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314.IFの世界編 誠一の選択肢1

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キュルルルと長方形の箱から鳴っていた。
画面が暗転し、しょぼい騎士風のドット絵と共に
文字がゆっくりと浮かび上がって来た。

『ヴェルトール王国戦記』
続けますか→はい。いいえ。

選択肢が表示されていた。流石に誠一はどちらを
押すべきか悩み、剣豪にも状況を説明した。

「『はい』ですな。『いいえ』を押せば、ここで終わりそうでござる」
誠一は、剣豪の直感を信じられなかった。
ほんの少し前まで殺し合いをしていたのだから、
それは当然の感情であった。

上下の矢印ボタンを押すと、『いいえ』の方へ動いた。
誠一は、剣豪と逆張りをした。
enterと書かれた大きめのボタンを押して、『いいえ』を選択した。

突然、砂嵐のようなノイズが画面に走り、
ざっーざざっー言う不快な音が流れ始めた。
こんなものを見ていてもしょうがないと思ったが、
目が離せなかった。

剣豪が誠一に話しかけいるが耳に入ってこなかった。
目から涙が流れ始めていた。
瞬きもせずに誠一は画面を凝視していたためだろう。

 次第に誠一は何も考えられなくなり、脳に映し出されるのは、
画面のノイズと音源の雑音だけであった。
誠一はいつの間にか意識を消失してしまった。

「ふむ、そういうことか、器から何某が去ったか分からぬが、
器だけ残ったと言うことか」
剣豪は、アルフレートの肉体を背負って、奥殿を後にした。


 クルクル、クルクルと回っているような
回っていないようなそんな気分から
突然、誠一は、解放された。
『ヴェルトール王国戦記』では見慣れない風景だった。

立ち上がろうにも物凄く倦怠感があった。
周囲は木々に囲まれており、夜のためか暗かったが、
遠くの方には、明りが見えた。
その明かりを目にすると、誠一は、自然に涙が零れた。
何年も見ることができなかった人工的なあの明かりは、
自分が元の世界に戻れたことを確信させた。
気だるかったが、何とか立ち上がった。
自然、足は明かりのある方へ向かっていった。

ふと、誠一は自分の服装が気になった。
白い靴に白い服、全てが白かった。
この服装であれば、小さな明かりでも目立つであろうと
誠一は思った。
一体どんなつもりでこんな服装で解放されたのか
疑問であったが、今は明かりの方へ歩くことを優先した。

 歩けども歩けども明かりの元へ到達することは無かった。
意外と距離があるのかもしれないと思い、誠一は小休止をした。
食料も水もないため、急激な体力の損耗を防ぐためであった。

見渡す周囲の風景を誠一は見たことがなかった。
木々は捻じれて成長しており、手入れの入っていない原生林であることを
示していた。
夜だからなのか、動物の薙ぎ声もせず、昆虫が蠢いている雰囲気もなかった。

 二日目の朝、日が昇った。空には雲一つなく、晴天だった。
大きく深呼吸をした。肺が空気で満たされた。
今がいつなのか誠一には知る術がなかったが、
とにかくゲームの世界から解放されたことは実感できた。

改めて周囲を見渡した誠一だった。
木々の幹はどす黒く、葉は一様に深い紫色であった。
土は灰色であった。それらを凝視すると、誠一は愕然とした。
ここ、居住区じゃない。追放区だ。
度重なる天災と大戦により人類が住むことのできなくなった
不毛の地であり、たまに犯罪者が放逐されていた。
無論、放逐された者たちは野垂れ死んで土地の肥やしとなるだけだった。
気だるかったが、誠一は昨夜見た明かりの方へ足を早めた。

 飲まず食わずで一体、どのくらい歩いたのか
誠一には分からなかった。
追放区の空気は吸うだけで毒であった。
即効性はないが、身体に毒が蓄積されていくと言われていた。
かといって呼吸を止める訳にもいかず、誠一にできることは
可能な限り居住区に到達することであった。

道なき道を歩いているが、幸いなことに
邪魔になる様な小さな草木はほとんどなく、
歩行が困難であることはなかった。

「はあはあ、ふうふう」
頭がくらくらし、呼吸が乱れ、汗で服がべっとりと肌に纏わりついていた。
歩みを止めたら死んでしまうかのように一心不乱に歩き続けた。

 誠一は3日目、ついに動けなくなっていた。
身体はだるく、意識は朦朧としていた。
瞼を閉じれば、そのまま意識を失って、
そのまま死んでしまいそうであった。
ぼんやりとそう思ったが、誠一瞼を閉じてしまった。

その後、誠一の脳裏に浮かぶのは、
『ヴェルトール王国戦記』での生活のことばかりであった。
ほんの少し前まで学院の生徒であったことが
随分と懐かしく感じられた。
そして、随分とリシェーヌに会っていないことを思い出した。
次々に起こる出来事のためにリシェーヌへ思いを馳せることがなかった。

 瞳を閉じて彼女の名を思い浮かべると、
クリスタルに封印された色褪せぬ彼女の姿を
まだ鮮明に思い出すことができた。
そこには下劣な思いはなく、ただの懐かしさだけでなく、
胸を締め付けられるような思いが誠一に去来した。

そして、その思いが無意識に言葉を誠一に紡がせた。

「ああ、リシェーヌに会いたいな」

誠一が今際の際に残した言葉に反応するものは何一つなかった。

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