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【番いのαから逃げたい話】
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ガチャリとドアノブが回された音に肩が震えた。
「唯君、起きたかい…って、またそんな隅っこで布団かぶってる」
「…!」
こっちにくるな、こないで
ぎゅうっと真っ暗な世界で視界を覆っていたのに、それは番いの手で簡単に取り去られてしまう。
「ごめんね、寂しかった?」
酷く情けない俺の顔を見て… 先生は、にこりと優しくほほえむ。
開けっ放しのドアの向こうから漂ってきたのは香ばしいベーコンと焼いたパンのふわっとした匂い。ここで先生が外出したわけじゃなく朝食を用意してくれていたんだと、ちょっと安心した。
「中々うまくいかないなぁ」
「…な、なにが?」
「うん、今日はオムレツに挑戦してみたんだけど唯君みたいに卵がうまく割れなくて三個もダメにしちゃった」
「なっ…!?無理して作らなくてもよかったのに」
「えぇ?でも朝からカップ麺出して怒ったのは君でしょ?」
あぁ、そんなことがあった
先生は料理が下手って以前に突然アレンジしようとするせいで高確率で独創的な味になる。それを注意したら朝っぱらから豚骨味とか激辛ラーメンを出してくるしで…極端過ぎるだろ。
「違う。起こせば俺が作った」
「それじゃあ意味ないな。ここ最近はずっと家事を君に任せっきりにして俺は楽してたからね。たまには俺も動かないと」
「最低限のことを俺がやるのは当たり前だ。せん、…俊哉さんには仕事があんじゃん」
以前、俺が自分のことを居候だと口走ってしまったせいで先生をすごく怒らせた。だから今回は発言に気をつけながら答えた。
「ありがとう。本当に唯はいい子だ、手伝ってくれて俺は助かってるよ」
頭を撫でられると、じわじわと顔が熱くなる。
褒められれば嬉しい…
平気で俺(Ω)に触れてきたのも語りかけてくれたのも、先生だけだったから。
「ほら、起き上がれる?」
差し出された手に一瞬悩む。
歩けないわけじゃない
この人に甘えたくないって気持ちがあるのに…… 自然と番いの手を選んでしまう。
「ー?この匂い…、もしかして近い?」
先生は俺のにおいを自然的で柔らかい匂いで、嗅げば心が落ち着くものだと言ってくれた事がある。
ただ、俺には自分の体臭もフェロモンも分からない。それよりもすんすんと首筋に触れてくる息とあたる髪の毛が、くすぐったい。
「ちょ…っ!昨日も散々嗅いだだろっ」
「そうだけど優しく俺を惹きつける、大切な君の一部だ」
「…っ」
無責任に"大切"だとか言わないでほしい。
耐えきれなくって俯き加減になれば、「愛してるよ」と囁かれて、さらに気が重くなる。
「唯くんはどう?ヒート時以外でも俺の匂いとか感じるのかな?」
「……ごめん。俺そういう感覚、鈍いから分かんない」
「何も謝ることじゃない。そのうち唯君も分かるようになるよ」
いやだ、それで失敗してしまったんだ。
またΩの本能に任せてしまったら、今度こそ俺が頑張ってきた気持ちや努力が手の届かないところに行ってしまう気がした。
「お腹減ったよね?安心して、パンはうまく焼けたから」
「うん」
………いくら俺が細くたって先生と同じく男だ。なのに先生は軽々と俺を抱き上げるから、ちょっとだけショックを受けてしまう。
(俺がいくら太ったところで、「いい運動だ」とかワケわかんないこと言いそうだな、この人…――っ!?)
「いやだ、まって!止まって!」
三、四歩だ。視線の先には暖かな日の光の差し込んでいるリビングがある。
空腹の腹を誘う、焼きたてのパンと挽いた珈琲の匂い…
なのに、ぞわりと鳥肌が立った。
「唯君?」
この先に行きたくない…。
ドアを一枚隔てた先の向こうが不快、それも怖いだなんて…。
急にどうした?なんて聞かれても、分からない。一度だって感じたことのない変化に戸惑うしかなかった。
「においが、いやだ…」
「におい??さっき掃除中に換気はしたけど」
「か、換気?本当にそれだけ?」
「あぁ」
先生のマンションで一緒に暮らすようになってからどんどん俺の中のなにか変わっていく。
それだけじゃない。先生が他所のにおいを連れてくるたび嫉妬しそうになる
さっきまでどこにいて、誰と会ってたんだ?
俺以外のΩやβ、αでも許せない。誰にも触らせんな
ちゃんと"巣"を守っていた俺を褒めてくれよ
俺が安心出来るまで番いを求めてやまなくなる。
「なるほど。発情期が近づいてきて君の本能が寝室を巣だと思ってるんだろうね」
―――は?
かわいいなぁと笑うけど、指摘された俺は愕然とした。
それが事実なら尚のこと部屋を出なきゃならない―――なのに、くるっと先生がリビングの扉に背を向けた途端、心のざわめきが落ち着いた。
「唯君。俺は君のおかげで幸せだよ」
そっとドアの方に手を伸ばしたけどそれは俊哉さんによって優しく阻まれた。
"この人さえいれば広い世界なんか必要ない。"
まるでそんな風に自分が作り変えられるみたいで、
泣きたいのに、
「………うん」
この不幸のどん底が どうしようもなく幸せだった。
ーend
ガチャリとドアノブが回された音に肩が震えた。
「唯君、起きたかい…って、またそんな隅っこで布団かぶってる」
「…!」
こっちにくるな、こないで
ぎゅうっと真っ暗な世界で視界を覆っていたのに、それは番いの手で簡単に取り去られてしまう。
「ごめんね、寂しかった?」
酷く情けない俺の顔を見て… 先生は、にこりと優しくほほえむ。
開けっ放しのドアの向こうから漂ってきたのは香ばしいベーコンと焼いたパンのふわっとした匂い。ここで先生が外出したわけじゃなく朝食を用意してくれていたんだと、ちょっと安心した。
「中々うまくいかないなぁ」
「…な、なにが?」
「うん、今日はオムレツに挑戦してみたんだけど唯君みたいに卵がうまく割れなくて三個もダメにしちゃった」
「なっ…!?無理して作らなくてもよかったのに」
「えぇ?でも朝からカップ麺出して怒ったのは君でしょ?」
あぁ、そんなことがあった
先生は料理が下手って以前に突然アレンジしようとするせいで高確率で独創的な味になる。それを注意したら朝っぱらから豚骨味とか激辛ラーメンを出してくるしで…極端過ぎるだろ。
「違う。起こせば俺が作った」
「それじゃあ意味ないな。ここ最近はずっと家事を君に任せっきりにして俺は楽してたからね。たまには俺も動かないと」
「最低限のことを俺がやるのは当たり前だ。せん、…俊哉さんには仕事があんじゃん」
以前、俺が自分のことを居候だと口走ってしまったせいで先生をすごく怒らせた。だから今回は発言に気をつけながら答えた。
「ありがとう。本当に唯はいい子だ、手伝ってくれて俺は助かってるよ」
頭を撫でられると、じわじわと顔が熱くなる。
褒められれば嬉しい…
平気で俺(Ω)に触れてきたのも語りかけてくれたのも、先生だけだったから。
「ほら、起き上がれる?」
差し出された手に一瞬悩む。
歩けないわけじゃない
この人に甘えたくないって気持ちがあるのに…… 自然と番いの手を選んでしまう。
「ー?この匂い…、もしかして近い?」
先生は俺のにおいを自然的で柔らかい匂いで、嗅げば心が落ち着くものだと言ってくれた事がある。
ただ、俺には自分の体臭もフェロモンも分からない。それよりもすんすんと首筋に触れてくる息とあたる髪の毛が、くすぐったい。
「ちょ…っ!昨日も散々嗅いだだろっ」
「そうだけど優しく俺を惹きつける、大切な君の一部だ」
「…っ」
無責任に"大切"だとか言わないでほしい。
耐えきれなくって俯き加減になれば、「愛してるよ」と囁かれて、さらに気が重くなる。
「唯くんはどう?ヒート時以外でも俺の匂いとか感じるのかな?」
「……ごめん。俺そういう感覚、鈍いから分かんない」
「何も謝ることじゃない。そのうち唯君も分かるようになるよ」
いやだ、それで失敗してしまったんだ。
またΩの本能に任せてしまったら、今度こそ俺が頑張ってきた気持ちや努力が手の届かないところに行ってしまう気がした。
「お腹減ったよね?安心して、パンはうまく焼けたから」
「うん」
………いくら俺が細くたって先生と同じく男だ。なのに先生は軽々と俺を抱き上げるから、ちょっとだけショックを受けてしまう。
(俺がいくら太ったところで、「いい運動だ」とかワケわかんないこと言いそうだな、この人…――っ!?)
「いやだ、まって!止まって!」
三、四歩だ。視線の先には暖かな日の光の差し込んでいるリビングがある。
空腹の腹を誘う、焼きたてのパンと挽いた珈琲の匂い…
なのに、ぞわりと鳥肌が立った。
「唯君?」
この先に行きたくない…。
ドアを一枚隔てた先の向こうが不快、それも怖いだなんて…。
急にどうした?なんて聞かれても、分からない。一度だって感じたことのない変化に戸惑うしかなかった。
「においが、いやだ…」
「におい??さっき掃除中に換気はしたけど」
「か、換気?本当にそれだけ?」
「あぁ」
先生のマンションで一緒に暮らすようになってからどんどん俺の中のなにか変わっていく。
それだけじゃない。先生が他所のにおいを連れてくるたび嫉妬しそうになる
さっきまでどこにいて、誰と会ってたんだ?
俺以外のΩやβ、αでも許せない。誰にも触らせんな
ちゃんと"巣"を守っていた俺を褒めてくれよ
俺が安心出来るまで番いを求めてやまなくなる。
「なるほど。発情期が近づいてきて君の本能が寝室を巣だと思ってるんだろうね」
―――は?
かわいいなぁと笑うけど、指摘された俺は愕然とした。
それが事実なら尚のこと部屋を出なきゃならない―――なのに、くるっと先生がリビングの扉に背を向けた途端、心のざわめきが落ち着いた。
「唯君。俺は君のおかげで幸せだよ」
そっとドアの方に手を伸ばしたけどそれは俊哉さんによって優しく阻まれた。
"この人さえいれば広い世界なんか必要ない。"
まるでそんな風に自分が作り変えられるみたいで、
泣きたいのに、
「………うん」
この不幸のどん底が どうしようもなく幸せだった。
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