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517.竜公国の陣にて4
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ヴェルは居住まいを正し、アミラを見つめた。
アミラもヴェルを見返した。暫く静寂が二人を包んだ。
ヴェルは大きく一度、呼吸をした。
「グロウさんは確かに強い。だが、戦だ。
今生の別れになるかもしれない。それでも俺について来るのか」
間髪入れずにアミラは答えた。
その答えに迷いは感じられなかった。
「はい」
ヴェルは微笑んだ。
「まったく大したもんだ。俺がアミラと同じ歳のころは、
迷宮でオーガに襲われて情けなく泣き喚いたりしていたというのに」
アミラも微笑んだ。
「その話は知っているです。
アルフレートさんやシエンナさんが話してくれました。
ヴェルナー・エンゲルスは決して逃げなかったと」
逃げようと思えば、逃げれらた。
しかしみっともなく泣きわめこうとも時間を稼ぐために
その場を逃げ出すことは決してなかった。
その様は、大地に根を生やした巨木の様であったと
二人によって語られた。アミラはこの話が大好きだった。
そして、その話の主人公に恋していた。
「まったくあの二人は。話を盛り過ぎだっての。
取り敢えず、グロウさんの連絡を待つとするか」
ヴェルは恥ずかしそうに苦笑した。
翌朝までグロウは二人の元へ顔を出すことはなかった。
「おはよう、アミラ。グロウさん、結局、顔を出さなかったな。
それにしても昨夜のあの爆音。何だったんだろうな」
のほほんとしたヴェルの表情に比べて、アミラの表情は優れなかった。
欠伸をしながら一際大きい天幕の方を眺めるヴェルの眉間が
険しくなった。
ヴェルの眼が捉えていたのは傷ついたグロウの姿であった。
グロウは、足を軽く引きずりながらこちらに向かって来ていた。
ヴェルはグロウの方へ向かって走り出した。その後にアミラも従った。
「グロウさん、これは一体どういうこと?」
ヴェルは神より下賜された回復薬を躊躇なく
苦し気なグロウに振りかけた。
幾分痛みが和らいだのか、グロウが口を開いた。
「貴様の気にすることではない」
「いやいや、ナサレノとやり合った時ですら、
こんな傷を受けてないでしょ」
ヴェルの言葉に対してグロウが何かを言おうとした時、
アミラが口を挟んだ。
「昨日の夜、私たちの件で陛下とやり合ったのですね。
あの爆音はその時のものですね。
エドワード陛下は、父上の言葉にお怒りになったです。そうですね?」
ヴェルはアミラの方を勢いよく振り返った。
「なっそれはどういうことだ」
「私とヴェルを王都に送る。
そのことは竜公国にこの大戦の勝者たることが低い。
父上がそう思っていると陛下はご判断して、
お怒りになったのです。それがこの結果なのです」
ヴェルの理解を越えた答えにヴェルは目を白黒させた。
国の柱石たる驍将が負け戦を考えながら戦う。
あり得ざる心得ではないかとヴェルは思った。
「ふん、勝てぬまでも負けた後のことを考えておくのが
国の柱石たる将の務め。
竜公国最強にして最高の将、グロウ様の首で此度の戦は
片が付く様にする」
グロウにしては珍しい程に優し気に溢れた表情をアミラに向けていた。
アミラはヴェルの袖をしっかり掴みながら、グロウを見つめた。
「本来ならば、陛下のご不興を買ってでも
我が国におけるこの戦の在り様を止めるべきであったな。
ヴェルトール王国に与するのが公国としての最善策。
だがなあ、それでは陛下の心は生涯晴れぬままだ。
幸いにして陛下の覇業へ公国の民は賭けた」
ヴェルは頭を掻きながら、グロウの話を遮った。
「それなら全力を尽くすのみでいいんじゃね」
「そうだな、ヴェルの言う通りだ。
だが、後ろ髪をひかれる思いがあるとどうもそうはいかん。
これは俺のわがままだ」
グロウの瞳孔が一際大きく開いた。
そして、グロウの迫力に圧倒された。
ヴェルはごくりと唾を飲んだ。
「アミラのことを娶れとは言わん。おまえもアミラも若い。
これから様々な出会いでお互いの想う気持ちが冷めることがあろう。
そうだな、陳腐な言い様だが、アミラのことを気にかけてくれ」
「はっそんなこと言われなくても当然だ。
アミラはアルが将来、主宰するクランの一員なんだからな。
国を追われて行くところに困ったら、グロウさんもクランに
来ればいいさ」
グロウは大いに笑った。ヴェルも釣られて笑った。
「そうだな、その時は頼む。腕っぷしならば、
ヴェルトール王国にいる学院長ファウスティノや
ルメディア教の司祭エヴァニアにも負けるつもりはない。役に立つぞ」
グロウは視線をアミラに移した。
「娘よ、そう言うことだ。
魔道槍兵ヴェルナー・エンゲルスについて行け。
王都で学ぶがよい。金はこれだけあれば足りるだろう。
この金は我がエドワード陛下と俺からだ」
グロウは腰にかけていた革袋をアミラに手渡した。
アミラはその革袋からずしりとした重みを感じた。
「受け取るですが、父上に必ず会うのです。その時は」
アミラは目に涙を溜めていた。グロウは軽くアミラを抱きしめた。
暫くするとグロウはアミラを引き離した。
「そろそろ行くがよい。アミラよ、成長した姿を見られることを
楽しみにしている」
「うっうん」
歳相応の感情と言葉でアミラはグロウの言葉に頷いた。
ヴェルとアミラはヴェルトール王国の王都グリーンシティに
向かって旅立った。
アミラもヴェルを見返した。暫く静寂が二人を包んだ。
ヴェルは大きく一度、呼吸をした。
「グロウさんは確かに強い。だが、戦だ。
今生の別れになるかもしれない。それでも俺について来るのか」
間髪入れずにアミラは答えた。
その答えに迷いは感じられなかった。
「はい」
ヴェルは微笑んだ。
「まったく大したもんだ。俺がアミラと同じ歳のころは、
迷宮でオーガに襲われて情けなく泣き喚いたりしていたというのに」
アミラも微笑んだ。
「その話は知っているです。
アルフレートさんやシエンナさんが話してくれました。
ヴェルナー・エンゲルスは決して逃げなかったと」
逃げようと思えば、逃げれらた。
しかしみっともなく泣きわめこうとも時間を稼ぐために
その場を逃げ出すことは決してなかった。
その様は、大地に根を生やした巨木の様であったと
二人によって語られた。アミラはこの話が大好きだった。
そして、その話の主人公に恋していた。
「まったくあの二人は。話を盛り過ぎだっての。
取り敢えず、グロウさんの連絡を待つとするか」
ヴェルは恥ずかしそうに苦笑した。
翌朝までグロウは二人の元へ顔を出すことはなかった。
「おはよう、アミラ。グロウさん、結局、顔を出さなかったな。
それにしても昨夜のあの爆音。何だったんだろうな」
のほほんとしたヴェルの表情に比べて、アミラの表情は優れなかった。
欠伸をしながら一際大きい天幕の方を眺めるヴェルの眉間が
険しくなった。
ヴェルの眼が捉えていたのは傷ついたグロウの姿であった。
グロウは、足を軽く引きずりながらこちらに向かって来ていた。
ヴェルはグロウの方へ向かって走り出した。その後にアミラも従った。
「グロウさん、これは一体どういうこと?」
ヴェルは神より下賜された回復薬を躊躇なく
苦し気なグロウに振りかけた。
幾分痛みが和らいだのか、グロウが口を開いた。
「貴様の気にすることではない」
「いやいや、ナサレノとやり合った時ですら、
こんな傷を受けてないでしょ」
ヴェルの言葉に対してグロウが何かを言おうとした時、
アミラが口を挟んだ。
「昨日の夜、私たちの件で陛下とやり合ったのですね。
あの爆音はその時のものですね。
エドワード陛下は、父上の言葉にお怒りになったです。そうですね?」
ヴェルはアミラの方を勢いよく振り返った。
「なっそれはどういうことだ」
「私とヴェルを王都に送る。
そのことは竜公国にこの大戦の勝者たることが低い。
父上がそう思っていると陛下はご判断して、
お怒りになったのです。それがこの結果なのです」
ヴェルの理解を越えた答えにヴェルは目を白黒させた。
国の柱石たる驍将が負け戦を考えながら戦う。
あり得ざる心得ではないかとヴェルは思った。
「ふん、勝てぬまでも負けた後のことを考えておくのが
国の柱石たる将の務め。
竜公国最強にして最高の将、グロウ様の首で此度の戦は
片が付く様にする」
グロウにしては珍しい程に優し気に溢れた表情をアミラに向けていた。
アミラはヴェルの袖をしっかり掴みながら、グロウを見つめた。
「本来ならば、陛下のご不興を買ってでも
我が国におけるこの戦の在り様を止めるべきであったな。
ヴェルトール王国に与するのが公国としての最善策。
だがなあ、それでは陛下の心は生涯晴れぬままだ。
幸いにして陛下の覇業へ公国の民は賭けた」
ヴェルは頭を掻きながら、グロウの話を遮った。
「それなら全力を尽くすのみでいいんじゃね」
「そうだな、ヴェルの言う通りだ。
だが、後ろ髪をひかれる思いがあるとどうもそうはいかん。
これは俺のわがままだ」
グロウの瞳孔が一際大きく開いた。
そして、グロウの迫力に圧倒された。
ヴェルはごくりと唾を飲んだ。
「アミラのことを娶れとは言わん。おまえもアミラも若い。
これから様々な出会いでお互いの想う気持ちが冷めることがあろう。
そうだな、陳腐な言い様だが、アミラのことを気にかけてくれ」
「はっそんなこと言われなくても当然だ。
アミラはアルが将来、主宰するクランの一員なんだからな。
国を追われて行くところに困ったら、グロウさんもクランに
来ればいいさ」
グロウは大いに笑った。ヴェルも釣られて笑った。
「そうだな、その時は頼む。腕っぷしならば、
ヴェルトール王国にいる学院長ファウスティノや
ルメディア教の司祭エヴァニアにも負けるつもりはない。役に立つぞ」
グロウは視線をアミラに移した。
「娘よ、そう言うことだ。
魔道槍兵ヴェルナー・エンゲルスについて行け。
王都で学ぶがよい。金はこれだけあれば足りるだろう。
この金は我がエドワード陛下と俺からだ」
グロウは腰にかけていた革袋をアミラに手渡した。
アミラはその革袋からずしりとした重みを感じた。
「受け取るですが、父上に必ず会うのです。その時は」
アミラは目に涙を溜めていた。グロウは軽くアミラを抱きしめた。
暫くするとグロウはアミラを引き離した。
「そろそろ行くがよい。アミラよ、成長した姿を見られることを
楽しみにしている」
「うっうん」
歳相応の感情と言葉でアミラはグロウの言葉に頷いた。
ヴェルとアミラはヴェルトール王国の王都グリーンシティに
向かって旅立った。
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