに土方にはやらねばならぬことがあった。
新見錦の始末である。
最初新見は酒と女癖の悪い、ろくでなし隊士と見られていた。局中法度などあって無きが如くの振る舞いで、副長がこれでは五十名を超える隊士に示しがつかない。
だが、土方の命で山崎たち観察方が彼を調べるうちに、長州の間者と言うとんでもない容疑が出て来た。
ことは急がなければならない。
最近、新見が長州方と会うのは、祇園一力から山緒の座敷に変わったと言う。
山緒は席数十数席という小さな貸し座敷である。
良い場所を選んだものだ。
ここなら新選組や会津、奉行所の目にもつかない。
逆に山崎たち観察方はやりやすかった、
祇園の路地にある小さな山緒を四六時中張り込むのは、一力相手よりずっと楽だったのだ。
政変の戦勝の宴は、九月十八日と島原の角屋最大の広間「扇の間」をすでに抑えてある。 何としてもそれまでに新見のカタをつけなければならない。
新見に切腹を果たさせ、それを角屋の宴の席の得意満面の芹沢に告げる。
衝撃に芹沢は深酒する。
悪酔いする。
得意の絶頂から最悪の地獄へ。
土方には手に取るように芹沢の心情がわかった。
そこへ突き込む隙がある。
あの神道無念流の化け物は、そうでもしなければ命を奪うことはできない。
近藤は当然、芹沢の謀殺を権力闘争と見ているだろう。
だが土方は違った。
新たに守護職となった組織が矜持を保つには、この二人にはいや、芹沢一派には消えてもらわねばならない。
近藤は土方の狙いにまったく気付かない。
気づいているのは総司のみだった。
新選組を華のある組織にするには、矜持を保てる組織とするには土方は手段を選ばぬつもりだった。
不逞の輩として会津の汚れ仕事をしに、京へ上がったのではない。
華や矜持を文字に表したのが「誠」である。
新選組の旗印を「誠」としたことに土方は別の意味で満足を感じていた。
土方は腹の中で、「誠」の文字を華と矜持と読んでいた。
総司は何も言わなかったが、何かを感じていると土方は思っていた。総司は安心できる男だ。
土方は近藤の俗とも言える野望を否定しない。
それでいいのだ。
近藤さんは野望を達成し、大名になればいい。
いや、俺がしてやる。
だが、彼は死ぬまで、俺の真の心を知らないだろう。
山崎から報告が来た。
最近、新見が長州方と会う機会が増えているという。
異変の前兆か!
ことがあるなら、新見に腹を切らせず捕える必要がある。
異変の全貌を吐かせねばならぬからだ。
しかし、これをやるには大きな難問が立ちはだかる。
芹沢の存在だ。
副長格の新見を、異変を吐かせるために取り調べするのを芹沢が坐視するはずがない。
場合によっては隊を二つに分ける闘争に発展する。
やはり、新見は山緒で有無を言わさず切腹させるべきか。
それを契機に芹沢一派の壊滅が狙いだが、新見が見せている新たな異変の解明はその先になる。
ことの大小はわからぬが、果たして勃発する異変に間に合うのか。
これは後日談だが、山崎たち監察方がつかんだ新見錦の勤王攘夷派は正しかった。
幕末維新のために命を落とした盟友たちが京の霊山神社に祀られているが、坂本竜馬、中岡慎太郎の墓に混じって新見錦の墓があったのだ。これは勤王攘夷に関心を寄せるなどと言う生易しいものではなく、新見が筋金入りの勤王派であった証明である。
長州が斬り込んでくれば、この政変最大の激闘となる。
どちらも引けない。
長州は御所警護という要職を奪われる屈辱を受け、さらには東久世通嬉、壬生基修、三条西季知、錦小路頼徳ら親長州派公家の参内が薩摩と会津により阻止されている。
真木和泉、宮部鼎蔵らの長州主力が、死に物狂いで決戦に出ることが当然予想された。
だが、薩摩藩兵か押し開けた建礼門の外には、長州兵は一人もいなかった。
平和な京の日常が広がっているばかりである。
中村半次郎率いる薩摩兵と土方の壬生浪士隊は、呆然とした。
長州兵二千六百は夜半のうちに御所を退き、京を後にしていたのである。
血で血を洗う激闘は避けられた。
薩摩と壬生浪士は喜びの雄叫びを挙げた。
半次郎と土方は手を取り合った。
中村半次郎と土方が意気を通じたのは、これが最初で最後である。
以後、両者は不倶戴天の敵として命を狙い合う関係となる。
一兵を損じることもなく御所を引き上げる土方たちに、朗報が入った。
朝廷の武家伝送奏方がこの度の壬生浪士隊の働きを賞賛し、「新選組」と言う隊名を下賜すると言うのである。
武家伝奏方とは朝廷と幕府との折衝の任にある公家であり、「新選組」と言う隊名を下賜されたことは、朝廷が公に
壬生浪士隊を勤王の武士と認めたことを意味する。
芹沢と近藤の喜び様は異様であった。
守護職の配下の浪士(当時、浪士とは主を持たない不逞の輩を指し、武士とは認められていなかった)から、一挙に会津、幕府と肩を並べる武士となったのは望外の喜びだったのだ。
当然、芹沢が近藤に祝いの宴を設けようと言い出した。
近藤は土方と顔を見合わせた。
渡りに船である。
こうして八・一八の政変(別名、禁門の変)は終着を迎えた。
芹沢には即座に了解したが、それまでに土方にはやらねばならぬことがあった。
新見錦の始末である。
最初新見は酒と女癖の悪い、ろくでなし隊士と見られていた。局中法度などあって無きが如くの振る舞いで、副長がこれでは五十名を超える隊士に示しがつかない。
だが、土方の命で山崎たち観察方が彼を調べるうちに、長州の間者と言うとんでもない容疑が出て来た。
ことは急がなければならない。
最近、新見が長州方と会うのは、祇園一力から山緒の座敷に変わったと言う。
山緒は席数十数席という小さな貸し座敷である。
良い場所を選んだものだ。
ここなら新選組や会津、奉行所の目にもつかない。
逆に山崎たち観察方はやりやすかった、
祇園の路地にある小さな山緒を四六時中張り込むのは、一力相手よりずっと楽だったのだ。
政変の戦勝の宴は、九月十八日と島原の角屋最大の広間「扇の間」をすでに抑えてある。 何としてもそれまでに新見のカタをつけなければならない。
新見に切腹を果たさせ、それを角屋の宴の席の得意満面の芹沢に告げる。
衝撃に芹沢は深酒する。
悪酔いする。
得意の絶頂から最悪の地獄へ。
土方には手に取るように芹沢の心情がわかった。
そこへ突き込む隙がある。
あの神道無念流の化け物は、そうでもしなければ命を奪うことはできない。
近藤は当然、芹沢の謀殺を権力闘争と見ているだろう。
だが土方は違った。
新たに守護職となった組織が矜持を保つには、この二人にはいや、芹沢一派には消えてもらわねばならない。
近藤は土方の狙いにまったく気付かない。
気づいているのは総司のみだった。
新選組を華のある組織にするには、矜持を保てる組織とするには土方は手段を選ばぬつもりだった。
不逞の輩として会津の汚れ仕事をしに、京へ上がったのではない。
華や矜持を文字に表したのが「誠」である。
新選組の旗印を「誠」としたことに土方は別の意味で満足を感じていた。
土方は腹の中で、「誠」の文字を華と矜持と読んでいた。
総司は何も言わなかったが、何かを感じていると土方は思っていた。総司は安心できる男だ。
土方は近藤の俗とも言える野望を否定しない。
それでいいのだ。
近藤さんは野望を達成し、大名になればいい。
いや、俺がしてやる。
だが、彼は死ぬまで、俺の真の心を知らないだろう。
山崎から報告が来た。
最近、新見が長州方と会う機会が増えているという。
異変の前兆か!
ことがあるなら、新見に腹を切らせず捕える必要がある。
異変の全貌を吐かせねばならぬからだ。
しかし、これをやるには大きな難問が立ちはだかる。
芹沢の存在だ。
副長格の新見を、異変を吐かせるために取り調べするのを芹沢が坐視するはずがない。
場合によっては隊を二つに分ける闘争に発展する。
やはり、新見は山緒で有無を言わさず切腹させるべきか。
それを契機に芹沢一派の壊滅が狙いだが、新見が見せている新たな異変の解明はその先になる。
ことの大小はわからぬが、果たして勃発する異変に間に合うのか。
これは後日談だが、山崎たち監察方がつかんだ新見錦の勤王攘夷派は正しかった。
幕末維新のために命を落とした盟友たちが京の霊山神社に祀られているが、坂本竜馬、中岡慎太郎の墓に混じって新見錦の墓があったのだ。これは勤王攘夷に関心を寄せるなどと言う生易しいものではなく、新見が筋金入りの勤王派であった証明である。
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