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13 (真斗目線)後半雪路

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(真斗目線)


己の気持ちを自覚をしてからというもの、いっとう婚約者が可愛く見えてしょうがない。

『顔を上げて話をしても、良いのですか?』
どこにNoと答える人間がいる。
雪路をそうやって目上の人間からの許可がなければ不安になるよう躾けた榊家には苛立ちと不快感が募る一方だが、それでも雪路は自分を変えようと努力してくれた。

(だが、まだまだだな)

もっと気軽に接してもらわなければ…。
それに雪路の一人称が「私」ではなく「俺」であることなどとっくに分かっていた。二人きりで過ごすようになってから本来の雪路は喜怒哀楽がしっかりと声や表情にでるタイプで、話も好きなのだろうと知った。真斗が微笑めば雪路の口端も自然とあがり、褒めれば恥ずかしいと頬を染める。
すべて序の口に過ぎない、が……。


「そんなに俺の顔は怖いか?」
「「!?」」

つい口から出た質問で部下達を困惑させた記憶も新しい。
使用人からの報告では雪路がついに声を出して笑ったという。それを聞いたときは「は??」だ。

(やはり俺の見た目が問題か?)

これまでデカブツ・不愛想・堅物など他の誰でもない父、藍之助から言われてきても気にしたことはなかったが……、好意を抱いている人間に怖がられるのは鬼と付く家名があっても堪えた。
なるだけ彼を怖がらせないよう接したところで軍人という職業を捨てることも、生まれ持った容姿や体格を矯正することなど不可能なことだ。

うまくいきそうでいかないもどかしさ。
距離を詰めるべく誘ったデートは雪路の自信のなさというモヤっとする理由で断られ、真斗の内心は穏やかではなかった。


そんな頃、事件は起きた。




「真斗様。一つお願いがあるんですが、よろしいでしょうか?」
「あぁ。どうした?一つと言わずいくらでも言え」

珍しく食事中に口を開いたかと思えば、"お願いがある"と言うのだ。
なにか欲しいものがあるのか?
無論買い与える気満々で言ってやれば、やや緊張気味だった雪路はほっとした表情を見せた。

「実は、街で仕事を探したいのです」
「なに?」
「勿論、朝と晩はちゃんとお手伝いを頑張ります。一日数時間だけでいいので働く許可を頂きたいのです」

……何を言っている??
ピシッと固まった真斗の気配を察し、二人の食事を見守っていた田中がやや気まずい顔を浮かべる。
さらに暗い真斗の一声は小さすぎて届かなかったらしい。肝心の雪路が場の空気に気付くことなく言葉を続けてしまったことで余計に真斗の神経を煽っていた。


「――――駄目に決まっているだろ」

場が凍り付くほど冷たい言い方をしてしまったが、雪路への怒りは当然のものだった。
我慢できず静かに淡々と続く言葉があった。

「雪路。自分が倒れた原因を分かっているのか?」
「わ、私が体調管理をできなかったから、です…」
「そもそも俺はお前がやりたいと願い出た範囲を許可しただけで、アレコレしろと言った覚えはないぞ。俺が雇っている人間以上のことをやろうとして自己管理を怠るような者に働く許可を出せると思うか?」
「そ、れは…っ」

心因だけでなく鬼崎に来るまでの肉体的疲労などもあっただろうが馬鹿は休み休み言え。
真斗どころか使用人、さらには面倒をみるよう言ってあった田中にすら自分の不調を訴えなかった雪路が仕事先で自己主張をできるとは思えなかった。
また人知れず無茶をして、今度は誰もいない場所で倒れたら――― そんなこと考えたくもない。

「そもそも何故俺の婚約者をよそで働かせなきゃならん」

どんな仕事にせよ、雪路が俺のいないところで他人に笑うのが一番許せない。
心が狭いと言われようが必要以上に外に出したくない。
ただお前は待っていればいい、この家で… 真斗が帰ってくるのを。


「わ、私は…そのっ、なんとお詫びを申し上げれば良いのか…」

一方の雪路は常に自分の気持ちを汲み取ってくれていた真斗が却下するとは思っていなかったらしい。それよりも初めて向けられた怒りに血相を変えていた。
その瞳は今にも泣きだしそうに揺れ、謝罪の言葉を懸命探していた。

「………謝るな。謝罪など求めていない」

己の気持ちを認めていなかったままだったならば謝罪を受け入れた上で「反省しろ」と雪路を突き放したかもしれないが、体調を崩した件なら既に反省していると分かっていた。それ以上にまた「追い出される・追い出さない」だのくだらない押し問答になるのは御免だった。

「何故、そう思ったんだ?」
「え?」
「お前のことだ、ちゃんと働きたい理由くらいあるんだろ?」

発言を許されたことがよほど嬉しかったらしい瞳が感動したように揺らいでいる。いや、もしかすると泣く寸前だったのかもしれない。

「お、お金を貯めたいんです!」
「………」

”却下だ。” 
思わずとも声に漏れていたらしい。雪路がガーーンと真っ青な表情で見るものだから少し良心が痛んだ。
(…………駄目だ、このままでは半永久的に終わらない会話になってしまうな)


「雪路、俺はそろそろ出る時間だ」
「……はい」
「続きは帰ってからだ。お前も事情があるならば納得させる理由を考えておけ」
「え、」

心配するな、怒ってない…ちゃんと話は聞こう。
言葉の代わりに頭を軽く撫でてやれば何となく伝わったのか、雪路の目元が安心したように柔らかくなる。


「あ、ありがとうございます…!」


頭ごなしに否定ばかりしてしまったが、一日中謝罪の言葉を考えられるよりはいい。
気持ちを改め真斗は家を後にした。




* * *


(雪路目線)



『大丈夫、理由を話せば真斗様も分かってくれます。あの方は少し拗ねてらっしゃるだけですよ』
始終やり取りを見ていた田中さんが優しく励ましてくれたおかげで持ち直したけど、真斗様を不快な気持ちにさせてしまった後悔は消えない。
それに拗ねている?怒っているの間違いではなくて?

(でも、真斗様は俺の話を聞いてくださると約束してくださった)

だから真斗様が帰ってくるまでに、ちょっとでもうまく説明できるよう何度も何度も頭の中で文章を考えて過ごした。
少なくともそのつもりだった。





「あ、あの……真斗様?」
「なんだ?」

失礼ながら、”なんだ?”とはこちらの質問なのですが……。

おかえりなさいとただいまの挨拶。そして始まった始終無言という居た堪れない夕食だったけれど、真斗様は不機嫌な素振りなど一切見せなかった。
しかし食事が終わるなり真斗様は俺を軽々と抱き上げて、ご自身の部屋へ一直線に向かった。
そして俺はいつも座る広いソファーの上で、それも… どうしてか真斗様に押し倒されていた。

「雪路」
「……っ」

熱っぽい声で名前を呼ばれるとドキッと心臓が跳ねる。
真斗様の熱い手が俺の頬に触れて、すんすんと俺の髪の匂いを嗅ぐ… な、なにか悪いものでも食べましたか!?

「あ、あのっ?…ひ、ぅっ」

――――っ、な、なんだよ今の声は!?
首筋に触れられるとくすぐったくて大げさな反応を返してしまった。
あぁ、どうしよう、どうしよう…!?
たくさん話す事を考えていたのに、このままじゃ全部頭の中から吹っ飛んでしまいそうだ。

「そんなに身を硬くするな、別に喰ったりしない」
「ま、真斗様?なにかあったのですか?」
「……」

??あ…、もしかして、今はそういう気分なんだろうか…?
俺は本番をしたことはない。だからうまくできる自信はないのだけど…、その相手が俺でいいなら満足していただけるように誠心誠意努めさせて―――、

「それはお前の方だろ?もしかして榊の奴らに何か言われたのか?」
「?」

―――榊?
お父様達が、俺に一体なんの用事があって連絡してくるんだろうか?

「それとも此処を追い出されても大丈夫なように準備しておきたい、など馬鹿を考えていないだろうな?」
「は、はい!?」

予想外の質問に驚いて目を丸くしてしまっただけだ。けど見せた焦りと動揺が核心をついたのだと勘違いさせてしまったらしく、さらに真斗様が俺との距離を詰めてきた。
逃がさないとでも言うように腕は強く掴まれ、視界には真斗様のお顔と天井しかない。

「そうなのか?」
「……あ、」

真っ暗な瞳には驚いた俺の顔が映っている。
どうしよう、違う、そんなこと思ってないって言わないといけないのに…

密かに嬉しいと思う自分がいた、なんて…



「教えてくれ。もしそうなら俺はお前を……」


途端、悲しげに目を伏せる真斗様にズキッと胸が痛んだ。
だめだ、この流れに身を任せたら…っ、俺が真斗様を傷つけてしまう…。

「俺は、っ、新しい着物が欲しいだけです…!」

だからちゃんと声を上げた。

古着でもいいから真斗様の隣に立っても恥ずかしくないように仕立ててもらいたい。
榊も誰にも関係ない。
見っともない姿だけは嫌だった。

「お世話になってる鬼崎に貢献するのが先だと分かっているのに、それも私利私欲のためにお金を貯めて使いたいなんて…、いけないと分かってるんですが…」
「雪路?」
「……それでも、真斗様の、っ・…、っ、」

”少しでも笑われないよう努力するので、
まだ真斗様の婚約者でいてもいいですか?”


「俺の、なんだ?」
「……おっ、…っ、そばに、いたい…」

……無理だ。限界だった、これ以上は言えない。
自由にされていた手で顔を覆い隠し、動物のようにうう゛~~~~~と唸ることしかできなくなってしまった。


もういやだ!!恥ずかしくて死んでしまいそうだ!!
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