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1章 脇役は砂糖と塩と共に
シュヴァル国 王都第二騎士団
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””法国マクミランが、聖女様降臨の義を行い成功した。””
それは数週間前、シュヴァル国の王座の間を震撼させた偵察部隊からの知らせだった。
「おぉ…なんということか…」
王の落胆した声を聞いた護衛騎士達は俯き、それぞれ違った想いがあっても静かに王の言葉を待った。
聖女を降臨させたマクミランと隣国シュヴァルは、元は同盟国で協力関係にもあった。しかし60年前、聖女を巡り起きた戦争により今は休戦中の敵国同士。
―――そのマクミランが、再び聖女を呼び出したのだ。
穏やかでいられる者は誰一人としていなかった。
「おのれ、マクミランめッ!星の神々も何を考えているのか!?」
玉座の隣に控えていた第一王子アルベルト。
苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべ、握った拳は激しい怒りに震えていた。
「よせ、アルベルト。……皆の者も、今は決して公にしてはならぬ。事実を確かめ、マクミランの出方を探ろう」
王は玉座から立ち上がり、凛々しく毅然した姿勢で振る舞う。
前の聖女が消失してから数十年。―――今やどこの国も土地に溢れる瘴気に頭を悩ませ抱えている。
シュヴァルにとっても聖女の存在は待ち焦がれる存在ではあった。
それでもまだ国は覚えている。争いを繰り返してはならぬと
「これより王名を下す―――――」
王がマクミラン法王に手紙を出し、マクミラン側も聖女の否定はせず、中立地区で聖女様と司教、そしてシュヴァル国代表者との会談の場を設けると返事が届いたのだ。
そして、王都第二騎士団は隣国へと馬を走らせた。
手紙の様子からして敵意はなく、むしろ聖女と会わせるなど友好的であるが油断は禁物だ。
それともう一つ。降臨が事実ならばマクミラン以外、他国の瘴気をどう考えているのか… それを知らねばならない。
知らねばならなかったのだが……
「嵌められたな…」
中立地区で騎士らを待ち受けていたのは、聖女でも司教でもなくマクミランが誇る高位の魔法使い達だった。
奴らは最初から話に応じるつもりなどなく、卑怯な事に騎士達が到着するより先に全ての準備を済ませていた。
すべてを察し、騎士が腰から銀色の剣を抜いた頃には遅く、
あと一歩でその剣先が喉を切り裂く前に
連中はニィっと口元を歪ませ、大掛かりな転移魔法を発動させるだけで良かった。
"""" ーーーーオオオォ、オオオオ!!!!! """"
転移の先は、死の森の"最深部"。
そこで騎士達を待っていたのは、生き物の住めぬ森で死してもなお動き続ける 悍ましい骸の巨龍。
中級以下の魔法を無効化し、その血は強い酸と毒の瘴気を纏う。
超一級の災害モンスター ドラゴンゾンビによる不意打ちと戦闘だった。
◇ ◇ ◇
「……、っ」
激闘の末、生きるのが奇跡だと誰もが思った。
傷を負ってもなおドラゴンゾンビを振り切り最深部を抜け出せたのは、イーリエが持つ加護のおかげだった。しかしそのせいで…
「イーリエ、ッ…」
「くそっ、防護壁を破る毒なんざ聞いたことねぇぞ!?」
……もっと早く動けていられたなら
……聖水で剣を浄めておくべきだった
……せめて自分が庇えていたら
痛々しく横たわる身体に、服を破ることで作った包帯に巻かれた仲間を見て、悔しさを感じない者などいなかった。
ドラゴンゾンビには、知性も感情などない。
あるのは、いまだに溶け落る腐った肉。窪んで見えないはずの眼、生き物を嗅ぎ分けることのできない鼻、音を感知できない耳。
生きていた頃はさぞかし名の通ったドラゴンだったのだろうが、今では魂の消えた動く屍でしかないはず。
それでも生き物を殺す優先順位は完璧だった。邪魔なイーリエに対し、執拗なまで攻撃してきたのだ。
ルカルが懸命に水魔法と治癒魔法で応急処置を施したおかげでイーリエは一命を取り留めたが……
騎士団の中で最たる美貌の持ち主だった彼は、ドラゴンゾンビの血を浴びせられ、体のほとんどが焼け爛れるほどの重症を負ってしまった。
それから… 時間のない森を騎士達はただ進むのみだった。
二日、三日…
火炎魔法で焼き尽くすことも風魔法で木々を薙ぎ倒すことに意味はない。気力と体力の無駄遣いだ。
しかし精神は少しずつ蝕まれ、削られて行く。
「チクショウ!アイツらには人の心がねぇのかッ」
薬剤師にとっては宝の山だろう。そこにも足元にも回復薬の材料となる薬草やキノコが山ほどあるのに……そのままでは強い毒性しかなく使えない。最低最悪の、悪趣味な嫌がらせだ。
「怒っても無駄です。それに……他国の騎士の死体なんて厄介で面倒でしょう。処分するにここは最適の場所です」
「ハッ、で?俺らは間抜けにも死の森に入ったって??」
「マクミランはそう仕立てたいのでしょう。死者は話せませんからね。俺は…ドラゴンゾンビもどきに成り果てても、アイツらに復讐を」
「ゴルディとアルタイルもそこまでだ。誰も死んでいないんだ、気だけはしっかり持ってほしい」
頭が痛くなりそうだった。
いくら諌めても自分を含め全員が殺気立っている状況は変わらず、また違うことでいざこざが起きてしまう。それでも内部分裂だけはさせてはいけない。
この状況は最悪だが、死の森は国境付近だ。
森を探索するにはイーリエのようなガイドになる人間が必須だが、奇跡的に抜け出せた人間もいる。
無事に抜け出せたなら、マクミランの土地を踏むことなく国に帰れると希望は捨てない。
(しかしマクミランは何がしたい?これはまるで……)
…… パキッ
生き物のいない場所でした音.
いつまでも体力と気力が続かないとき、……黒髪黒目の彼は現れた。
----ーーーーーーーーーー-ーーー
イーリエが持つ加護
精霊ウンディーネより与えられた一つの加護。
どんなに離れていてもイーリエは川の流れる場所を感知できる。
濃い瘴気に満ちた死の森には絶対に存在しない、清らかな場所だ。
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