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23 愛になるまで

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(真斗様が、おっきな犬になったみたいだ…)

ベッドの上でふたり横たわっていた。
風呂でさっぱりした体は真斗様にがっしりと抱きしめられ、ふんふんと髪から首筋まで匂いを嗅がれていた。

「あ、あの……俺、どこか臭いますか?」
「あぁ。まだ、"榊"の臭いがする」
「へ??さか、きの?」
「まずは隅々まで俺の声と感触を覚えろ。俺が教えたこと以外するな、気に食わん」

とにかく気に食わないのだとムスッとされている。
そんなことを言われたって、俺にはどうすればいいのか……なのに榊に嫉妬しているような発言が嬉しくってじんわりと体が熱い。

「真斗様は私を、」
「そこも"俺"、だろ?」
「………真斗様は俺を甘やかしすぎではないでしょうか」

さっきの風呂だって文字通り隅々まで真斗様に洗われてしまった。誰かに体を清められるのがあんなに心地いいんだって初めて知ったのに…
結局今回だって俺はしてもらうばかり。何の奉仕も出来てない。

「もしかして俺は、何もしない方がいいのでしょうか?」
「そんなことはない。心身共に傷ついているお前を癒して慰めるのは俺の仕事だろ?」
「…でしたら、俺の仕事は?俺だって真斗様の役に立ちたいです」
「今のままで十分だ」

――――思ってた通りの言葉に胸の奥が痛んだ。
貴方に手間ばかりかけさせている俺が、一体なんの役に立っていると言うのか…。

「……雪路。お前の命に直接関わらないこと以外なら、他の男に抱かれるな」
「え?」
「例え脅されようが美味い話を持ってこられようが頑なに断れ。あと性行為前に挨拶などするな、抱かれるのがお前の勤めみたいなのもやめろ」

嬉しい言葉なのに少し複雑だった。
もちろん俺は真斗様以外に抱かれたくないし、そんなつもりだってない。けれど”命”が前提という話は大きすぎて反応に困るのだ。

「もし、やむを得ず抱かれてしまった場合は?」
「死ぬ覚悟で俺に喧嘩を売って来たのだから、相手は本望だろうな」

地の果までも追いかけて許さない。冷ややかな声が聞こえて背筋がぞわっとした。
その、俺の処遇について何も触れなかったのは… 怖くて聞けなかった。

「分かりました。でも抱かれるのは俺の勤め、ではないのですか?」
「……そのことだが雪路。お前には教育係をつける。一般教養をはじめ性教育までしっかり学ぶといい」
「!?」

真斗様は、やはり俺に教養どころか学ぶ場がなかったことを知っていた。
けど俺に教育係をつけるなんて一体どうして…

「心の中に引きこもるのは何も知らないからだ。視野を広げてもっと世の中を知るといい。そして―――、最後はお前が決めろ」
「? あの、おっしゃってることの意味が分かりません。最後?俺は何を決めればいいのですか?」
「雪路」

どうしてだろう。真斗様の声が少し弱く、震えた気がするのは…
ぎゅっと抱きしめる腕の力が強くなった。

「俺は…最初からお前の意思を無視しただけでなく、他の誰にもやりたくない為に純潔までも奪った。そのことは微塵も後悔していないが…お前がボロボロになっていく姿だけは、今後も耐えられる自信がない」

この先も、"雪路"という人間は何度も壁にぶち当たるのだろう。
そして鬼崎の為に―――それを強く願った結果、またどこか遠くへ行こうとするのがおそろしいのだと真斗様は呟いた。

「今のお前では繊細すぎる上に、あまりにも世間を知らなすぎて危うい。もしも俺と共にあることを望むのならば、もっと学んで成長してくれ。そして近い将来、雪路に鬼崎の人間として生きるかを迫った時、自分の意志で決められるようになって欲しい」


「―――――――」


その言葉に心も体も、震えた。
捨てられるとかそんな恐怖じゃない。もっと深い――――


"鬼崎雪路して生きるか、それとも外の道で生きるかは
最後にお前が決めろ" と…

いつかそれを貴方から問われるのだと、分かった。


「俺が、選ぶんですか…?」
「あぁ。そうだ。勿論俺は全力で口説き続けるし、お前をこうして独占する。だが、支配したいわけじゃない」

真剣な表情なのに、目の色はとても優しい。
黒い瞳に俺がうつったとき、俺は榊で過ごしてきたひとりの夜を思い出した。



… ずっとずっと、暗い闇の中で生きてきた。
何もない。小さな蝋燭だけが照らす物置小屋は隙間風も冷たくて、寂しい。

(このまま…ずっと一人なのかな…)

いつもそんなことを考えていた。
前が見えなくて、もう明日を見たくない――― 生きている感覚さえ失いそうになる日もあった。

それを目の前にいる、鬼崎真斗様という大きな光が、こんなにも明るい場所に俺を連れてきてくれた。


なのに貴方は… 俺にもっとこの世界を見ろというのですか…?
そして この場所で生きる以外の選択を許すなんて…



「真斗様、どうして…」


なぜ…
どうして、そこまで俺にしてくださるのですか…?

その質問は、自然と口から出ていた。



「お前を、愛しているからだ」



『あいしてる』



――――あぁ、そうだった
どうして忘れていたんだろ… こんなに大事なことを…

同じだ… 母さんの言葉も… 同じだった…


『雪路… 、あいしてる、あいしてる、ずっと… あいしてる』


今際の際に繰り返されていた言葉
まだ幼くて"愛してる"、の言葉がわからなかった俺に母がずっと言っていた。

ほほえんで、頬を濡らして… じっと俺を見ていたのに…



(母さん… 俺も、愛しています…)


愛しています 

   ずっと…っ、 これからも、‥‥





「…、……待って、くれますか…?」

真斗様が求めているのは、今じゃなく未来の俺の言葉だ。
誰かを慕ったことのないこの幼い心が、もっと成長して、胸を張れるまで……

俺も貴方を愛しているって、堂々と言えるようになるまで…


「あぁ、約束しよう。
だから、もう自分を虐げるな。お前は自由でいい」



そうだ
鬼崎に来てから俺を虐げていたのは、俺だけだった…


顔をあげれば、涙で滲む真斗様の顔があった

でも教わっていた 知っていた

人が泣くのは悲しいときだけじゃないってことを――――




「……… そうだな。笑った顔が、一番いい」



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