ひつじをください

田舎

文字の大きさ
上 下
21 / 47

しおりを挟む


「アシカショーを観たら、ペンギンのお散歩タイムみよーか。他にも…」
「そ、そんなに観る?」
「あ?」

俺の失言に、菊池の表情が崩れた…。


―――楽しそうに話す彼を遮ってしまった。


俺だって水族館は好きだし、ゆったりできる時間は落ち着く。
【せっかくきたんだし、ゆっくり観たいな】
そんなつもりだったけど、一緒にいる人間が人間だ。
焦りが滲む。


「あ、あの…嫌、とかじゃなくて…」

場所に癒され少し気が抜けてたとは言え、いくらなんでもうっかりしすぎだ!
言い訳できる言葉も出てこない。
冷や汗をかきながらあたふたしていた。


「いや、俺こそ悪かった。歩だってゆっくり観たいよね」

「え」

呆気にとられてしまった俺をみて、「あれ?違った?」と彼は首を傾げている。

いや、そうじゃない。

お前は、そんな顔や反応をする奴なんかじゃないはずだ


「菊池さ…。なんで今日はデートに、誘ったの…?」

今日一番の疑問。
なんで、今さら機嫌取りのような真似をするのか。
ドクドクと緊張感から心臓が速くなった。

菊池は一方的に俺に暴力を振るって、嬲って抱き枕にする。
学校では一切俺に関わってこない。
擁護もなにもしないから、俺がクラスでどんな扱いをされているかも知らない。
拒否すればあの手この手で脅してくる…


最低最悪なα様だろ?


モノ言いたげな俺の表情を読み取ったのか、彼は苦笑しながら言う。


「だって歩、俺と二人っきりだと泣いてばかりでしょ?ここでなら、ちゃんとした笑顔が見れるなぁって思った」



泣きたくて、

泣いているんじゃない。








「……」
「そんな顔しないで。ショーがはじまっちゃうよ?」

機嫌のよさそうな笑みを浮かべている。
手を繋ぎたいのかそっと手の平を差し伸べられても、その手を取る気にはならない。

嫌いだ。
やっぱり最低な男だ…。

「あ、あの…!」

そんな時、どうやら恋人同士じゃないと判断したらしいお姉さんたちが近寄って来た瞬間、

「ごめんね、オネーさん達?この子は俺の恋人だからさ。一緒には遊んであげらんない」
「!?」

腕を引かれると人前で大胆にも、ぎゅーっとキツく抱きしめられ頬にキスをされた。
その行動に俺もお姉さん達もぎょっと目を剥く。

「ば、バカ!こんな人前で…!」
「牽制。歩かわいいから、目を離すと今も誰かに持ってかれそうで心配」
「ーっ!?」

平然とそんなことを言うせいで、より一層周りの視線が俺に向いた気がした。
背中が痛くて、じわじわと体が熱い。

「せっかくのデートだから、楽しもうよ」
「だったら、離してよっ!」

渾身の力でようやく突き放すと、俺の真っ赤な顔にニヤリと口の端をあげ、今度は俺の片手を引っ張って歩き出した。
後ろからさっきのお姉さん達が「お幸せに」と呟いたのは聞こえないフリをして…。


「き、菊池…!?」
「俺ね、動物園とか美術館とかは他の奴とも行ったことあるんだけど、水族館ってはじめてきたんだ」


「此処だけは、どうしても"特別"な人と来たかったから」


特別の一言に、ズキっと胸に痛みが走った。


『ごめん。忙しくてデートとか出来なくて…。けど歩は良い子だから理解してくれるよな?優しいから許してくれるよな…?』


そんな所だけはあの人にそっくりじゃないか。
興味がないくせに相手が言われて喜びそうな嘘を、一体何人の人間に言ってきったんだ?


――信じない、絶対。


「また後で、さっきのでっかい水槽観ようね」
「…、うん…」





そして、絶対に笑わないと決めていたはずなのに、アシカショーで思いっきり水をぶっかけられた菊池に爆笑してしまった。


その菊池の耳が…
一瞬だけ、少し赤く見えた。




(気のせいだよな)



-------------



自由に泳いでいるようで
泳げてなんかいないんだ


あの青い空には、すぐそこに終わりがあって


ぼくの 小さな世界みたいだね。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鬼ごっこ

ハタセ
BL
年下からのイジメにより精神が摩耗していく年上平凡受けと そんな平凡を歪んだ愛情で追いかける年下攻めのお話です。

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

オメガなパパとぼくの話

キサラギムツキ
BL
タイトルのままオメガなパパと息子の日常話。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

高貴なオメガは、ただ愛を囁かれたい【本編完結】

きど
BL
愛されていないのに形だけの番になるのは、ごめんだ。  オメガの王族でもアルファと番えば王位継承を認めているエステート王国。  そこの第一王子でオメガのヴィルムには長年思い続けている相手がいる。それは幼馴染で王位継承権を得るための番候補でもあるアルファのアーシュレイ・フィリアス。 アーシュレイは、自分を王太子にするために、番になろうとしてると勘違いしているヴィルムは、アーシュレイを拒絶し続ける。しかし、発情期の度にアーシュレイに抱かれる幻想をみてしまい思いに蓋をし続けることが難しくなっていた。  そんな時に大国のアルファの王族から番になる打診が来て、アーシュレイを諦めるためにそれを受けようとしたら、とうとうアーシュレイが痺れを切らして…。 二人の想いは無事通じ合うのか。 現在、スピンオフ作品の ヤンデレベータ×性悪アルファを連載中

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

ヤクザと捨て子

幕間ささめ
BL
執着溺愛ヤクザ幹部×箱入り義理息子 ヤクザの事務所前に捨てられた子どもを自分好みに育てるヤクザ幹部とそんな保護者に育てられてる箱入り男子のお話。 ヤクザは頭の切れる爽やかな風貌の腹黒紳士。息子は細身の美男子の空回り全力少年。

処理中です...