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(二章)小ネタ
王龍と歌う精霊
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彼と、――彼らに関する物語について明確な資料は存在しない。
【自分は日出ずる国で生まれ育った】と名乗る黒髪黒目の青年は、あろうことか聖女降臨の儀においてシュヴァル国に現れた。
未だかつてない男神子の登場。さらに青年は”自分にはさっぱり何のことか分からない”。瘴気どころか魔法を見たのも初めてだと、なんの知識も持ち合わせていなかった。
"あぁ、なんということか…".
ついに神は我が国を見放したのか…。大層落胆した当時の国王は神殿の門を閉じさせ、彼を城に迎える事はしなかった。
聖女降臨が失敗しようが民衆が落胆しようが、無情にも月日は流れる。
舞台は変わり、シュヴァル国からずっと離れた南の小さな島。そこはかつて漁師たちで賑わっていたが、いまは瘴気の影響で漁獲量が急減していた。
こうして人間達のいなくなった島には、いつしか竜とその眷属であるセイレーン達が棲みついてた。
セイレーン。
美しい見た目をした彼女・彼らの歌声は、人間の心を魅了し惑わせた。
「王」
「王よ」
【――――――――】
歌うような声に、王と呼ばれて目覚めた竜。
巨体をゆっくりと起こし、セイレーン達を見渡す。
「おはようございます。我らが王」
「あぁ、お目覚めをお待ちしておりました」
【どうした、緊急事態か】
時間感覚に乏しい王龍は一度眠ると数日は眠りにつく。しかし今回は自然な目覚めではなく眷属達に起こされた。
――――また瘴気か、それとも侵入者か。
「よかった、王が目を覚ました」
「王、王!」「我らが王龍様」
【…………】
これは彼らの気質だ。こうして王を起こしておいて、とここん説明が苦手な生き物だ。起こした訳があっても王に訴える前に、まずは起床と察しのよさを喜び称えている。
ただし王龍を除いて。
【おい】
【―――レイ…。 エレインはどこにいる?】
王がいればいいと落ち着こうとする眷属達を見渡し、すぐ異変に気付いた。
―――我の最も愛しいセイレーンは何処に?と、王は不機嫌を隠さない。
そうして困惑と動揺したセイレーン達は、王を起こした理由をようやく伝えた。
【―――――――――――!!】
南の海域には竜の怒る咆哮が轟いた。
天の空は曇り、波は荒立つ。
セイレーン達は、すぐさま訪れる嵐に巻き込まれないよう海底の岩奥に身を潜めた。
”王が眠っている間に、不届き者がやってきた。”
人間はセイレーンを物珍しさから「人魚」と呼び、捕まえては彼等を高値で売買している。
エレインは様子を見に行くと言い、そのまま戻らなかった。
きっと人間達に捕まったのだ。と……
【そこ、か――――】
竜の怒りの矛先に揺れていたのは、一隻の船。
不埒な人間共に思い知らせてやろう
この海から生きて逃げられるわけがないと
◇ ◇ ◇
船員達の記録は曖昧だ。王龍との攻防戦は、数時間とも数日だったとも記録にある。
ただその光景を残した、当時の絵だ。
――――憤怒に染まった王龍の攻撃と、それを防ぐ手練れのエルフ。
激しい戦いだったと残されている。
【貴様ッ、エルフが何故・人間に加担するっ】
「……さぁ、どうしてだろうね。私も知りたいところだ」
どうして森に住まうエルフが人間を好き好んで一緒にいるのかは知らないが、すました顔が忌々しいと王龍は舌打ちをする。
王は王として人間達を逃がすつもりも引くつもりもない。
それよりも少し視線を外せば甲板に――――彼がいる。王に向けて必死に叫んでいた。
「王よ、お待ちください……!」
【レイ、そこまで待っていろ…】
よくも傷をつけたなと血走り、ギリッと歯軋りをする竜。
――――醜い、人間のせいだ。
エレインの腰まであったはずの美しい長髪は短く切られてた、肌も擦り傷だらけで…、それでも無事だ。こうして目と鼻の先にいる。
【船の原型を優先させていたが、逃げられるくらいならば――――】
このまま逃げられるよりはいいと渾身の魔力を込めた時、ひとりの人間の声が響いた。
「おいコラ、王様!!こいつはテメェの大事な思い人なんだろ!?その相手が必死こいて止まれって涙浮かべてんのに、いつまでも無視してんじゃねぇぞ!?」
それは、有象無象の一人に過ぎない男だった。
―――竜はこれまで長く生きてきたが、双黒の者は初めてで、思わず時を止めてしまった。
【―――人間風情がッ、なにを偉そうに】
「あ゛ぁ!?じゃあテメェは無駄にでけぇ蜥蜴風情じゃろが!!いっくら亭主関白でもこんな別嬪さんが蜥蜴の嫁さんとは勿体ねぇな!?」
極めて無礼・無粋にも王龍相手に言い返す人間は、いままでもいた。
しかし人間の男は驚いた事に丸越で、セイレーンを盾にすることもせず堂々と竜の前に立つ。
魔力も加護も感じられない。ずっと竜と対峙していたエルフが焦っているほどに―― 無力な人間と―――それを庇うために飛び出した影だ。
【……レイ、何の真似だ】
「王…!どうか、聞いてください」
何度も何度も、”エレイン”は王を止めようと必死だった。しかし怒りの感情に支配された王は耳を持たなかった。
王が人間を焼き払う前に、――――エレインの声は訴える。
(王よ、王よ。)
彼らは賊に攫われた自分を助けてくれました。
それだけでなく傷の治療してくれて私を貴方の元へ戻そうと、取り計らってくれました。それがどんなに危険かも知った上で、……と必死に訴えた。
「王、私は帰りました。貴方のセイレーンが」
竜に向けた優しく穏やかな微笑み。
そして竜も、その訴えを無視するほど愚鈍でもない。
【………それでも人間は許さぬと言いたいが……我の愛しき眷属を助けた人間達だ。非礼を働いたと詫びよう】
グルルルルと王龍は、冷静に頭を下げた。それに続くようにエレインも。
それが王龍――後に”ウナバラ”と名付けられる竜と、その島に招待された初めての人間、甘利 宗士郎の出会い。
宗士郎は、”ヤマト”と呼ばれて親しまれる加護に塩と砂糖を持つ神子の名だ。
「王よ。彼らは明日旅立つそうです」
「そうか………」
―――静まり返った庭園で、竜の姿からヒト型に落ち着いた王は、エレインに膝枕をさせて自分の髪を梳くよう命じていた。
それはまるで人間達の恋人や家族のように見える、目を疑いそうなほどの穏やかな光景だった。
「見送らなくていいのですか?それに」
「あぁ悪くはなかった。しかし、我が離れる理由には遠く及ばない」
「…………」
「?どうした、言いたいことがあるなら言え」
エレインは迷っていた。
王は支配する海のすべてを愛している。彼が生まれ育った海も、空も、声も歌も。
しかし、王はいつまでも”領海”の世界しか知らないのだ。
王の眷属であるセイレーン達は性格上、難しく考えない。歌うことはできても、この王に世界の姿や在り方を経験させることはできない。
「行っても良いのですよ。あの方たち… ソウシロウ様と一緒に旅に出ても」
「は?」
「貴方にはいい機会です」
「―――レイ…?まさか、我と離れたいのか?」
「それこそまさかです。この南の海に冬の精霊が訪れるような仲ではないと思ってます」
「………ならば、そんなことを言うな」
「しかし王よ、私は思うのです。貴方が初めて人の声を受け止めた。それはとても良い兆しです」
海だけでは学べないこともある。
あの、森のエルフのように…………。
「この瘴気に満ちた、混沌の時代です。貴方の力はきっと救いの一つになる」
「――――――」
私の王が、光り輝くのだとエレインは疑っていなかった。
「私は、歌いたい。
ソウシロウ様や私に名前をくれた貴方と、いつか英雄となる者達の歌を」
それはエレインの欲望や夢でもあった。
生涯謳われる歌に、愛する者達を刻みたい。
「なんだ、我だけではないのか」
「貴方に捧げる歌ですよ」
どうしても唄いたいという愛しいセイレーンに向けて、浮気はするなよ?と拗ねて口づけを交わす。
【人間の一生はすぐだ。】
だから我も、すぐに戻る。
流れる月日の中で ”噂話”は、人や竜、魚たちから響いた。
セイレーン、エレインは歌った。歌い続けた。
会えずとも歌が紡ぐ。
歌って歌って――――――――
【王… ”ウナバラ様”、貴方の物語は いまどこに…、?】
END
補足
セイレーン(エレイン)は亡くなった後、ようやく海から解放されて、ずっと歌を頼りに王龍を探します。
そして見つけた時には―――……。
それでもずっと「帰りましょう」と囁いて、ドラゴンゾンビに変貌したかつての王龍に寄り添っていました。
王龍が大事にしていた【墓】が無事だったのは、歌う精霊となったエレインが守っていたおかげです。
【自分は日出ずる国で生まれ育った】と名乗る黒髪黒目の青年は、あろうことか聖女降臨の儀においてシュヴァル国に現れた。
未だかつてない男神子の登場。さらに青年は”自分にはさっぱり何のことか分からない”。瘴気どころか魔法を見たのも初めてだと、なんの知識も持ち合わせていなかった。
"あぁ、なんということか…".
ついに神は我が国を見放したのか…。大層落胆した当時の国王は神殿の門を閉じさせ、彼を城に迎える事はしなかった。
聖女降臨が失敗しようが民衆が落胆しようが、無情にも月日は流れる。
舞台は変わり、シュヴァル国からずっと離れた南の小さな島。そこはかつて漁師たちで賑わっていたが、いまは瘴気の影響で漁獲量が急減していた。
こうして人間達のいなくなった島には、いつしか竜とその眷属であるセイレーン達が棲みついてた。
セイレーン。
美しい見た目をした彼女・彼らの歌声は、人間の心を魅了し惑わせた。
「王」
「王よ」
【――――――――】
歌うような声に、王と呼ばれて目覚めた竜。
巨体をゆっくりと起こし、セイレーン達を見渡す。
「おはようございます。我らが王」
「あぁ、お目覚めをお待ちしておりました」
【どうした、緊急事態か】
時間感覚に乏しい王龍は一度眠ると数日は眠りにつく。しかし今回は自然な目覚めではなく眷属達に起こされた。
――――また瘴気か、それとも侵入者か。
「よかった、王が目を覚ました」
「王、王!」「我らが王龍様」
【…………】
これは彼らの気質だ。こうして王を起こしておいて、とここん説明が苦手な生き物だ。起こした訳があっても王に訴える前に、まずは起床と察しのよさを喜び称えている。
ただし王龍を除いて。
【おい】
【―――レイ…。 エレインはどこにいる?】
王がいればいいと落ち着こうとする眷属達を見渡し、すぐ異変に気付いた。
―――我の最も愛しいセイレーンは何処に?と、王は不機嫌を隠さない。
そうして困惑と動揺したセイレーン達は、王を起こした理由をようやく伝えた。
【―――――――――――!!】
南の海域には竜の怒る咆哮が轟いた。
天の空は曇り、波は荒立つ。
セイレーン達は、すぐさま訪れる嵐に巻き込まれないよう海底の岩奥に身を潜めた。
”王が眠っている間に、不届き者がやってきた。”
人間はセイレーンを物珍しさから「人魚」と呼び、捕まえては彼等を高値で売買している。
エレインは様子を見に行くと言い、そのまま戻らなかった。
きっと人間達に捕まったのだ。と……
【そこ、か――――】
竜の怒りの矛先に揺れていたのは、一隻の船。
不埒な人間共に思い知らせてやろう
この海から生きて逃げられるわけがないと
◇ ◇ ◇
船員達の記録は曖昧だ。王龍との攻防戦は、数時間とも数日だったとも記録にある。
ただその光景を残した、当時の絵だ。
――――憤怒に染まった王龍の攻撃と、それを防ぐ手練れのエルフ。
激しい戦いだったと残されている。
【貴様ッ、エルフが何故・人間に加担するっ】
「……さぁ、どうしてだろうね。私も知りたいところだ」
どうして森に住まうエルフが人間を好き好んで一緒にいるのかは知らないが、すました顔が忌々しいと王龍は舌打ちをする。
王は王として人間達を逃がすつもりも引くつもりもない。
それよりも少し視線を外せば甲板に――――彼がいる。王に向けて必死に叫んでいた。
「王よ、お待ちください……!」
【レイ、そこまで待っていろ…】
よくも傷をつけたなと血走り、ギリッと歯軋りをする竜。
――――醜い、人間のせいだ。
エレインの腰まであったはずの美しい長髪は短く切られてた、肌も擦り傷だらけで…、それでも無事だ。こうして目と鼻の先にいる。
【船の原型を優先させていたが、逃げられるくらいならば――――】
このまま逃げられるよりはいいと渾身の魔力を込めた時、ひとりの人間の声が響いた。
「おいコラ、王様!!こいつはテメェの大事な思い人なんだろ!?その相手が必死こいて止まれって涙浮かべてんのに、いつまでも無視してんじゃねぇぞ!?」
それは、有象無象の一人に過ぎない男だった。
―――竜はこれまで長く生きてきたが、双黒の者は初めてで、思わず時を止めてしまった。
【―――人間風情がッ、なにを偉そうに】
「あ゛ぁ!?じゃあテメェは無駄にでけぇ蜥蜴風情じゃろが!!いっくら亭主関白でもこんな別嬪さんが蜥蜴の嫁さんとは勿体ねぇな!?」
極めて無礼・無粋にも王龍相手に言い返す人間は、いままでもいた。
しかし人間の男は驚いた事に丸越で、セイレーンを盾にすることもせず堂々と竜の前に立つ。
魔力も加護も感じられない。ずっと竜と対峙していたエルフが焦っているほどに―― 無力な人間と―――それを庇うために飛び出した影だ。
【……レイ、何の真似だ】
「王…!どうか、聞いてください」
何度も何度も、”エレイン”は王を止めようと必死だった。しかし怒りの感情に支配された王は耳を持たなかった。
王が人間を焼き払う前に、――――エレインの声は訴える。
(王よ、王よ。)
彼らは賊に攫われた自分を助けてくれました。
それだけでなく傷の治療してくれて私を貴方の元へ戻そうと、取り計らってくれました。それがどんなに危険かも知った上で、……と必死に訴えた。
「王、私は帰りました。貴方のセイレーンが」
竜に向けた優しく穏やかな微笑み。
そして竜も、その訴えを無視するほど愚鈍でもない。
【………それでも人間は許さぬと言いたいが……我の愛しき眷属を助けた人間達だ。非礼を働いたと詫びよう】
グルルルルと王龍は、冷静に頭を下げた。それに続くようにエレインも。
それが王龍――後に”ウナバラ”と名付けられる竜と、その島に招待された初めての人間、甘利 宗士郎の出会い。
宗士郎は、”ヤマト”と呼ばれて親しまれる加護に塩と砂糖を持つ神子の名だ。
「王よ。彼らは明日旅立つそうです」
「そうか………」
―――静まり返った庭園で、竜の姿からヒト型に落ち着いた王は、エレインに膝枕をさせて自分の髪を梳くよう命じていた。
それはまるで人間達の恋人や家族のように見える、目を疑いそうなほどの穏やかな光景だった。
「見送らなくていいのですか?それに」
「あぁ悪くはなかった。しかし、我が離れる理由には遠く及ばない」
「…………」
「?どうした、言いたいことがあるなら言え」
エレインは迷っていた。
王は支配する海のすべてを愛している。彼が生まれ育った海も、空も、声も歌も。
しかし、王はいつまでも”領海”の世界しか知らないのだ。
王の眷属であるセイレーン達は性格上、難しく考えない。歌うことはできても、この王に世界の姿や在り方を経験させることはできない。
「行っても良いのですよ。あの方たち… ソウシロウ様と一緒に旅に出ても」
「は?」
「貴方にはいい機会です」
「―――レイ…?まさか、我と離れたいのか?」
「それこそまさかです。この南の海に冬の精霊が訪れるような仲ではないと思ってます」
「………ならば、そんなことを言うな」
「しかし王よ、私は思うのです。貴方が初めて人の声を受け止めた。それはとても良い兆しです」
海だけでは学べないこともある。
あの、森のエルフのように…………。
「この瘴気に満ちた、混沌の時代です。貴方の力はきっと救いの一つになる」
「――――――」
私の王が、光り輝くのだとエレインは疑っていなかった。
「私は、歌いたい。
ソウシロウ様や私に名前をくれた貴方と、いつか英雄となる者達の歌を」
それはエレインの欲望や夢でもあった。
生涯謳われる歌に、愛する者達を刻みたい。
「なんだ、我だけではないのか」
「貴方に捧げる歌ですよ」
どうしても唄いたいという愛しいセイレーンに向けて、浮気はするなよ?と拗ねて口づけを交わす。
【人間の一生はすぐだ。】
だから我も、すぐに戻る。
流れる月日の中で ”噂話”は、人や竜、魚たちから響いた。
セイレーン、エレインは歌った。歌い続けた。
会えずとも歌が紡ぐ。
歌って歌って――――――――
【王… ”ウナバラ様”、貴方の物語は いまどこに…、?】
END
補足
セイレーン(エレイン)は亡くなった後、ようやく海から解放されて、ずっと歌を頼りに王龍を探します。
そして見つけた時には―――……。
それでもずっと「帰りましょう」と囁いて、ドラゴンゾンビに変貌したかつての王龍に寄り添っていました。
王龍が大事にしていた【墓】が無事だったのは、歌う精霊となったエレインが守っていたおかげです。
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